23.デッドブリッジ(2)
――同時刻。
「ぐっ――!」
吹き飛ぶ大盾と巨体。エアリス=ロックハートの拳の礼装がラチェスター=エルドランの大盾に接触した瞬間、圧縮された魔力が衝撃となってジェノム=フェルト=ペンドラゴンの進む道をこじ開けた。
駆ける速度を落とすこと無く、ジェノムの刃はアユーニャ=D=フォースへと振るわれる。鋭い軌道が少女の身体を切り裂かんと振り抜かれ、――
「――『彼方の荒神』――!」
アユーニャの解号とともに現れた、――水でできた人型の持つ三叉槍がジェノムの剣を絡め取った。
「これが、拝水の崇める『アラガミ様』の化身か・・・・・・」
「騎士風情に討ち破れる神じゃないわ、ジェノム」
アユーニャの小さな魔法陣が刻まれた左眼が青く輝く。その輝きこそ、拝水教団が祀る『彼方の荒神』の一端を偶像化する奇跡であり、アユーニャはその行使が認められた神懸りであった。
「『アラガミ様』の奇跡に散りなさい!」
ジェノムの剣を抑えている三叉槍を両手で構えていた『アラガミ』の背中からもう一対の腕が形成される。
「ちっ――!」
その手にも三叉槍が握られ、ジェノムへと振り下ろされた。ジェノムが剣を手放し、後方へと大きく飛び退く。紙一重で回避した三叉槍の穂先は地面を砕き、ジェノムは魔術的な加護を施していない剣では、受け止めようものなら一刀で粉砕される威力であることを理解した。
「ジェノムさん、無事ですか」
ジェノムに対する追撃をカバーするためにエアリスが間に入り距離を取る。後退する二人に対し、『彼方の荒神』も体勢を立て直したラチェスターも攻めること無く構え直した。
「ああ、問題ない。だが、前評判通り、アユーニャのあれには驚かされる。あれ相手には施しのない剣はなまくらだろう」
「神をあれ呼ばわりするのはやめなさい、ジェノム。いくらペンドラゴン家の信仰外とはいえ、見過ごせないわ」
ジェノムが手放した剣を、『彼方の荒神』が踏み潰して刃をへし折る。騎士としての武装を一つでも削り、【青】側がアドバンテージを一歩進めた。
「神の依代にして鏡か。第1予選ではかなり手を抜いていたというわけか、アユーニャ。あそこでは、お前は三叉槍しか使わなかった。ギュンスター系統の魔術は尖りすぎとよく耳にするが、ここまで埒外なものとは恐れ入ったよ」
「神懸りのワタシはともかく、リリィさんと比べないで。あの人には、『アラガミ様』であっても勝てないんだから」
「珍しく謙虚じゃないか。だが、たしかにリリィだけは王立聖家でも別格だ。今は味方だが、敵だったらと思うと恐ろしいばかりだよ」
ジェノムがフルフェイスヘルメットの奥から目の前に立つ『彼方の荒神』を観察する。
――四本の腕に二本の三叉槍。水で象らている以上、『貫入の加護』でもない限り、ダメージは期待できない。そのクセ、剣を物理的にへし折るほどの質量がある。爵位級の魔物かそれより上とすれば、現状かなり分が悪いな。だが、こちらとしても手がないわけではない。
ジェノムの思惑を察し、エアリスが重心を落とす。
構えた『発破六式』に魔力を施す。拳での打撃をトリガーとする物理的な防御を突破する術式『鉄手腕』の一式なら、ラチェスターの大盾くらいならば対処できる。だが、『彼方の荒神』にはジェノム同様対応できない。
「エアリス、四式まで開けろ」
その言葉を聞いたエアリスが駆ける。魔力を収束させた拳と、――両肘、足の甲、踵が発光し、――
「――『四式連火』――
エアリスの攻撃目標は、――二槍の水神。振るわれる穂先を体勢を低くして躱し、懐へと潜り込む。
『――禍手腕――!!』
低重心から身体を旋回させ、倒れ込むようにして近距離に入り込み、相手の前へ出る動作により威力を上乗せした蹴り技が炸裂する。打撃だけならば、エアリスの蹴り技の威力は水中に分散しただろう。
だが、『彼方の荒神』の水でできた身体に魔力による衝撃が伝播し、――上半身が弾け飛んだ。
「まだ術式を隠していたのね。でも、――」
アユーニャの左眼が光る。水の神の依代にして鏡。水を触媒にして偶像化した神は、水である以上、形状はどうとでもなる。弾け飛んだ上半身が、数多ある水滴へと化しても、瞬きで元の形へと復元された。
その姿は、六臂と三本の三叉槍。構え直したエアリスへと神の穂先が迫りくる。
「ふっ――!」
打ち返すように。叩き返すように。エアリスが嵐のように迫りくる『アラガミ』の穂先を拳打と蹴撃で押し返した。
打撃と同時に穂先が飛散するが、だが瞬きの間に復元される。それでも、ジェノムの剣を抑え込むほどの力に対抗できるだけの業を見せつける。
そして、『彼方の荒神』を抑えつけている隙に、ジェノムが術者であるアユーニャへと接近する。
「アユーニャ様へは近づけさせないッ!」
ジェノムとアユーニャの間に割って入るラチェスター。先程と同様、大盾でジェノムの視界を覆うように迫りくる。金属の壁で押しつぶすように、ジェノムの進軍を妨害する。
「邪魔だッ――!!」
その大盾を最小限の動きで躱す。すれ違いざまにラチェスターの動きを封じ、これ以上の妨害をされぬようにと画策するジェノム。だが、――
盾の後ろに、ラチェスターの姿がない。大柄の男の影が、ジェノムの視界から消失した。
目標を見失ったジェノムの背中に衝撃が走る。衝撃の元を確認したジェノムに、追い打ちをかけようとするラチェスターの姿が見えた。手には、先程まで持っていなかった戦鎚。水を固めたようなその武器がジェノムの上に振り下ろされる。
「何ッ――!?」
驚きの声は、戦鎚を振り下ろしたラチェスター本人だった。
ジェノムの動きを読み、視界から消えるように大盾を回り込むようにして背後を取った。武器とした戦鎚は、アユーニャにより生成された水属性の錬成武装。その威力は、重量のある戦鎚にも劣らぬほど、圧縮された魔力の塊。打ちつける衝撃は、容易に人の骨を砕き、内臓を破壊する。それを背中に受けてよろけたジェノムにも同様なダメージがあっただろう。
けれど、追撃の戦鎚は、――絡め取るようにしてジェノムに奪われてしまった。
「ちっ、ワタシには使わせないか」
ラチェスターの手から離れた戦鎚は一瞬にして水滴へと変わる。
相手の武器を素手で奪う無刀取り。追撃を恐れず、ダメージを貰う覚悟の元、防御ではなくあえて相手の手元に入り、勢いを利用して絡め取る。戦鎚が消失したのは魔術適性のない『種無し』のジェノムの手に渡ったからではなく、アユーニャがラチェスターの手套に施した術式は彼にしか使用権を与えていない。
手元から離れた時点で武器はその姿を消し、次の瞬間に彼の手には水により生成された剣が握られていた。
それも、ジェノムが再び無刀取りで奪い取る。鎧姿でも、軽々と動き相手の攻撃よりも先を取り、奪われたそばから新たに武器を生成したラチェスターの攻撃を次々に捌く。
「捕まえたッ!」
ラチェスターの手首と襟元をガッチリと掴んだジェノムが、自分よりも体格の大きい男を持ち上げて叩きつける。顔から地面に叩きつけられたラチェスターを組み伏せ、腕の関節を極めて動きを封じた中、ジェノムは体重を掛けてそのままへし折った。
「がああああああっっっ!?」
あらぬ方向に曲がり、折れた骨が皮膚を突き破る。ジェノムは激痛に喘ぐラチェスターの足も掴み、無感情のまま容赦なく折った。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ・・・・・・!!」
「残酷な人。まさか、ラチェスターをこのままにするつもり?」
ラチェスターを制圧したジェノムがアユーニャへと近付く。剣は折られ、背中への攻撃は決してダメージがなかったわけではない。痛みの状況から、おそらくヒビは入っているだろう。だが、手も足も動くならば、そこが戦場であるのなら関係がない。
「追従者の命までは取らない。そこで寝ているのなら、これ以上は無粋だ」
更に一歩。アユーニャの『彼方の荒神』は未だエアリスにより足止めされている。なら、彼女を護る存在は、今この場に足りていない。
「ワタシたちは先に進む。悪いが、討たせてもらうぞ」
「討つ? 剣もない騎士がよく言うわ。それに、――」
刹那、ジェノムが跳躍する。
背後に感じた殺気。紙一重で躱した衝撃に、――先程腕と足を折られたはずのラチェスターが迫りくる。
「ちっ・・・・・・!」
大きく間合いを離し、状況を確認する。今の攻撃は運良く躱せ、特に負傷はない。だが、目の前に立つラチェスターの存在に固唾を呑んだ。
「ラチェスターは言ったわ。この命、アユーニャと『アラガミ様』へとね」
激痛により意識を失っているラチェスター=エルドラン。だが、その彼を覆うようにして水が鎧となって蠢いて身体を動かしていた。手に持つ三叉槍が、ジェノムの首を狙っている。
視界の端で、『彼方の荒神』と対峙していたエアリスが次第に押され始めていた。
――一方、リリィの遠距離からの攻撃を耐えつつ【青】の陣地まで撤退したナターシャとセル、そしてそれを追うレベッカ一行。
「ナターシャ! 警戒を怠らず展開維持に尽力して!」
セルが大業物テリオンを構え、マグライトの攻撃を耐え凌ぐ。橋を渡りきり、背の高い丘でリリィの射線から隠れるまでに三度追撃され、【青】の陣地まで押し戻されてたが、未だ危険は去っていない。
「さぁて、セルちゃん。お仕置きの時間ですわ」
指をボキボキと鳴らしながら、余裕の表情をしたマグライトがドレスアップを完了させる。新調した特殊義足の装飾が陽の光を反射させた。
「ゴテゴテ派手派手ね。それ、エウレカ爺さんの趣味じゃないでしょう」
「ご明察ですわ、セル。ワタクシ、これくらいゴツいほうが好みでしてよ」
「はしたないものね、レディ=メーガス。やっぱり貴女は王立聖家にふさわしくないわ」
本人はたいそうご満悦だが、大変不評な造形である。
「レベッカ、ワタクシがセルを惹きつけた隙に『魂喰い』とナターシャを強襲、術の発動を確認したらすぐ後退しての揺さぶり、頼みましたわよ」
マグライトの思惑では、通常の戦闘では、地の利を活かせきれるナターシャに分がある。『岩檻』を最大限に使われれば、間合いに入ることすら困難であろう。
それを突破する手立ては、リリィ=ルン=ルン=ギュンスターの存在にある。
今現在、リリィの射線から外れてはいるが、それが安全である保証はない。岩を周囲に浮かべて城壁のように護っている間は、リリィの攻撃も凌げるだろう。だが、それに綻びができれば、その判断を誤れば、いつ魔弾が飛んでくるかわからない。そのために、防御に徹している間はナターシャは実力を出し切れていなかった。
だからこそ、付け入る隙がある。だからこそ、削れる可能性がある。
それは、肉体的にも、精神的にも、魔力的にも、十分すぎるほどのプレッシャーだった。たった一人の介入が、二人の魔法少女の動きを制限している。
そのことを、ナターシャもセルも十分に理解している。
だからこそ、ナターシャはセルを選んだ。リリィの介入があった場合、生半可な魔法ではリリィの攻撃は防げない。『岩檻』はナターシャにとって最良な攻撃手段であると同時に、最も強固な防御壁として使用される。
力が削がれる攻撃面を補強するために、接近戦に分があるセルを追従者としてスカウトした。
『レディ=メーガスに一発入れさせてあげる』
その一言が、セルが快諾するには十分すぎる条件だった。第1予選で成し遂げれなかった、セルの渇望を叶えさせるために、――もっとも、自身の勝利に一番貢献できるのがセルだったから。
セルの左眼に装着された義眼。エウレカ=ヘイマーディンガーが半年かけて作成した、"魔力の流れの視覚化"を可能とした一品は、今現在二つとない特注品である。
この義眼があったからこそ、長距離から高速で迫りくるリリィの魔力を知覚し、防御ないしは回避できていた。これがなければ、おそらく橋を渡りきることはできなかっただろう。
戦いのピースとして、ナターシャが想定した最悪は対処できている。問題は、――
「・・・・・・鳥が騒いでる?」
レベッカがナターシャたちの後方の森の上で、多くの鳥が騒いでいることに気付いた。その動きは、――命の危険を感じた野生動物の本能によるもの。
その違和感が、近づいてきている。
「マグライト、気を付けて。なにか来るわ」
ムラサキも、そしてそれが視界に入っているマグライトも身構えた。そして――
「マクガフィン!!」
草陰から飛び出し、――ナターシャへと一直線に、鬼気迫る形相のサラ=ブリリアント=クオランの一刀が穿たれた。




