29.Another One Bites The Dust(1)
「――ちっ! みんなしぶといわね!」
続けざまにナターシャとアユーニャに魔弾を放っているリリィ=ルン=ルン=ギュンスターだが、有効な一手には至っていない状況に歯痒さを感じていた。
「ナターシャは・・・・・・『赤壁』を使ったわね! あれじゃ《《タメ》》が足りないか! なら今はアユーニャが先ね!」
遠くを見据えるリリィの目に魔力が流れる。狩猟に必要な遠方まで視認する『鷹目の加護』を使用して目標を定め、かつ両方の戦況を確認して悪転している方をサポートしていた。だが、運命の悪戯はそれを良しとせず、未だに有効打になっていない。
「ん・・・・・・」
ここにきて、リリィのペアであるエリザベス=サマンサがリリィの傍に寄った。
「何よ、エリィ! リリィ様は忙し・・・・・・え? 何か来る? 何かって何よ!?」
声が小さく、ほとんどリリィの勢いに押されていたエリザベスだが、見た目は子供のそれである。装いは人形のように綺麗にしているのに、淡い桃色の髪が乱れている。両手の指にはすべて指輪をはめ、爪には簡易術式の刻印を施していた。口元は大きな襟で隠れていることもあり、より声の小ささで聞き取りにくい。
そのエリザベスが西側の空を指差すと、黒い雲が押し寄せているのが伺えた。
「ただの雲じゃない! 雨が降ろうが関係ないわ! え? 雲じゃない? じゃあなによ!」
徐々に大きくなる黒い雲。不規則に動くそれが数秒のうちに――リリィはなにかの大群であることに気付いた。
「キモッ! なにあれ・・・・・・翼竜の大群じゃない!?」
竜の中でも、小型な個体は翼竜と呼称される。本来は単体で生存し、繁殖期にだけ番となる性質から群れになることはほぼ確認されていない。また、渡り鳥のように《《海を渡ることも》》同様に確認された事実はないため、聖グレイトウェルシュ王国では希少な存在であった。
その翼竜が、なぜが大群で『三ツ子島』に飛来しようとしている。その数は数百に及び、《《竜災級》》になろうとしていた。
「上陸される前に減らさなきゃ!」
地面からマナを吸い上げるリリィ。精製された鏃は一つや二つでは足りない。より広範囲に、根こそぎ撃ち落とすだけの数でなければいけない。けれど、さすがの『遊撃妃』でも、それをするだけのマナも時間も足りない。
その傍で、エリザベスが右手の親指にはめていた指輪を取り、手で握る。すると、足元に巨大な魔法陣が出現した。
「エリィ!? 何をしているの!?」
「・・・・・・」
エリザベスがボソボソと聞き取れない声で詠唱を重ねる。幾重にも積み重なる魔力の層が、リリィの周囲にいくつもの武具を出現させた。
両刃剣、長槍、短刀、ハルバード、大剣、節棍、マスケット銃、弩――ありとあらゆる武器が並び、それが意味するところはリリィには伝わっていない。
「こんな中近距離武器だらけでどうにもならないわ! 何なら連機銃でも出しなさいよ!」
状況を飲み込めないリリィに対し、エリザベスは翼竜の群れを指差し、――
「はぁあ!? 何よあれ!?」
その中心にいる異様な存在を認識する。周りにいる翼竜と比べ数倍大きく、そして、何よりも《《速い》》。
あっという間に巨大な竜だけが単騎で上陸し、【赤】と【黄】の間にある渓谷へと消えていく。それに伴い、リリィが地面から吸い上げていたマナが一瞬にして消失した。
「あ、ありえない! 幼竜とはいえ、《《大邪竜ファブニール》》だなんて!!」
――同時刻。
「失礼するぞ、クーゲルス」
レベッカの前に出現した、大型の竜。鋭い牙を持ち、よだれを垂らしながら縦長な瞳孔がレベッカを睨みつける。
あまりに突然現れた巨大な生物に、レベッカは一瞬理解が追いつかなかった。聞き覚えのない女の声も、現実味がない。
けれど、足元に転がる義手の存在が、レベッカを現実へと強引に引き戻す。
「お゛ぅ゛っ゛」
吐き気を抑えようとする動きよりも早く、食道から逆流してきた胃液が口の中を満たしてあふれた。極限まで高まったストレスがレベッカを襲う。
「2人とも殺すつもりだったが、いい反応をしていたな。今ので助かったのなら、もしやお前がそうか?」
竜が足を持ち上げると、――その裏に、平たくなった何かが貼り付き、赤い液体を垂らしながらべチャリと地に落ちた。
あまりの圧力でもはや原型などわからない。肉体のガワも、臓物も脳漿も、すべてが均一に潰されている。
「死ぬ者に用はない。早々に候補から脱落だよ。生きているのならまずはお前から聞こう。お前は――『《《竜の巫女》》』か?」
吐き続けるレベッカに、女の声が降り注ぐ。『竜の巫女』は、聖グレイトウェルシュ王国における神話の神懸りだが、そんな存在がここで口にされることの違和感がレベッカを更に混乱させた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」
「よせ、今私が話をしている最中だ」
竜の声にレベッカがたじろむぎ、仮面の女が咆哮する竜をさすりなだめた。
「底知れぬ魔力を感じるな。ならお前も魔女の端くれだろう。少しは抵抗してはどうだ」
「っ゛・・・・・・、あな、だ、誰よ・・・・・・」
声も枯れるほどの炎症に胃液で焼けた喉に痛みが生じる。
「私はホーリーホック。お前の敵だよ」
仮面の隙間から見える冷たい視線が物語っていた。彼女は、レベッカのことを自分の敵とみなしていない。
ただ、そこにいるだけの小娘の一人。たまたま生き残っただけの、ただの小娘だと言わんばかりの視線だった。
――やばい。やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
その視線一つでレベッカの戦意を喪失させるには十分だった。目の前でサラが死に、圧倒的な存在感を見せる竜を従える女に、並の神経で対応できるわけがない。容易に突きつけられた絶望の中、レベッカは全身の毛穴が開く感覚を覚えた。
「聞くより確かめたほうが早いか。なんせ、『竜の巫女』には《《不死の呪い》》があるという。お前が生きながらえるのなら、それが証左の一片となるだろう」
「なっ・・・・・・」
その言葉を聞いて、レベッカが動く。過去の伝承の存在を確かめるために、ただただ殺すという行為そのものに怒りを覚えながらも、動かなければ自らの命がないことは容易に想像できる。
「――『聖典潮流、聖青乱藍』――」
即座に動けるように詠唱を口にする。が、そこで違和感を覚えた。
――マナが、ない・・・・・・?
そう。――本来ならレベッカの詠唱に呼応し、大気中のマナを体内に吸い上げて魔力を練る。それは解号を経て魔法を発現するが、今のレベッカの詠唱にその力はない。
「まさか、《《竜の前で魔法を使おうとした》》のか? 哀れだな」
愚策だと、仮面の女が吐き捨てる。レベッカにその原因はわからないが、彼女の前に立つ女は、その原理を知っている。だからこそ、レベッカの行動そのものが愚策だとした。
けど、――それで折れるレベッカではない。
「ちっ――!」
とっさの判断でサラから切断された左腕の義手を拾い上げ、渓谷の中を走り出す。死の気配を撒き散らす竜に背を向け、一目散に逃げ出した。
「ほう、なかなか図太い神経だ。魔法が使えない理由を知らずとも行動を起こせるとは肝が据わっている。だが――」
仮面の女がレベッカの背中に向けて手を掲げる。女が首から掛けていたペンダントが赤く輝く。
「嘘でしょ!? なんで――」
レベッカもそれに気付く。仮面の女から溢れたのは、明らかに魔力のそれ――
「――『雷鳳衝』――!」
雷の弾丸がレベッカに襲いかかる。
――一方、時刻は少し戻る。
「ちっ、レディがキレるなんてはしたないですわよ!」
マグライトの悪態すら寄せ付けないほどの猛襲。高速で移動する岩の襲撃に、距離を取りながら躱し続ける。けれど、それすら困難にする追撃がマグライトを襲う。
「はっ――!」
「ぐっ――、二人がかりとは卑怯ですわよ、セル!」
「今更あんたに卑怯呼ばわりされる筋合いわないわよ!」
研ぎ澄まされた一閃。マグライトの行動を予測したセルの一撃に、展開していた魔法障壁が破壊された。大きく距離を取り体勢を立て直そうとするも、大剣を構えたセルの手が止まることはない。
「――『マジックライト・ウィンドナイフ』――!」
マグライトをカバーしようと、後方よりムラサキがセルに対し風属性の魔法を放つ。しかし、空気を圧縮した弾丸すらものともしない剣戟がそれを斬り伏せる。
「エウレカ爺様も、厄介なものを作りましたわね・・・・・・」
マグライトが見据える、セルの左眼。第1予選での負傷で欠損した彼女の左眼は、エウレカ=ヘイマーディンガーによって義眼を手に入れた。
外観改善を目的とした義眼ではなく、サラと同様に換装手術による神経接続を経たものであり、さらに附随器官として魔力知覚機能を有していた。
魔力の流れ、――大気のマナだけでなく、視認している相手のオドすら知覚する。それにより、相手の魔法の発動要件も汲み取り、最適な反撃選択を可能とする、いわば外的な先読み装置となっていた。
「通してもらえないかしら、セル。ワタクシ、レベッカのところに行きたいの」
「それならわたしたちを倒してからにしなさい。レベッカには悪いけど、予選が中断でもしない限り譲る気はないわ」
セルとナターシャの牽制は完璧だった。マグライトの性格から、地割れに飲み込まれたレベッカを救出に行こうとするのは読めていた。だからこそ、マグライトを追い立て、それでいてムラサキの行動も常に警戒して足止めに成功していた。
だからこそ、マグライトも焦っている。一刻過ぎれば、レベッカの生存確率が下がる。もし地割れに巻き込まれたのがムラサキなら、彼女は無情にも見捨てただろう。生きているかわからない相手を思案しながらの戦いは、自身の動きを鈍らせる底なし沼でしかない。
けれど、マグライトはレベッカのパトロンであり、彼女の存在はマグライト自身にとっても大事であることから、どのような状況でも生きていてもらわなければ困る。
「わかりましたわ。なら、ワタクシも全力で――」
吸い上げる大量のマナ。並の出力では、ナターシャの『岩檻』は突破できない。岩の檻は一つでも取りこぼせば、容赦なくその身を潰すだろう。セルの剣戟も、左眼の義眼のだけで数段高みへと昇っている。全身を覆う魔力の鎧が、マグライトへと流れ込み、――
「えっ――」
疑問の声をこぼしたのは、ナターシャだった。頭に血が上っていても、一瞬で冷静になるほどの違和感。次第に、周囲を高速で動き回っていた岩の数々が推進力を失くして落ちていく。
――今ですわ!
その隙を見逃さないとマグライトが一歩踏み出したときに、悪手だったと後悔した。発動しようとした魔法が、身体の中から霧散したのを感じる。身体に施していた新たな魔法障壁も、今では消え去り、ドレスアップさえも消失した。
4人は、大きな影が渓谷へと吸い込まれていくのを見た。戦いに集中していて通り過ぎるまで気付かなかったが、マグライトだけが、それが何なのかを一瞬で悟る。
「ファブニール!? っ――!」
マグライトもナターシャもドレスアップが解除されていても、一人だけは手にした武装が消えることはない。マグライトの背後を取ったセルが、大業物テリオンを振り下ろした。
「ちっ――浅かったか!」
咄嗟に身体を捻り、大剣の剣筋を躱そうとしたマグライトだったが、わずかに背中に刃が通る。背後に感じた痛みも、身体を濡らす血も気に留めず、マグライトはセルから安全の距離まで後退した。
「ぐっ、痛ぅ――。油断も隙もないですわね、セル」
「魔法の加護もないのに今のを躱すだなんて、相変わらずの身のこなしね・・・・・・」
悔しさが溢れる表情をしているセルだが、彼女も例に漏れること無くドレスアップが解除されている。
「■■■■■ッ!」
聞き慣れない鳴き声が響き渡り、音の方へ振り向けば、無数の黒い影――翼竜の群れが押し寄せていた。




