32.大淫婦と竜の魔女(1)
ホーリーホックが仮面越しに衝撃を受けた額に触れる。視線を落とせば、砕けた仮面が落ちていた。黒く艷やかな前髪は眉の下で切りそろえられ、アーモンド型の眼の中、茶色い瞳を上げれば、赤いマントを羽織った女がこちらを見据えている。
「そこまでだ。コレ以上は、ワタシが許さない」
赤色のゴーグル・サングラスの中から刺すような視線を感じていた。それは、紛れもなく敵意であり、正対するように立ち上がる。
「赤いマント・・・・・・。はっ、よもや相まみえるとは思わなかったぞ、大淫婦の魔女」
「どこの誰かは知らないが、好き勝手やってくれたようだな。貴様も『神竜ノ民』の一員か」
『三ツ子島』が見える対岸で接敵したテロリスト集団を斬り伏せ、第2予選の異常を察知して駆けつけた『赤』の大魔女が銃を放り投げ、大剣を構えた。
「子供の使いも出来ない連中と一緒にしないでもらおう。私には、私の目的がある。あの連中たちが、お前たち『虹の防人』を抑えきれるとは思っていないよ」
ホーリーホックのペンダントが光る。動かない左腕はそのままに、虚空から出現した剣を右手に掴み、切っ先をホムライトへと向けた。
「・・・・・・なるほど。やはり、こちらの事情は筒抜けか。今日ほどのタイミングはなかったというわけか。ここはワタシが貰い受ける。予選は中止だ。参加者は直ちに避難しろ」
『赤』の大魔女が後ろにいるレベッカ達に声をかける。不測の事態が多発してる状態で、予定通りに第2予選は続行できない。ホムライトは自身のマントを脱ぎ、後ろに投げた。
「持っていけ。他の参加者にも伝えろ。島の最北は"マナ喰い"の範囲外だから翼竜は対処しろ」
「レベッカ、カガリ! 行くわよ、急いで!」
フェイ=ファイ=ヴァレンタインがホムライトのマントを拾い上げ、驚きから動けなかったレベッカとカガリを引っ張った。過ぎていく足音を聞き、大剣を握る手に力が籠もる。
「憂いなことだ、大淫婦。ここに来て、守護に徹する気か」
「ワタシの心配は無用だ。拘束弾が効かないのなら、斬り伏せるだけだ」
「魔力ある乙女100人の贄が必要ではなかったかな。私の計算では99人止まりだ。あと1人くらい、見殺しても良かっただろうに」
「それこそ要らぬ心配だ。他国の事象に口を挟むな」
「なら、お前を100人目にしてあげる。私の名前はホーリーホック。祖国のため、お前達聖グレイトウェルシュ王国に鉄槌を下す」
ホーリーホックの肉体を魔力が強化した。半身で剣を構える。傍らの竜はすべての目でホムライトを睨み、口から垂れる涎が岩を溶かす。数秒の静寂の後、――
「っ――!」
初めに動いたのは、振り下ろされる大剣。瞬きよりも速く距離を詰める。ホーリーホックを剣ごと叩き切るように、重量に任せた斬撃は、触れ合う刃で火花が散った。
ホムライトの刃の軌道をずらすようにいなし、その勢いを転用するように身体を回転させて剣を横薙ぎにする。背後に回り込んでの一閃。振り下ろした大剣が地面を割る。このタイミングならば、返しの刃が先になることはない。
ホーリーホックの刃が『赤』の大魔女に届く刹那、彼女の視界から人が消えた。そう錯覚するほど速い動きで『後攻の契』を発動させて後の先を取る。握っていた大剣の柄を離し、体勢を落として横薙ぎの刃を躱す。ホーリーホックの身体を蹴り上げて軸を乱し、懐に収めていた小刀を心窩へ投げつける。
ホムライトの投げた小刀には毒が塗られていた。痺れと知覚過剰を引き起こす成分が刃先から傷口に侵入する。受け止めようなら一撃で動きを抑制できるが、刺さる前に袈裟斬りで叩き落とした。その折り、握り直した大剣の突きが肉薄する。首から掛けていたペンダントが怪しく光る。
身体を貫く刃。その感覚は、不自然なほど手応えがない。背後の気配が激変し、――薙ぎ払われたファブニールの尻尾がホムライトの身体を吹き飛ばした。
あまりの勢いに激しい流れの川の水面を跳ね、対岸の荒々しい岩肌に叩きつけられた。崖に亀裂が入り、立ち込める土煙の中、音を置き去りにする速さでホムライトが駆ける。貫かれたはずのホーリーホックは平然とファブニールの傍で立ち、剣の柄を握り直して迫りくる魔女を迎え討つ。並な武装ならば簡単に粉砕するホムライトの剣戟すら容易く受け止めた。
「マナなしでよくやる。けど、燃料はいつまでもつかな」
「貴様こそ、片腕だけで器用だな」
尾で払われた衝撃でゴーグル・サングラスは砕けてしまったが、ホムライト自身に負傷はない。
「片腕のほうが慣れているだけだ」
左腕は『炎猩』に殴られたことで砕けており、力なく肩からぶら下がる。けれど、それ以上の怪我は見られない。




