30.Another One Bites The Dust(2)
――同時刻。場所は変わり、『三ツ子島』を遠望にした海岸。
大剣に付いた血を払い、周囲の屍はついに行動を停止した。
「ふん。結局は、貴様らの声はここで終となった」
『赤』のマントには返り血はなく。その身体に傷はない。長い間身を潜め、ついに姿を現した『神竜ノ民』は、すべからく『瞬獄』のホムラによって討滅された。
「さて、と。事後処理も必要になったな。やれやれ、これだからテロは面倒だ。こちらの仕事を増やして得るものはなにもない。本当に無駄なことだとは思わないかな」
死屍累々に言葉を投げかけるも、返答はない。周囲に漂う死の気配だけが木霊し、孤独だけが残る。
「ん? 妙だな・・・・・・」
ホムライトが周囲を見渡し、ある違和感を覚えた。予選が始まり終わるまでの間、『青』の大魔女が使役する使い魔たちが周囲を警戒しているはずなのに、周辺にその気配がない。
「何があった。まさか、他にも」
今このタイミニングで、色持ちの面々が同時にテロリストの標的になっていることはホムライトが知る由はない。だが、同時に『三ツ子島』の異変に気づいた。
「なんだ、あれは――」
島の上空に漂う無数の影。鳥にしては大きく、それでいて多い。そして、その中から、かすかに既視感を覚える気配があった。
――同時刻。【黄】の陣地内にて。
頭上より強襲する光の刃。アリアーナ=グランディーバが展開する魔法が、豪雨のように辺りを埋め尽くすほど降り注ぐ。
「っ゛――!」
身に受ければ負傷は免れないほどに練られた魔力を、ジャンヌ=ジェンヌ=マルタが振り回すハルバードがそれらを弾き落とす。けれど、2対3の状況であろうと、それを覆すだけの破壊力と範囲。一撃で状況をひっくり返した。
「いった・・・・・・」
「ぐっ・・・・・・」
「ノイン! ハクア! 無事ですか!?」
ジャンヌが2人を確認すると、ハクア=ザクロ=ドクロティは手にしていた杖で魔法障壁を展開していたようだが、あまりの威力で杖ごと破壊され、その影響でノイン=テイル公女は足に大きな魔力の刃が突き刺さり、血を流して倒れていた。
「さすがは『神託聖女』か。これだけぶっ放しても、全員息の根がある。もっとも、いまので使い果たしたんじゃないかな」
再度、アリアーナの頭上に光の刃が展開された。
数は、先程の倍。足を痛めたノイン=テイル公女では避けきれないだろう。礼装を破壊されたハクア=ザクロ=ドクロティでは捌ききれないだろう。ジャンヌが一人だけならば、まだ受け止めきれる攻撃も、戦力が削がれた2人を抱えたままでは、無傷での生還は困難となる。
また、――アリアーナの攻撃に巻き込まれぬよう下がっていたココ=アンデルセンが、ジュンヌ達の動きを見逃さないと警戒している。
――困りましたね。『神託聖女』のストックはよく見積もってもせいぜい1人分。半端なことをすれば、きっと追撃で潰される。
死の運命を覆すほどの効力を持つ『神託聖女』でも、こうも短時間で消費させられれば立つ瀬がない。これ以上の奇跡は『マキナの神』による運命の逆転しかなく、人為的に起こすことは不可能である。現状を打破するだけの材料が決定的に欠けていた。
「いくぞ、ジャンヌ。我々はお前たちを討ち滅ぼし、この予選を終わらせる。小コアも2つ壊せば大コアの防御も減り、破壊できるだろう。恨むなよ。選出の儀に選ばれた時点で、――運命を受け入れろ」
容赦なく降りこめる光刃。それよりも先にノイン=テイル公女とハクアの元にジャンヌが駆けた。『神託聖女』の恩恵だけでは2人は護りきれないと判断し、出来る限りの掩護に回る。
振り回したハルバードが、アリアーナの光刃を撃ち落とす。弾く。捌く。けれど、その全てを完璧には防げず、すり抜けた刃がジャンヌの皮膚を切り裂いた。
「しぶといな! ならば!!」
アリアーナの背後に、巨大な光の剣が浮かび上がる。それは、ジャンヌに対して発動した光の刃の集合体。数百の刃が、一つの巨大な剣として顕現した。
「――『絶剣・狼』――!」
火属性の大魔法。光とはすなわち熱。エネルギーの集合体。練り上げ、圧縮した熱は、白光して刃となった。それをさらに集めた、大光源の剣は、軌道全てを焼き滅ぼす弾頭となる。
その先に、――ココがある異変に気付く。周囲を騒ぎ立てる鳴き声に、空を覆う影が襲来した。
「何ッ――!?」
アリアーナも気付き、発動した光の刃が熱と暴風となって消失する。迫りくる絶望から九死に一生を得たジャンヌ達も、津波のように押し寄せる羽ばたき音が耳を劈く。その原因は、すぐにでも判明する。
「アリアーナ! 翼竜よ!」
ココが叫ぶ。彼女の視界には、空を覆うほどの竜の軍勢が押し寄せていた。
「はぁあ!? なぜここに翼竜がいる!? 海を渡ってきたというのか!?」
「アリアーナ、非常事態です! 一度矛を収めて竜の対処を!」
「《《マナが消えた》》以上、収める矛なんてもうないぞ! 儘よ! ココ、まずは竜狩りだ! ジャンヌ、そこの2人はお前が守れ!」
上空にいた無数の翼竜がアリアーナ達に気付くと、一斉に急降下して強襲する。鋭い牙に、巨大な爪。小型の竜種とはいえ、翼を広げれば人の倍ほどの大きさとなり、それが数十頭同時に押し寄せれば、十分に危険な存在となる。
ましてや、原因は不明だがマナが消失したために、アリアーナは魔法が使えない。懐に収めていた短剣を抜き、襲いかかる翼竜の爪や噛みつきを躱して斬りつける。
まともに動けず、戦力にならないノイン=テイル公女とハクアを護りながらだがココとジャンヌも同様にして竜の大群の対処をして凌いでいく。その中で、ジャンヌの視界に嫌なものが入った。
少し離れた空で、何かを掴んでいる数頭の翼竜。その足に、見覚えのある影があった。
「まさか、――バラライカ!?」
全身を負傷した【黄】の仲間が翼竜に捕まり、――群がって近づいた別の翼竜が噛み付いた。
バラライカは痛みに苦悩する声すら出ず、足や胴、頭に噛みつかれ、おもむろに引き千切られる。空から降る赤い雨と共に、垂れ下がる内臓が自重に耐えきれず地面に落ちた。
その惨劇を止めることができないほど、ジャンヌは自身の『神託聖女』が消費されていることを肌で感じた。
――同時刻、【赤】と【青】を繋ぐ橋の手前。
ジェノムの弟であるロイにより心臓を貫いたはずのアユーニャが、無傷の姿で現れた。カグヤ公女が使用した幻術は、物質の質感すら感じるほどの完成度であり、それによりジェノム達の作戦は失敗に終わる。
第2予選はチーム戦とは云えど、各令嬢にはパワーバランスがある。故に平等ではなく、群れは《《頭》》が潰れれば崩壊する。
だからこそ、ジェノム達はアユーニャを討つことに専念していた。だからこそ、カグヤ公女の幻術を見誤り、絶好の機会とロイがアユーニャの背後を取ったが失敗することとなる。
「ロイ、怪我の状態を確認しろ。向こうはまだやる気だ」
「はい、姉さん」
偽物のアユーニャの攻撃により全身に傷を作っていたロイではあるが、致命傷には至っておらず、剣を振るうことに障害はない様子だった。
ただ、戦況はよくない。手と足を折り、痛みで意識を失っているラチェスター=エルドランは、アユーニャの『アラガミ』の触媒となっていることから、あちらにとってマイナスは今のところない。
だが、ジェノムたちの手の内は一方的にバラされている。術式を出したエアリスも、隠し玉のロイの存在も、そして何より、ジェノムは剣を折られ、肋骨が折れている。直ちに影響が出る範囲ではないが、長期戦は不利だと悟った。
「予防線は敷いておくものね。初めはハズレくじと思ったけど感謝するわ、カグヤ。それにしても、厄介な術式もあったものね。まさか、『彼方の荒神』を討ち破るなんて」
相性問題とすればジェノム側に軍配は上がっていた。特異的な能力を持つ神懸かりに対抗できる手段は少ない。それを対応できるだけの戦術を持っていたエアリスだっただけに、幻術1つで見破られたとなれば、真っ向から戦略で潰されかねない。
「あ、アユーニャさん。どうしよう・・・・・・」
「何よ。勢いはこっちにあるわ。このままカグヤの幻術で認識阻害させて押し切るわよ」
「それが、魔法が発動しないの」
「何を言って――」
頭上を埋め尽くす無数の影。飛来した翼竜の群れ。
「何だ、これは」
驚愕の声は誰のものか。この場に立つ誰もが同様な心境である。それほど異様な光景であり、幻術を発動できないカグヤ公女だけでなく、エアリスにも影響が出た。本人の意志に反して、強制的にドレスアップが解除されてしまった。
6人の頭上に集まっていた翼竜の群れが、一斉に急降下して襲いかかる。
「チッ、――『彼方の荒神』――!!」
「ロイ、ダガーを寄越せ! あと、エアリスを護れ!」
アユーニャが水神を顕現させ、翼竜を撃退する。ジェノムはロイが腰に刺していた短剣を受け取り斬り伏せる。
戦況は混沌に。すべての戦地を乱す竜の群れにより、第2予選は事実上崩壊した。
――一方そのころ。
「道間違えた!」
マクガフィン家筆頭分家出身のグニス=レーの絶叫が響き渡る。
【青】の大コアの後方、島の外周にそびえる大絶壁の前に、グニスとアーデルハイト=ホワイト=ランカスター、追従者として参加したマクガフィン家三等分家のクロノワール=クラフトワークが頭を抱えていた。
「やぱりグニスに任せるべきじゃなかったわ! この方向音痴!」
「クロノだってこの方向でいいって賛同しただろう! あたしにだけ押し付けないでよ!」
「参加者はグニスなんだから責任持ちなさいよ! 時間だけかけて何もないじゃ、ナターシャ様に知られたら何をどやされるか・・・・・・」
「同門で喧嘩しないでよ・・・・・・」
魔法少女として『蕾』であるアーデルハイトは、レベッカと同じく第1予選を初日に突破したことで半年かけてどうにか『華』として開花したが、マクガフィン分家の2人には到底及ばない実力しかない。彼女にとっての生命線であるが故に、この2人の方向音痴で戦闘にならない状況に内心では安堵していた。
「――ちょっとあなたたち。何しているの?」
3人に気付き、岩場の影から姿を現したのは、リッケンバッカー=ファニヴァニ――『写身の加護』により弟の姿に擬態していたピロズ=ファニヴァニであった。
「あんた確か、ピロズ=ファニヴァニの弟よね。リッケンバッカーだったかしら。あなたこそそこで何をしているのよ」
「あ、・・・・・・う、はい。自分はアリアーナ様の指示で小コアを隠しに来ました。ここなら大コアの範囲内のなので安全かと」
「――なるほど。小コアにそんな効果が。確かに下手に持ち歩くよりは防御的よね。手元にないほうがデメリットが少ないとは盲点だわ」
ピロズの説明を聞いたグニスも草葉の陰に穴を掘り小コアを隠し、【青】の小コアは、アリアーナとアユーニャが持つもの以外は大コアの後ろにあることから、大コアが危険にさらされる可能性は幾分か減少した。
「自分はアリアーナ様のところに戻ります。皆様はどちらに?」
「まあ、当初の予定通り【赤】に向かうわ。あなたが【黄】から戻ってきたのなら、今のところは宗家とは当たる心配がないし」
「ね、ねぇ・・・・・・。そんなことよりさ、あれなんだと思う・・・・・・」
アーデルハイトが西側の空を指差すと、黒い影の軍勢が押し寄せて来た。




