26.余白のないキャンパス
「マクガフィン!」
木々の影から飛び出したサラ=ブリリアント=クオランの右手に握られた剣は、ナターシャ=マクガフィンが展開していた『岩檻』によって浮遊する岩により阻まれた。
第1予選最終ピリオドにてサラを打ち破った『岩檻』であるが、リリィからの追撃を警戒し、さらなる一手を展開することが出来ない。
その隙は、騎士教団2位のサラにとって僥倖であり、『神速』の領域ならば突破するには十分すぎる機会だった。
「しっ――!」
隙間を縫うような剣先が、ナターシャの身体を捉える。わずかに後退したことで致命傷を免れたが、サラは本来なら届かない刃に手応えを感じ、ナターシャは斬りつけられた腕から血が流れた。
「させないっ!!」
サラの追撃を防ぐため、セル=M=シシカーダが接敵する。大業物テリオンに魔力が施され、振り下ろした刃が虚空を斬り裂く。それを察したサラの回避行動に合わせ、距離を詰めて押し返す。
その隙を見逃すほど、マグライト=ドグライト=メーガスも甘くない。
「――『逆式、逆縛、逆襲者の怨讐の風、逆巻きパテマよ空へ堕ちよ』――」
殴りつけた大地を濁流と変貌させる土属性の『ダーティ・マッディ・デイ』の詠唱。エキシビジョンでのアビゲイルに対しては有効打にはならなかったが、混戦状態ならば大いに役に立つ。
広範囲を飲み込む濁流は、判断を誤れば命取りになる。先手を取られれば障壁すら飲み込む魔法に、向けられた者は大きく回避行動をしなければいけない。
セルに向けられた土石流を防ぐために、ナターシャが『岩檻』で援護する。そのタイミングに、レベッカとムラサキが合わせて動いた。
「――『聖典潮流、聖青乱藍』――」
「――『ウィンドナイフ』――!!」
レベッカが『蝶舞鳥飛』の詠唱・解号をカバーするように、ムラサキの『ウィンドナイフ』がナターシャへと射出される。セルを守るために動かした岩の一部を自身の防御に回した影響から、マグライトの『ダーティ・マッディ・デイ』を完全に防ぐことが出来ずにセルへと押し寄せる。
回避行動を取ろうとするセルに対し、邪魔立てするようにサラが斬りつけ、わずかに動きが遅れたセルへと濁流が襲いかかった。
「――『世界魚の祠』――!」
セルの身体を守るように、緊急で展開された疑似的な竜の鎧。それでも、濁流の質量がセルを遠くへ押し流す。
「――色界即して空を断て、『夢風鞭』――!」
レベッカが『蝶舞鳥飛』よりも先に風の鞭を発動させてナターシャへと接近した。
『夢風鞭』ならば、岩の盾であっても回り込むようにして一撃を振るうことが出来る。術式の性質はナターシャも知見していた。だからこそ、取るに足らない。魔法少女として開花できても、半年足らずのキャリアしかないレベッカの実力は警戒すべき領域に達していない。
レベッカの攻撃よりも先に、拳大の石が散弾のように動き、攻撃の隙を与えない。刹那――
「――『サンダーボルト・バルカーノ』――!」
無詠唱で発動された雷の弾丸。マグライトがナターシャに対して向けた手から射出される『サンダーボルト・バルカーノ』は、対策なしではダメージを貰う。ナターシャは自身に魔法障壁を施し、砲弾のように迫る雷砲を受け止め、あまりの威力に土煙が視界を奪った。
そのタイミングで、レベッカの風の鞭が襲った。
右手の付けられた篭手がレベッカの魔力に反応して安全装置を解除する。起動準備が整った篭手は、"振り下ろす動作"をトリガーとして特殊シリンジ内の粉末金属が炸裂し、『夢風鞭』へとエネルギーが伝播して破壊力を増強させた。
その威力は、使用したレベッカが想定したものよりも遥かに高く、マグライトの『サンダーボルト・バルカーノ』を防ぐために出力を上げていたナターシャの魔法障壁を一撃で破壊するほどであった。魔法障壁の破壊で『夢風鞭』の威力こそは弱まったためにナターシャへのダメージには至らなかったが、十分な存在感を見せつける。
「ちっ――! 『石魂の十字架』――!!」
思わぬ一撃に反撃に出るナターシャ。宙に出現した赤い十字架。触れれば石化を強制させる土属性の呪いがレベッカへと向けられた。
「――『蝶舞鳥飛』――!!」
その反撃行動こそが、レベッカの後退の合図となる。マナを吸い上げて遅延で発動させたことで、伸び切ったゴムのような反発力で大きく後ろへ下がった。空振りしたナターシャの動作の余白を埋めるように、背後に回ったサラの左腕が動く。
「邪魔をするな、シシカーダ!!」
耳を劈く金属音。間に入ったセルの大剣に、鋭い爪を持つ金属で作られたサラの左腕の義手がぶつかっている。
「サラ、あなた・・・・・・換装手術を受けたのね・・・・・・」
サラの攻撃を受け止めるセルが言う"換装手術"――切断されたサラの左腕は、神経接続された特殊義手として復活した。筋肉を動かすように、脳から発せられた電気信号を義手を動かすために変換され、持ち主の意思をタイムラグ無く稼働させきれる代物は、聖都では一人しか作成できない。この戦いの中で使用できていることがそれを証明している。
「エウレカ爺さんめ、厄介なものを作るわね・・・・・・」
『緑』のエウレカ=ヘイマーディンガーが第1予選終了時から取り掛かっていた技工の一つが、サラの新たな左腕となっていた。レベッカがエウレカの工房に来た際、奥の部屋で作成していたものこそがこれである。
「ヘイマーがチャンスをくれた! マクガフィンはオレが殺す! 邪魔するならテメェも殺すぜ!!」
カチリと、左腕が変形した。内側に格納されていた五つの刃が、セルの顔を突き刺そうと前腕から前へと伸びる。躱そうとしたセルの動きを先読みし、ガードが甘い脇腹へとサラの強烈な蹴りが入った。
セルがボールのように蹴り飛ばされ、目前へと迫ったナターシャへと間合いを詰める。
――そのタイミングで、圧倒的な一撃が襲撃した。
小高い丘によりリリィの射線から隠れていたナターシャたちだったが、戦闘の動きの中で、わずかに影からズレる。
姿が見えたナターシャとサラに目掛けて、リリィの魔弾が襲いかかった。
砲撃の衝撃は土煙となって視界を覆う。着弾点にいたナターシャとサラだが、――間一髪で引き寄せた『岩檻』が魔弾もサラの刃も受け止めていた。
「かっっってぇな・・・・・・!」
「随分としぶといわね、レディ=クオラン。じゃじゃ馬すぎだわ・・・・・・!」
その二人の頭上に、――
「――『撃砕雷槌、ミョルニル・クレーター』――!!」
雷を内包した地面を砕く、雷帝の一撃。マグライトの右足には、圧縮された魔力の塊が電気となって跳ねる。隕石のように地面に激突し、ナターシャとサラの両名を屠ろうと襲いかかった。
さらなる衝撃で土煙が舞い上がる。マグライトの墜落により地面は抉れ、爆心地となった二人は、――
大きく距離を離し、ダメージを最小限にしていた。
「――もう我慢の限界よ! 鬱陶しい!!」
ナターシャが周囲のマナを吸い上げる。強力な魔法の気配を感じたマグライトが発動を中断させようと動くが、リリィの魔弾を防ぐために展開していた『岩檻』を攻撃へと展開した。高速で動く岩の檻は、大質量故にマグライトの接近を阻み、押しつぶすように襲いかかる。
大きく後退させられたマグライトへ、体勢を立て直したセルが斬りかかる。
サラにも距離を詰めさせないようにと岩が襲う。第1予選で辛酸を嘗めさせられた攻撃に攻めあぐねていた。
「――『蒼と碧、深淵の鍋底、大地に真紅、褐色羽扇』――」
ナターシャが動いた――『赤壁』の詠唱。それを感じ取ったレベッカが走った。
篭手のエネルギーを重ねれば、『岩檻』の範囲ギリギリでも『夢風鞭』は届く。瞬間火力でなら十分な一手になることは実証済み。直感でそれが出来ると判断したレベッカの右手が振り上げられる。
――『赤壁』は止めなければ、これ以上はナターシャを討つチャンスがない!
「レベッカ! ダメですわ!」
マグライトの制止の声は、刹那の判断を上書きするにはあまりにも遅い。踏み込んだレベッカの左足に体重がかかり、魔力を感知して起動準備が完了した右手の篭手のシリンジ内で粉末金属を叩くフリントが――
「――『赤壁』――!!」
ナターシャを中心に大地が隆起し、大きくうねる足場がレベッカの体勢を崩す。
リリィの追撃の魔弾すら、詠唱を経て展開された『赤壁』が動かした巨大が岩盤で無力化され、地割れすら発生させた。
――遅かった!?
レベッカがそう心で叫ぶも、彼女にはもう『赤壁』に対処できる手はない。失敗した。彼女の判断は、少しだけ遅かった。だからこそ、大きく隆起した地面に飲み込まれ、地割れの中に落ちていく。
「ちっ――! マクガフィン!!」
サラも同様に巻き込まれる。一番遠くの位置にいたムラサキこそは回避に余裕があり、マグライトもセルもギリギリで難を逃れた。
全体のパワーバランスを崩すほどの大魔法で、戦況は大きく変化した。
【赤】
レベッカ=クワッガー=エーデルフェルト=ボガード
回避失敗により戦線離脱
ムラサキ=ブシキ
回避成功
マグライト=ドグライト=メーガス
回避成功
【黄】
ナターシャ=マクガフィン
右太腿二箇所裂傷
左肩一箇所刺創
『赤壁』発動
イータ=レッドウッド=ヨーク
ムラサキにより毒殺
セル=M=シシカーダ
左下部肋骨ニ箇所骨折
回避成功
【青】
ココ=アンデルセン
ジャンヌ=ジェンヌ=マルタと戦闘中
リッケンバッカー=ファニヴァニ
ココにより斬殺
サラ=ブリリアント=クオラン
回避失敗により戦線離脱




