21.あざなえる者たち
――【青】と【黄】を繋ぐ橋の上にてヴォニカ死亡より数分後。【赤】から【青】に繋がる橋の手前にて。
ジェノム=フェルト=ペンドラゴンがため息をこぼす。すでのこちらの領域に【青】側からの侵入を許していた。
「エアリス、戦闘準備だ。アユーニャはワタシがやる。他は任せた」
刃が鞘を擦る音が静かに響く。ジェノムの手に握られた白刃に隙はなく、対峙していた者たちが固唾を呑んだ。
「覚えてなさいよ、アリアーナ。生きて帰ったらあのデカケツひっぱたいてやる・・・・・・」
【青】側――アユーニャ=D=フォースが額に冷や汗を浮かべる。視線の先にいるのは騎士教団1位のジェノム。そのペアとなったエアリス=ロックハートこそ警戒には値しないが、ジェノム一人でお釣りが来るほど。
「カグヤ、カバーは出来ないわ。死にたくなかったら、近寄らないで」
アユーニャはペアのカグヤ公女に一言だけ告げて前に出る。
「アユーニャ様、私も共に」
大盾を持つラチェスター=エルドラン。鍛え抜かれた肉体は重量のある大盾を軽々と持つほどであり、それでいて、佇まいに隙はない。
「邪魔なら切り捨てるわ、ラチェスター」
「御意に。この命、アユーニャ様とアラガミ様へ」
アユーニャとラチェスターも瞬時に戦闘態勢に入る。アユーニャの淡く青い左眼に魔力が蓄積していく。
「準備オーケーです、ジェノムさん。いつでも」
エアリスがドレスアップを終えた。亜麻色の長髪を三編みにし、スリットの入ったスカートと共に風に靡く。両腕には手甲、腕当、肘当。両足には鉄靴、脛当、膝当をしている。
礼装――『発破六式』。両手足に魔力を乗せる近接戦闘向きの術式であり、格闘術の心得のあるエアリスと相性がいい。
刹那――戦いの火蓋を切ったのはジェノムであった。予備動作のない踏み込み。20メートルは離れていたであろう距離を詰める。地面をすれすれに進む切っ先が狙うは、アユーニャの首級。
それを、ラチェスターが間に入り、さらに距離を詰める。視界を覆うほどの大盾が、ジェノムからアユーニャを隠した。ジェノムの持つ両刃剣では、ラチェスターの盾は貫けず、ましてや刃が折れる可能性すらある。速度を落とさぬ突進がジェノムを押しつぶそうとエネルギーが高まる。
「――『一式起動――!」
ジェノムとラチェスターの間にエアリスが割り込み、――
「――『鉄手腕』――!」
拳に込めた魔力が大盾を殴り、――ラチェスターの巨体ごと吹き飛ばした。
――ヴォニカ死亡直後。【青】と【黄】を繋ぐ橋の上にて。
「さすがですわ、姉さま」
ヴォニカの首をはねたサラが頭を失くした身体へと近寄る。周囲に立ち込める焦げ臭さなど気にも止めず、第2予選における生命線を物色していた。
懐に隠されていた【黄】の小コアを見つけ、それを手にしたサラの動きが僅かに止まる。
「なにを、している・・・・・・?」
ココのペアであるピロズが口を開く。サラが手にしている【黄】の小コアは【青】にとっては破壊すべきもの。第2予選における最初の行動目標であり、これを達成しないことには先には進めない。
その最初の一歩を前にして、自分にまで正体を隠していたサラの動向に疑問しか浮かばなかった。
「なにをしているの!? 即急に壊して先に進みましょう!」
ピロズの声に反応したサラが振り返り、手にした【黄】の小コアをココに投げる。受け取ったココも、何やら納得した様子でサラの思惑を理解した。
「ココも! 何をしているの!?」
「アハハハハハハ! 面白くなってきたわ!」
「何わら――」
「――あなた、邪魔だからここで寝てて」
ココが腰に携えた剣を抜き、ピロズの顔を見ること無く、――心臓を串刺しにする。
「えっ――?」
非情に、冷徹に、冷酷に、残酷に。
あまりの唐突さに、ピロズの思考回路が漏電する。サラとココの行動が理解できず、あまつさえ、敵意のない刃が急所を一突きにし、身体が痛みの結果を理解するのに時間がかかった。
「お勤めご苦労さん、ピロズ=ファニヴァニ。最後のお仕事よ」
ココがピロズへと振り向く。その表情は柔らかく、ピロズの心を更に乱す。
ピロズの胸から引き抜かれた刃が赤く染まる。強烈な痛みと身体を濡らす血液に膝が折れた。
――何で、刺され。姉さん、ココ理解できな痛、血が・・・・・・。
混乱蠢く脳内。ピロズの視線の先で、剣を高く振り上げたココの姿。
卑しい笑顔が印象的で、無慈悲な一閃がピロズの身体を袈裟斬りにした。
――数分後。
ココ・ピロズ組に遅れて橋の手前に到着したアリアーナ=グランディーバ、ウィンクル=リップル、そして追従者のリッケンバッカー=ファニヴァニの足が止まる。
つい先程発生した戦闘の後。横たわる2体の亡骸。その様子に、――
「近寄れない。これは、――小コア同士の反発か・・・・・・」
小コアを持つアリアーナの視界には、ピロズの亡骸の上に置かれている――【青】側の小コアが鎮座されている。血に濡れているが、ご丁寧にピロズが抱くようにして、あからさまに視認できるように。その様子に、アリアーナが困惑する。
「ココはどこだ? 向こうで倒れてるのは、・・・・・・ヴォニカ、か」
――小コアをだしにした罠か? けど、小コア同士の反発で近寄れないのなら、意味がない・・・・・・わけでもないのか。
「ウィンクル。ピロズに近寄れるか?」
「え、ええ。問題ないわよ」
「ならいい。悪いが、回収を頼む。お前だけでも近寄れるのなら、この効果があるのは小コア持ち同士だけだ」
距離にしておよそ50メートル。アリアーナの持つ小コアが球体状に結界のようなものを展開している。一緒に行動している者自体は離れることも近づくことも影響がない。
大コア地点に転送された時にはその様な影響はなかった。転送が完了した時点で第2予選は始まっているのなら、大コアの近くだけはその効果の例外条件となる。
ウィンクル=リップルが単独で進み、橋の中程で倒れているピロズへと近づく。ピロズの死体に安置されている小コアを手に取り、アリアーナが自分に回収を指示した理由を理解した。
「ルールに『小コアが破壊されれば仲間と合流可能』とあったが、言い換えれば『小コア同士は近寄れない』ということか。あの小コアはココが持ってたはず。手放さないといけない理由があったのか? それとも、足止めのつもりか? だが、この効果は今になってようやく理解できたことだから、足止めは理由にならんか・・・・・・」
「アリアーナ様! ピロズが、――リッケンバッカーが!」
「声がでかい。取り乱すな、ピロズ。入れ替わりがバレたらどうする!?」
「けど・・・・・・けど! 約束が違います! あの子の仕事はココの監視だけだったのに、まさか、まさか・・・・・・」
「約束云々は今は待て。状況を整えるのが先だ」
「アリアーナさん! 一度下がって!」
「ああ! 十分警戒しろ!」
ウィンクルが戻れるように、アリアーナとピロズが後退する。ピロズとリッケンバッカーの入れ替わりは、ペアであるウィンクルさえも知らない。ある要因を警戒しているアリアーナの予防線は、開始早々破綻した。
――この場にヴォニカの死体があることが不可解だ。なら、やはりこれをやったのはココ、なのかもしれん。
「ピロズ。ウィンクルが持っている小コアを回収後、大コア地点まで戻れ。戦闘時に備えて邪魔にならないだろうところに適当に埋めて他の奴らに伝令しろ」
「そ、それって・・・・・・」
「可能性の話だが、ココの離反も念頭に入れて行動しろ。リッケンバッカーの傷も、ヴォニカの傷も剣による斬傷だ。魔力残渣もヴォニカのものだけ。なら、この惨状は騎士によるものだ。それならば、ココは何かしら企んでいる可能性が高い。この場に死体がないこともその要因だ。目標がナターシャだけならいいが、私怨のために味方を出し抜くことは絶対に許さん」
アリアーナが懸念していたこと。――ココ=アンデルセンによるナターシャ=マクガフィンへの復讐、またはそれに起因する第2予選自体の放棄であった。
サラが第1予選最終ピリオドにて敗退すること自体は問題はない。正当な戦闘での勝敗にいちいち噛み付くのは騎士としての恥。それがわからない者ではない。
だが、あの戦いで、ナターシャはサラを愚弄していた。選民意識の強いナターシャならば、相手が誰であろうと同じ結果であっただろう。それ故に、サラに対して絶大な信仰を持つココを刺激した。
アリアーナは『竜の夜』でココとヴォニカと衝突していたことを後になって知り、彼女の思考は私怨のものに傾いていることを危惧していた。
個人戦やペア同士の戦闘ならば、アリアーナがそこに踏み込む必要はない。だが、第2予選のルールは『小隊』4組を1つの『中隊』とする三つ巴のチーム戦。各々の行動は、『中隊』の勝利のために動く必要がある。騎士ならば、そのことの重要性は重々承知のはず。
そのための監視役として、ピロズと彼女の弟であるリッケンバッカーに一日だけ肉体を変化させる『写身の加護』を施した。近くでココを監視しつつ、問題があれば糾弾し、チームの勝利となるようにするはずだったが、出遅れた隙にその目論見は意味をなさなくなった。
「ワタシとウィンクルでココを追う。正体を隠していた追従者も気になるが、一番の問題は、そいつがサラだった場合だ。最終ピリオドであれだけ負傷していたが、まかり間違ってこの場にいたのなら」
「な、ナターシャ様を殺すためにしか動かない・・・・・・」
「そういうことだ、ピロズ。倒してくれるだけならそれでもいいが、【黄】の小コアがない。欠片もだ。単純にヴォニカが持っていなかったかもしれん。だが、破壊しなかった理由があるとすれば、他色の小コアでも、触れれば魔力を知覚できるのなら、ナターシャを殺すまで手放さない。そうなれば【青】としては不利だ。引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、何も起こらないことがあってはならない」
「敵は、【赤】もいる・・・・・・」
「ああ。ワタシは【赤】を一番警戒している。突破力の高さは随一だ。時間が惜しい。伝令を急いでくれ」
アリアーナの考えに賛同したピロズが、ウィンクルが持ってきた小コアを回収して大コア地点へと走り出す。弟の肉体は、ピロズが思っていたよりも鍛えられ、彼女が思っていたよりも速く駆けていく。
「リッケンバッカー、泣いていたわ。姉がいきなり殺されれば仕方ないか」
「・・・・・・ああ、そうだな。ウィンクル、ココを追うぞ」
――アリアーナの危惧した通り、ココとサラが狙うのはナターシャのみ。ヴォニカが持っていた【黄】の小コアは、残りの【黄】の小コアの場所を示していた。
小コア同士の反発は意識して行ったことではなく、単にアリアーナから雲隠れするため。混乱を狙ったココの思惑は、彼女が思った以上に彼女の味方をしていた。
そして、――アリアーナの動きも、ココの動きも、俯瞰で監視するように虫の眼が見ていた。各人の動向は、虫の使い魔によってつつがなく【青】の大魔女アビゲイルに届けられていたが、大魔女はそれに干渉しない。
「早くも荒れているな。良き良き」
【青】
死亡確認
リッケンバッカー=ファニヴァニ(グランディーバ家分家)
【青】残り11名
――【赤】陣地内にて。
「先から気になっていたけど!」
【赤】内で遊撃係として行動していたリリィ=ルン=ルン=ギュンスターとエリザベス=サマンサであったが、頭上高くで飛んでいた虫がリリィによって撃ち落とされた。
「――ちっ。リリィめ。気付いていたか・・・・・・」
リリィが撃ち落とした虫――アビゲイルは複眼と風切り音のしない羽を持つ小型の虫の使い魔を気配なく飛ばしていたつもりだったが排除されてしまった。
「まあいい。眼はまだある。さて、・・・・・・お。ここもようやく接触か」
使い魔からの次なる情報は、――
――【赤】から【黄】を繋ぐ橋の手前にて。
ようやく橋の入口が視界に入るところに到着したレベッカ・ムラサキ組。十分な警戒をしつつ、険しさの残る山道を越えてきたが、すでに【黄】の侵入を許していた。
遠目でもわかる。レベッカたちにとって一、ニを争うほどの強敵。薄い青いサングラスの奥から睨みを利かす、不機嫌な麗人。
「さすがね、レベッカさん。よりによってナターシャさんを引くなんて」
「わ、笑い事じゃないわ・・・・・・」
クスクスと笑いながら軽口をたたくムラサキに苛立ちすら忘れるほど、戦う前から気圧されている。圧倒的な実力差があることはレベッカ自身が理解している。魔眼に対する対策もできておらず、戦いにすらならないと。
「ナターシャが先頭で出てくるなんて誇らしいことですわ。気張りなさい!」
マグライトだけは、堂々としている。それを観覧のない場で、王立聖家1位と2位の対峙は、誰が想像しただろう。数ある確率をくぐり抜け、第1予選でも見られなかったビックカードとなった。
「まったく。貴女はいつでも嘆かわしいわ、レディ=メーガス。ここにきて、まだワタシに盾突こうというの」
「突く盾ならいくらでも。小突いたぐらいで砕けてもらっては興ざめですわよ、行く遅れのナターシャ姉さま♡」
「・・・・・・礼儀のない女狐の皮を剥いであげるわ。ここに座って首を出しなさい」
「イヤですわぁ~。本音も言い合えない仲ではなくってよ。『竜の夜』でワタクシに会えなくて寂しかったのかしら。お友達、いないですものね」
「ねぇ、マグライト・・・・・・。その挑発、あなたが処理してくれるんでしょうね」
「挑発? この程度で? これくらいで頭に血がのぼる人じゃないですわ~。そこまで小物でしたら踏み潰したことも気付かないかも知れませんわね♡」
ケラケラとしているマグライトだが、レベッカが危惧している通り、ナターシャの機嫌はこの上ないほど悪い。ナターシャの後ろに立つイータ=レッドウッド=ヨークも、その気配を感じていた。
「かつてないほどのコンディションですわ。ワタクシ、イマトッテモタノシイ」
「腹立たしい。腹立たしいことだわ、レディ=メーガス。王立聖家の品格を悉く落とす、忌まわしい双子の片割れの首を生家の城門に吊り下げてあげるわ」
ナターシャが虚空より杖を取り出す。周囲のマナが、ナターシャを中心にして渦巻く。
「何してんのよ、マグライト! めっちゃキレてるじゃん!?」
「眼、バッキバキですわね。お~こわい。ベッキーちゃん、変わってみる?」
「絶対イヤよ! あんた責任取りなさいよ!!」
焦るレベッカだが、マグライトは余裕綽々としている。視界の開けた山道だが、対峙している場は戦うには申し分のない、割と平坦な地。周囲の木々も離れており、障害物が少ない。なら、空間魔法を得意とするナターシャに分があることは明らかだが、マグライトはそれすらも気に留めていなかった。
ナターシャのドレスが次第に白く変化していく。レベッカは第1予選で見せたナターシャのドレスアップが何を意味するか、その圧倒的な力に焦る。
離れた位置で、鳥が騒ぐ。背の高い木々の上へバサバサと飛び立っていく鳥の気配に、レベッカの視線が動いた。その違和感に、――マグライトは気付いていない。
「――べシュロイニグング、フルクラム、」
紡がれるナターシャの呪文。空間に広がる数多の微光が、言葉に反応し、――
「遅いですわっ――!」
ナターシャが術式を完成させるより速く、マグライトが前に出る。無詠唱解号破棄で発動させた『蝶舞鳥飛』により、風属性の加護がマグライトの移動速度を高める。
「ダメ、マグライト!!」
違和感に気付いたレベッカの制止の声は遅すぎた。駆け出したマグライトに、ナターシャがニヤリと笑う。
肉体に強化の術式を施すマグライト。自身の魔術特性を応用した、拳に込めた炎の弾丸。ナターシャの不意をつくためにあえてドレスアップをしていなかったマグライトだが、――
「なっ――!?」
――やば。避けれませんわ・・・・・・。
驚きの声を漏らすマグライトに、――突如、木々の隙間から飛び出した影が、大振りの剣を振り下ろした。
「――『ウィンドナイフ』――!!」
マグライトを奇襲した大振りの剣を持つ者に目掛け、ムラサキが圧縮された空気の弾丸を発生させた。その弾丸に気付いた影がマグライトへの攻撃を中断し、完全に虚を突かれたマグライトが二重の驚きを見せた。
人の肉を抉る弾丸を剣の鎬で受け切り、決定打を潰されたことでマグライトから距離を取る。
「驚きましたわ。まさか『魂喰い』に助けられるなんて・・・・・・」
ムラサキの妨害がなければ、今の流れでマグライトは確実に討たれていただろう。マグライトほどの実力者なら致命傷にならずとも、余りある一撃は確実にダメージを与えていた。
それを、ムラサキが懐から取り出した魔銃の礼装によって発動した風属性の魔法『ウィンドナイフ』によって難を逃れた。
「けど、こっちにも驚きですわ。あなた、ナターシャ側についたのね、――セル」
ナターシャの傍に戻った大剣を持った、全身を隠していたフードを取って姿を表したのは、――王立聖家5位のセル=M=シシカーダであった。
【黄】
ナターシャ=マクガフィン(王立聖家1位)・イータ=レッドウッド=ヨーク
追従者:セル=M=シシカーダ(王立聖家5位)




