39.かつて天才だった君たちへ
「――これよりアコレードを執り行う」
闘技場のアリーナに集められた令嬢たち。対面するように立つ国王の声が響いた。広いアリーナでありながら、すり鉢状の観客席には誰もいない。この場に立つ面々は、選ばれた者だけであった。
「先の2つの予選、実にご苦労であった。汝らの活躍もまた、建国の竜に届くだろう。竜の巫女の加護も、汝らの未来のためとなる。呼ばれた者は前へ。ナターシャ=マクガフィン」
横一列に並んでいた令嬢たちの一番右端――国王から見て左端――より、青いサングラスをかけたナターシャが歩みを進めた。国王の前まで来ると、膝を立てて屈み、頭を垂れる。
国王は古い鉱石を削り整えた杖を腰から引き抜き、ナターシャの肩に優しく置いた。
「王立聖家の名に恥じぬ、良き図らいだった。"特別聖令"は諸刃の剣だ。汝の決断は、汝の友を護り、こうしてここにいる」
ナターシャは決して顔を挙げない。国王の低い声は、優しく彼女の身体に響く。予選中に負傷した顔の傷も、彼女にとっては勲章と成る。美貌よりも、誇りを選ぶと国王は知っていた。
「汝に――我ら聖グレイトウェルシュ王国の第一級国家魔法少女の位を授ける」
「我が名はナターシャ。我が王の主命を杖に、竜の加護を心臓に」
国王がナターシャの肩から杖を離す。ナターシャはゆっくりと立ち上がり、この瞬間から、彼女は第一級国家魔法少女を拝命した。
「次に――」
順番に呼ばれたリリィ=ルン=ルン=ギュンスター、アリアーナ=グランディーバ、アユーニャ=D=フォース、――第2予選の最中、聖都周辺で起きたテロ行為に乗じて侵攻を受けた『三ツ子島』において、竜の魔女を退かし、大邪竜ファブニールを討伐した功績から幾人の参加者が第一級国家魔法少女へと選出された。
大きなトラブルの影響で予定されていた以降の予選は中止となり、生き延びた令嬢には戦績を元にいくつかの待遇を得た。
中にはそれに喜び、中には不満を漏らす者もいたが、それでもファブニールを討ち取ったという偉業を知れば、それ以上のことはない。
「カガリ=グレンは重症が故に欠番とする。彼女には然るべき待遇を。最後に――レベッカ=クワッガー=エーデルフェルト=ボガード。前へ」
「ヒャい!」
緊張のあまり、レベッカの声が裏返る。けれどそれを茶化す者はいない。偉業の一端として、最後に残されていたレベッカが国王の前へと向かった。
先にアコレードを済ませた令嬢たちに習い、国王の前で跪き、頭を垂れる。国王も、今までの令嬢たちと同等に彼女の肩に杖を置いた。
「大儀であった。汝の決断が、友を救った。汝の行動が、友を導いた。すべてにかわり礼を言う。汝に、竜の祝福を」
王国の式典において、竜の祝福以上の謝辞はない。
レベッカがサラを助けたから、そのサラの行動がレベッカを生きながらえさせ、カガリが彼女を救った。
レベッカが生き残ったからこそナターシャが"特別聖令"を出し、翼竜に襲われていた多くの令嬢を救った。
そして、レベッカが父コクトーから授かった特殊篭手のおかげで、ファブニール討伐の切り口を作った。
「頭を上げよ、レベッカ。父コクトーの技術と共に、汝が国を救った。誇りに思え」
「あ、ありがたき幸せです、国王様」
短く言葉を紡ぎ、令嬢たちが並ぶ列へと戻る。レベッカと同等に第一級国家魔法少女を拝命した令嬢たちの後ろに立つ3人が次に呼ばれた。
「セル=M=シシカーダ、メリー=バックハイド=アーバンデーセツ、そしてマグライト=ドグライト=メーガス。汝らは本来予選に破れた者だが、汝らの働きも見事であった。汝らには準一級魔法少女の銘を授ける。これは私の独断の決定だ」
国王の前に並んだ3人に驚きの表情が浮かんだ。彼女たちは国王が言う通りに、第1予選での敗退者。そもそもなぜ他者の参加が許されないアコレードに呼ばれたかも定かではなかった。マグライトとセルは追従者として第2予選に参加したにすぎず、本来なら彼女らが何かを拝命することはない。
けれど、戦地において、三者三様の行動は仲間を助け、敵を退けた。
なら、彼女らの協力をなくして、王国の今日はない。
「アコレードは以上とする。後ほど『竜の夜』の封書が届くだろう。では、夜にまた会おう」
国王はそう告げると、踵を返してアリーナを後にした。アリーナ内に残された令嬢たちは、国王の影が見えなくなってようやく緊張の糸が切れる。
「い、いいのかしら。わたしたちって、別に拝命される立場じゃなくない?」
「国王がそういうのなら、ありがたくいただきますわ。でもまさか、メリーちゃんまで準1級にするなんて太っ腹ですわね」
「ちっ・・・・・・なんで気絶なんてしてたのよ。おかげで余計な功績がついたじゃない」
セルとマグライト、メリーの3名にレベッカが近づく。あの戦いの後、極度の疲労とマナ切れにより途中で意識を失ったレベッカにとっては整理するのに苦労した。
島からの脱出も、ジェノムに担がれて運ばれ、双頭広場にて展開されていた野外病院にて目を覚ました。身体に残る魔力の衝撃で全身の筋肉が傷ついており、その痛みで数日寝ることすらできずにいた。
第2予選が終わって一ヶ月後の今日、予選以来初めて参加者が集められ、国王によるアコレード――通過儀礼を経て、彼女は第一級国家魔法少女となった。
けど、この儀式の参加者の中に、騎士教団の面々はいなかった。
「騎士教団は初めから第一級国家魔法少女の対象外だ。彼女たちは篩。この儀式自体、乙女100人の犠牲のためのもの。それを成し遂げるための国王の剣なのさ」
レベッカのそばには、アリアーナが立っていた。
「なんだ、驚かないんだな。聖都外からきたお前には、かなりの事実だろう」
「ええ。サラから聞いたの。建国の呪い、ってサラは言っていたけど、それを国の繁栄のための生贄にするか、それとも力をつけるための試練にするかは、この王国の歴史が証明したんじゃないかしら」
乙女100人の犠牲――根も葉もない遠い過去の遺言を守るために、生贄として残っていたのなら、きっとこの王国は衰退している。
それを試練にし、生き残ったものに王国を託す。それにより聖グレイトウェルシュ王国は繁栄し、今日に至った。一部は市民の娯楽のように変化した負の面もあるが、レベッカは背景を知ったことで納得している。
「やっぱり、お前は只者じゃないな。恐れ入ったよ、レベッカ」
「あなたたち王立聖家ほどじゃないわ。私はきっと、運が良かっただけよ。私一人なら、きっと最初に負けてるわ」
中央大通りでのマグライトとの邂逅もきっと、『マキナの神』の加護なのだと、己の裡で受け止めた。今のレベッカにとって、強運こそが力なのかも知れないと。
けど、この先は運だけでは務まらない。国家資格である第一級国家魔法少女は、ときに王国を守るための兵器となり、その上の位である魔女もまた、王国に命を捧げる杖の一葉となる。
「なんだか肩がこりましたわ。レベッカ、あなたの部屋に戻って紅茶でも飲みますわよ。早くいらっしゃい」
「お、そうだマグライト。あなたの侍女のレント、良い紅茶を入れるって聞いたわ。わたしに貸しなさいよ」
「嫌ですわ。あの娘もワタクシの可愛いメイドですわよ。人貸しは奴隷と一緒ですわ」
「中央大通りで人攫い紛いに連れ込んだって聞いたけど」
「何のことだかわかりませんわ、メリーちゃん」
「相変わらずマグライトは騒がしいな。じゃあな、レベッカ。困ったことがあったらグランディーバ家まで来るといい」
「ええ。それじゃあまた夜に、アリアーナ」
儀式が一段落したことで、それぞれが散り散りとアリーナを後にした。レベッカも、先で騒ぎながら歩くマグライトたちを追う。
空には、清々しいほどの陽が昇っていた。




