28.ハウリングアビス
「――プハッ! あっぷッ!?」
レベッカは息継ぎをすることすら困難な激流に、『三ツ子島』を分断している川に押し出された。
ナターシャ=マクガフィンによって発動した『赤壁』の影響の地割れに巻き込まれたレベッカであったが、地下水の水源があったことでなんとか生き長らえていた。だが、流れの速さから未だ命の危険に苛まれている。
――やばい。どこかに掴まらないと。
泳ぎが得意ではないレベッカに、生身での渓流下りは体力を使う。ギリギリで命を繋ぎ止めているが、一歩違えば簡単に溺れ死ぬ。そのためにも、どこかに掴まって危機を脱する以外に助かる術はない。
――杖は・・・・・・。よかった、ちゃんと握ってた。けど、これじゃ詠唱が・・・・・・。
人は水中では喋れない。呼吸すらままならない状況では、魔法の詠唱は困難となる。
マグライトから譲り受けた魔法の杖は運良く離さなかったレベッカだが、発動していた『夢風鞭』はいつの間にか解除されており、どうにかして打破しようと思案した。
――やるしかない。無詠唱で、解号破棄の『夢風鞭』を!
自己の裡に、完成された魔法の形をイメージする。今まで試してもみなかった魔法少女としての上の技術。
魔法とは、原則として呪文の"詠唱"を持って大気中のマナと体内のオドを反応させ、魔法名の"解号"をトリガーとしてその真価を発揮する。
そして、魔法は詠唱・解号が全てではない。エキシビジョンでアビゲイルがマグライトへ口にした、この矛盾を踏破することこそが、魔法を使う者すべてが超えるべき壁である。
――風の魔法。風の鞭・・・・・・。『色界即せ、断空の蛇よ ――
心のなかで、別の形の詠唱を紡ぐ。発されない言葉でも、体内のオドは大気だけでなく水中のマナと呼応する。
無理に空気を吸う動作を止め、あえて水に潜り流れに身を任せた。その間に興奮した心を落ち着かせ、集中して体内で魔法を練り上げる。
――『夢に浮かべ、風に流れて尾を繋げ』――!!
体内から熱を帯びる魔力、二節追加した無音の詠唱に、魔法の杖に付随する魔石が反応する。
――伸びろ、――『夢風鞭』――!!
堰を切ったように、魔法の杖に魔力が流れていく。押し込められ、練り上げた魔力が不可視の鞭となって顕現した。
――今だ!
水面に顔を出し、視界に入った岩に『夢風鞭』を向ける。巻き付くように動かすことで、激流に逆らうようにして命綱とした。
容赦のない水量がレベッカの全身を押す。それでも、離してしまえばきっと終わりまで流れ続けてしまう。
川辺の流れが比較的穏やかなところを見て探し、いくつかのポイントを経由してどうにかたどり着いた。
「はぁ、はぁ、はぁ、ゴホッ・・・・・・はぁ、はぁ」
想像以上に体力を消費したことで肩で息をし、全身を濡らす水が重くのしかかる。自然の力に正面から抗えるほどの能力がなかっただけに、今助かっていることも奇跡に近い。
「はぁ、はぁ、んっぷ。どこまで、流されたんだろう・・・・・・」
少し息を落ち着かせて改めて周囲を見回す。渓流の上流側に小さく橋が見えたことから、かなり流されてしまったようだ。
「戻らなきゃ・・・・・・まだマグライトたちが戦ってる」
戦場に戻ろうと立ち上がったときに、視界の端で渓流を流れている存在が見えた。
「え、――サラ!?」
水のなかに突っ伏して大きな身体が浮かんでいる。レベッカと一緒に地割れに巻き込まれたことに気付いていなかっただけに、より驚きが強い。
だが、それよりもこのまま流され続けた結末が容易に想像でき、自然とレベッカの体が動いた。
「お、も、い・・・・・・」
『夢風鞭』を伸ばしてサラの左腕の義手に巻きつけて手繰り寄せる。大柄で動かない肉体は、レベッカの細腕だけで引っ張るのは力が必要となり、ゆっくりではあるが水の流れに引っ張られそうになった。
「負け、るな、わた、し・・・・・・!」
振り抜く勢いでサラを引っ張ると、――起動待機中だったレベッカの篭手が口火を切った。伝達されるエネルギーにより、水に浮くサラの身体を引っ張り上げ、
「あ、やば」
勢いあまり、背中から地面に叩きつけた。
「ゴバァ、ゴホッ、ゴホッ・・・・・・」
意識を失っていたサラが、背中に受けた衝撃で飲み込んでいた水を吐き出す。巨大な魚を釣り上げたような感覚のレベッカだったが、サラが息を吹き返したことで安堵して地面にへたり込んだ。
「ゴホッ、・・・・・・イッテぇ、背中いてぇ」
「よかった、生きてた・・・・・・ってなんで私助けたんだろう」
目を覚ましたサラが身体を起こして辺りを見渡すと、座り込んだレベッカの姿が見え、急いで距離を取る。警戒している様子だが、すぐにレベッカと自分の身体がズブ濡れだったことから、彼女に助けられたことを悟った。
「お前、オレを助けてくれたのか?」
「助けた・・・・・・まあ、結果としてはそうなるか、な?」
「何で疑問形なんだよ。お前、確かヘイマーの弟子の娘だろう。なら敵なはずだ。オレを助けなければ、少しは予選で楽になれただろうに」
「そんなの、わかんないわよ。身体が勝手に動いたんだし。あなたを助けたことに理由なんてないわ」
「お前・・・・・・変わってるな」
「う、うううるさい! ・・・・・・けど、助かったのなら良かったわ、お互いね。目の前で死なれるのは、やっぱり心苦しいもの」
心の底から安堵しているレベッカの様子に、サラの眼が点になる。
「・・・・・・やっぱ変わってるな。オレが助けて貰った恩を仇で返すようなやつとか、考えなかったのか」
サラはそう言うと、ゆっくりと立ち上がり、レベッカの眼を睨みつけるようにしてまっすぐに見た。
彼女が助けた相手は、本来倒すべき相手。第2予選も始まってから久しく、すでに何人かは命を落としている。その中で、他色の敵を助けること自体が趣旨からずれていた。
「それなら、全力でぶつかるだけよ。私だって頭から爪先まで考えなしの小娘じゃない。正面から戦って、それで負けたのなら受け入れる覚悟はある。その覚悟だけは、少なくても決めてきたから」
レベッカもサラに負けじと強い視線で投げ返す。立ち上がり、明らかに自分よりも大きい相手に魔法の杖を構えた。
事が始まるのなら、きっとすぐに決着がつく。サラにはそれだけの強さがあり、けれど如何なる相手であろうと、正面からぶつかるだけの度胸はこの半年でマグライトに叩き込まれている。
「・・・・・・冗談だ。恩人に刃を向けるほど、オレだって恥知らずじゃない」
しばらくのにらみ合いを経て、サラが両手を上げて視線を切った。
「え。戦わないの?」
「オレがそんなに脳筋に見えるってか? オレの目的はマクガフィンだけだ。それ以外でオレが本気を出すのは、オレを殺す気のやつだけだよ。お前は、少なくとも殺す気はないらしい」
ドサッと、サラが腰を下ろす。あっけを取られたレベッカも、ようやく肩の力が抜けた。
「よかった~。川流れのせいでヘトヘトだったから、正直戦いたくなかったのよね。ありがとう、サラ」
「甘々なお嬢ちゃんだな、お前。まあなんだ、少し話をしよう」
こっちに来いと、サラが手招きする。相手を警戒するなら近付くことすら危険な行為だが、そんなことも頭が回らないほど疲弊していた。
大人と子供ほどの体格差のある二人だが、濡れた身体を温めるかのように肩を並べて座る。
「お前、ほんと変わってるよ。真隣とは恐れ入った」
「え、良いじゃない、女同士なんだし。今の私にはこの冷たさのほうが敵だわ」
「うん、そうだな。だが、この距離感はなんか、・・・・・・照れるな」
「案外可愛い所あるじゃない、サラ。まあ良いわ。それよりも、その義手触っていいかしら」
サラの隣に座った本当の理由は、エウレカ=ヘイマーディンガーによって作成されたサラの左腕の義手を間近で見たかったからであった。
「――へぇ。換装手術してるのに、脱着式なのね。義手と特殊篭手のハイブリット・・・・・・あ、これ多重関節機構だ。特殊篭手だけ別のものに換装できるってのも不思議だわ。内部構造どうなってるのこれ。五枚刃搭載? しかも射出式!? ありえない・・・・・・てんこ盛りすぎて理解が追いつかないわ」
「・・・・・・オレにはこれを理解しようとしているお前に驚いてるよ」
あれこれとサラの義手を触って観察していたレベッカに、半ば呆れ顔のサラだった。
おもちゃを与えた子供のように目を皿にしており、その様子を見ているだけで飽きないほどだが、あまりの熱に引くほどである。
「あ。ゴメンね、うるさかったわよね。つい、ね」
「いいさ。お前の篭手は親父さんの物なんだろう。ヘイマーが言うには、全体の技術はまだまだだが、特化したものはすでに追い抜かれるとよ。軽さといい、エネルギーの効率化? とか言ってような」
「エウレカ様に称賛されるなんて、・・・・・・お父様ほんと何者って感じだわ」
「篭手の部分はお前のと似てるな。付けてみるか?」
「えええ!? いいの!?」
ああ、快諾したサラが特殊篭手の部分を取り外す。見れば、エウレカの作業場の壁に飾られていた左腕用の技工であった。記憶の中の設計図と見比べ、あまりの精密さに驚きっぱなしのレベッカであるが、自らの左腕に付けようとして動きが止まる。
「付けるのは、やっぱりいいわ」
「いいのか? 助けてくれた恩返しではないが、遠慮しなくていいぞ」
「ううん、いいの。これはね、エウレカ様があなたのために完成させたものだと思う。それを私が付けるのは違うわ。技工は一品物だから、おいそれと興味本位で預かることは失礼になると私は思うわ。だから、見せてくれただけでもすごい嬉しいわ。ありがとう、サラ」
「・・・・・・すごい悔しそうな顔してるぞ」
手に入るはずの最高級品を目の前で奪われたような悔しい顔をしていた。
「私の顔はいいの! 早く、私の盗人心が出る前に引き取って!」
しばらくサラと話をして、ようやく腰を上げた。今回の予選においての騎士の立ち位置もようやく理解し、お互いの在り方をすり合わせした。
「歴史って怖いわ・・・・・・。けど、娯楽化ってのはわりかし合理的だったのかもね」
「お前、受入れきれるってすごいな。まあ、今回は足りてそうだから、あとは普通に予選を進めればいいだけだがな」
「なら、そろそろ戻りましょうか。上に戻れば敵同士だけど、あなたと仲良くなれてよかったわ、サラ」
「ああ、オレもだ。お互い、立場が違えば腐れ縁になれそうなほどな」
崖の上では、未だに戦いが続いている。レベッカが持つ小コアから、【赤】はまだ4つとも健在であることが伺えたが、他の色の状況までは知覚できない。
現在、ヴォニカ=ワルプルガ=ヴァルプルギスが持っていた【黄】の小コアだけであり、ようやく戦況が変わろうとしていた。
「私は【赤】側の陣地から戻るわ。他のメンバーに会うとまずいから行くわね」
「ああ、オレは【黄】側に行く。メーガスにマクガフィンを取られるわけにはいかないからな」
「マグライトなら横取りしそうよね。取られてないことを祈っているわ、サラ」
そう言って、サラに背を向け、【赤】の陣地に戻るためのルートを探すレベッカ。
その後姿を見つめるサラが踵を返そうとして、――
左腕の義手の駆動を動かしてレベッカへと駆け寄った。その行動に、レベッカは気付いていない。
レベッカに悟られること無く接近したサラが、力強くレベッカの背中を押し、――
その瞬間に、大きな土煙が周囲を覆い尽くした。
「いったいわね・・・・・・」
サラに押されたことで地面に倒れ込んだレベッカが周囲を見渡す。視界を覆う土煙。背中を押した本人の姿が見えず、状況を整理するために立ち上がって警戒する。
次第に晴れる視界。その中に、――
――明らかに大きな影が映っていた。
「――失礼するぞ、クーゲルス」
聞き覚えのない、女の声がレベッカの頭上から聞こえる。
徐々に大きな影の全容が見え、――
巨大な竜と、その上に立つ仮面を付けた長身の女。
そして、レベッカの足元には、見覚えのある左腕用の技工が血だらけで落ちていた。




