22.デッドブリッジ(1)
正体を現した白い鎧姿のセル。先日まで付けていた眼帯を外しており、その左眼には完成した義眼がはめ込まれていた。
「さて、どういう風の吹き回しか説明してもらえるかしら、セル。あなたがナターシャと仲良くしているのは意外ですわ」
「勘違いしないで。わたしは別にどっちの肩も持つ気はない。忘れたの? わたしはまだ、あなたのことを一発も殴っていないわ」
「なるほど。だから今の奇襲でしたのね」
「ええ。ヒキもタイミングも完璧だったのに、『魂喰い』の反応の良さは計算外だったわ。それに、レベッカにもね」
声をかける以外に対処はできなかったレベッカであるが、気付きだけみれば彼女はムラサキよりも早かった。
何者かの虚をついた奇襲は、予見できなければ致命的な結果となる。それを、わずかな違和感から察知できたのは、聖都の令嬢たちでは難しかっただろう。
「鳥が騒いだからよ。森の動物は敏感だもの。ナターシャの魔力には反応がなくても、生き物の動きには警戒する」
「ボクも同じ理由さ。ここには大型の獣がいる気配がないからね。獣道が一本でもあれば話は別だけど」
「これだから外の連中は・・・・・・。レディ=シシカーダ、レディ=メーガスを相手にする念書は破棄よ。今のが不発になった以上、速攻でここを突破するわ」
ナターシャの空間魔法が展開され、周囲には黒い微光が浮遊していた。
「本気ですわね、ナターシャ。ワタクシも、全力で行きますわよ」
速さを追求した戦術を持つサラですら突破できなかった岩の檻がマグライトを覆う。並の魔法少女の域を越えている両者ではあるが、どちらが上かの線引きは未だない。雌雄を決する衝突を、事実上の決勝戦の帳が降りようとしていた。
――刹那。
「――見つけた!」
――【赤】に繋がる両の橋が視認できる小高い岩に登っていた、リリィ=ルン=ルン=ギュンスターが遊撃の一撃を展開した。
地面より両足で吸い上げたマナの激流が、リリィの両腕が堰となって押し止める。膨れ上がる魔力を圧縮して作り上げたのは、――破裂寸前の鏃の様。
宙に浮く魔力の鏃が、リリィの胸の前で停滞し、前に突き出した左手の人差し指が豆粒よりも小さいナターシャを捉えていた。
弓を引くような動作の後、射出のトリガーとなる胸郭を大きく開いて離れ、空気の壁を裂き一直線でナターシャへと疾走する。
着弾を確認するまで残心で残ることを誓約とした一連の所作に、大型魔獣すら一撃で屠る魔力の矢が必殺の衝戟となる。
「――ヴィレンスクラフト――!!」
――ナターシャの詠唱を持って、土属性の空間魔法『岩檻』が完成した。地面から浮き上がらせた岩や石が、空間に蠢き膨大な質量エネルギーを持ってマグライトへと襲いかかる。
「!? ナターシャ! リリィだ!」
そして、セルの叫び声とほぼ同時に、『蝶舞鳥飛』を重ねがけしたマグライトの跳躍と、――リリィが放った魔弾がいくつかの岩の檻を撃ち落とした。
「なんですって――!?」
ナターシャの驚きの声はどちらに対してのものだったのか。
突如視界から消えたマグライトと、数多ある岩の檻を貫く魔弾の軌道。
マグライトの跳躍だけなら、おそらく『岩檻』の突破はできなかっただろう。致命傷を避け続け、迫りくる岩石の檻はすべてを打ち砕く。人が施す強化程度では、それを打破するだけのエネルギーが圧倒的に不足する。
そして、『岩檻』の展開があと一秒遅ければ、ナターシャは再起不能の一撃を受けていた。リリィの動きがあと一秒早ければ、彼女の生成した鏃は、ナターシャの身を貫いていただろう。
射出から着弾までおよそ四秒の空白の中、ナターシャの『岩檻』が迫りくる魔弾の勢いを削り、軌道を逸らし、彼女の傍を通り過ぎていった。掠る衝撃ですら、ナターシャのドレスを裂き、身体に傷をつける。
マグライトもナターシャも、致命傷とならなかったのは他ならぬ偶然であり、――ナターシャの選んでいた一ピースが、再び彼女の身を守った。
「ちっ――!」
マグライトが舌打ちをする。その理由は、――リリィの遊撃により機能を低下させた『岩檻』の先にいるナターシャへの一撃を、セルの一刀により阻まれたからに他ならない。
「ナターシャ! 『岩檻』で全方位防御! リリィの追撃の前に一度撤退よ!」
セルの怒号でナターシャとイータが橋まで後退する。リリィの追撃までのスパンは不明だが、これだけの一撃の連射があるとは思えないと、その隙に影響を受けない位置まで後退しなければ戦闘にならないとセルは判断した。
「良い一撃だ。ボクも――」
ムラサキが構えた魔銃の銃口は、【黄】の三人を捉えていた。
「――『街を覆え不詳の霧よ、貴様の生首を亡者が狙う! さあ行け、夢を食え! さあ行け、命を喰らえ! ――邪蛇の牙よ、一死の贄を喰らえ! 蛇姫の詛よ、彼の身を砕け!』――!」
八節の詠唱に呼応した、紫色した魔力の渦が弾丸となって射出された。長い詠唱故に防御に徹したセルとナターシャは難なく防いだが、――
「ぎゃっ――!」
――『種無し』のイータに容赦なく襲いかかる。
肩を撃ち抜かれたイータの傷口に、浅黒い紋様が浮かび、――
「ゔっ、ゔぉ゛え゛え゛え゛え゛――!?」
目と鼻と耳から赤黒い体液を垂らしながら、口から堰を切ったように大量に吐血をして倒れ込んだ。
――『魂喰い』。オービの姫君ムラサキ=ブシキを強襲しその心臓を食べ、『第一級国家魔法少女選別の儀』に紛れ込んだ異分子。
本名不明。出生地不明。年齢は見た目からおそらく10歳前後。
第1予選の初戦では第1ピリオドの『華』で大耕地帯シナンチャ出身であるブソク公女を打ち破り、同じく心臓を食べたことで獲得した能力こそが、――ブソク公女が持っていた毒の性質である。
『魂喰い』の性質は魔術適性の強奪にある。
魔力炉心とは疑似心臓に宿り、疑似心臓は術者の心臓と同期している。魔法少女として適性を持ち、かつその能力を開花させている『華』の心臓には、その者の魔術のすべてがあり、『魂喰い』は心臓を摂取することで命とともに能力の強奪を可能としていた。
今しがた発動した風属性の『ウィンドナイフ』による空気の圧縮には、刻印や魔石などを介し礼装に術式を組み込むショートカットはせず、四節の追加詠唱によりブソク公女の毒の性質を上乗せした。
被弾者に押し寄せる致死性の猛毒。肉体を蝕む破滅の一撃。
セルやナターシャはそれに対応できるだけの魔術的な耐性があるが、奇跡的に第1予選を突破した魔術特性を持たない『種無し』のイータ=レッドウッド=ヨークには、十分すぎる必殺の一撃となった。
「あちらが下がるのなら、押せるところまで押し返しますわよ!」
下がるナターシャとセルを追って、マグライトが走り出す。レベッカとムラサキも遅れないようにと、横たわって血の海を作ったイータの傍を走り抜けた。
【黄】
死亡確認
イータ=レッドウッド=ヨーク
【黄】残り8名
――同時刻。【黄】の陣地内にて。
「・・・・・・なぜ、あなたがここにいるのです、ココ」
ハルバードを持つジャンヌ=ジェンヌ=マルタが、目の前に立つココ=アンデルセンを睨みつける。不可解なあり方に苛立ちと焦りが混ざる。
【黄】側の陣地に、【青】側の敵が立つことは、橋を越えられたということ。【青】へと向かったヴォニカと遭遇していないのであれば、これほど危機感はなかっただろう。
だが、【黄】の小コアを持つジャンヌの視界には、ココが懐に隠す【黄】の小コアの気配が手に取るようにわかる。
そのことこそが、彼女の思考と感情をジャックしていた。
「なるほど。同色の小コア同士は反発するのか。なら、もうこれはいらないわね」
ココが懐から小コアを取り出す。ココとジャンヌの視界には、小コアを中心にした結界のようなものが映り、弾き合うような感覚があった。不要な産物だと、ココが後方へと小コアを投げ捨てる。
「どう考えてもそちらの勝手だけど、少し足止めさせてもらうわよ、ジャンヌ。あなたを遠ざけることが、今のワタシには必要なこと」
鞘から抜き取った剣の切っ先がジャンヌへと向けられる。ジャンヌの後ろには、戦闘能力の低いノイン=テイル公女とハクア=ザクロ=ドクロティがいた。魔法少女としての能力が十分でない彼女たちには、騎士であるココを討ち破ることはできない。だからこそ、ジャンヌが護らなくてはいけない。
「『神託聖女』の神懸りはこういう時に不便よね、ジャンヌ。戦場で戦う力があるものがいるなら、あなたの存在は後ろ盾としては絶大よ。人の死の運命をあなたの未来を担保に救済するだなんて、奇跡としか言いようがない加護だわ。けど、――」
斬りかかるココの刃をハルバードで受け止める。体格は同等、騎士として一対一ならばジャンヌのほうが実力は上。けれど、ジャンヌが危惧している通り、今のままではココには決して勝てない。
「全自動で他人まで救うとなると、あなたの未来も幸運のバックもそのうち底がつくはずよ。違うかしら?」
「あなた、・・・・・・何を考えているのです!? ここでワタシを足止めすると言ったのは・・・・・・」
「言葉通りよ。あなたの加護がナターシャに施されると困るの。だから、余計なことをしないでもらわなくちゃ。わかっているよね。後ろの杖振りもしっかり護ってもらうわよ!」
素早い太刀筋がジャンヌに襲いかかった。殺意のない、けれど的確に致命傷を狙う太刀筋が、ジャンヌの動きを鈍らせる。
通常より大きなハルバードの質量で攻めれば、ココの持つ剣の刃は簡単に折れるだろう。
ココもそれを十分に理解している。だからこそ、ジャンヌから攻める隙を与えない。
「ちっ――!」
ジャンヌは揺れていた。
今目の前にいるのはココ一人ではあるが、ペアとしてピロズ=ファニヴァニと、姿を隠していた追従者がいた。その二人が姿を隠していた場合、ジャンヌが後ろで護っているノインとハクアが『神託聖女』の加護から離れれば、確実に討たれる。ココが投げ捨てた小コアも罠かもしれない。この場を彼女一人の力で打破するには、圧倒的に突破口となる事象が足りていなかった。
ココも、彼女がそう考えることを見越した上での行動だった。ジャンヌ=ジェンヌ=マルタはいかなる状況でも味方を見捨てない。それが自身の首を絞めることになろうと、不利な状況になろうと、『神託聖女』の神懸りとして責務を全うしようとする。
――『神懸り』とは、『加護』と『契』と違い、選ばれたものだけが授かることができる特別なもの。
神の奇跡の体現とまで言われ、その恩恵はいかなる『加護』や『契』より優先される祈りの事象化であり、――ジャンヌの持つ『神託聖女』は彼女の未来を担保にした"不幸の回避"であった。
ジャンヌの未来とは、すなわち"寿命"であり、身に降りかかる不幸を神託という形で回避・分散することで削られていく。しかし、その削られた寿命は聖女の加護のもと、ジャンヌの日頃過ごした小さな幸せのストックから回収されて復元される。
すなわち、自らの命に対しては全自動で施しを受ける絶対的な防御装置であった。彼女一人の命であるのなら、"死"という一瞬の不幸は彼女の生涯が帳消しにしてしまう。
しかし、過剰なる神の祝福は、ジャンヌだけでなく、彼女が護ろうとするすべてに降り注ぐ。
だからこそ、鉄壁。ジャンヌが戦場にいるだけで、その場にいる全てを救済しようと作用する。
だからこそ、ココはジャンヌを足止めにしている。
範囲こそはジャンヌ本人にもわからないが、騎士の中でジャンヌの性質を知らない者はいない。
だからこそ、ジャンヌが持つ有限の幸運を消費させ、あわよくば彼女以外に神の祝福が起きないように、ココが立ちはだかる。ココがこの場に一人でないという情報を与えてはいけず、できるだけ長く足止めしてもらわなければならない。
すべては、サラ=ブリリアント=クオランの為に。




