EX.2回裏
物語は今より半年ほど前――第1予選第2ピリオドが開始した直後まで遡る。
開幕戦となった第1ピリオドを大番狂わせで勝利を収めた『魂喰い』の少女が、勝者を示す白いマントを羽織って特別控室に通された。
全身からは血の匂いと死の気配を撒き散らし、先導していた近衛兵すら恐怖に慄いている。
「し、しばらく、お待ち下さい。すぐに、通達を、行います」
この近衛兵は経験値の足りない新兵であった。なぜ彼の上官はこの役回りをいきなり押し付けたのか。彼にはそれを知るすべはなかったが、『魂喰い』の少女を特別控室に待機させるという任務を遂行しようとしている。
「・・・・・・ねぇ。ここでなにをするの?」
「じ、自分からは、お答えできません・・・・・・」
「そう。あなたも不憫ね」
新米の近衛兵にはこの任務の意味を理解することはできなかったが、『魂喰い』の少女は気付いていた。
どこでも、そうだった。どこにいても、そうだった。
それは、『魂喰い』という性質のせいなのか。そのとも、少女自身の自出のせいなのか。今となっては、もはや関係がない。
「・・・・・・ねぇ。お兄さん。お金は好き?」
「お、お答えできません」
「沈黙は肯定よ。嫌いではないよね。新兵は、まだ求められるものも与えられるものも低いもの」
そういう少女が、血まみれの帯の隙間から金貨袋を取り出す。中央大通りにて、レベッカから盗んだ金貨袋である。
「これ。上げるからさ、すこし演劇してくれないかしら」
「お答え、できません・・・・・・」
袋から出された金貨は、贅沢しなければ数ヶ月は生活に余裕が出る大金であり、新兵にとっては一度で見るには人生最大の貨幣価値があった。生活が苦しく、年老いて病気がちな両親と、まだ幼い弟を養うために厳しい訓練を受けてなった近衛兵ではあるが、それでも若い彼が家族すべてを養うには低賃金といってもいい。
その中で、見せつけられた大金。少女の要求はわからないが、彼にとっては、喉から手が出るほど欲しい物。彼の中の天秤が、わずかに揺れる。
「ボクを逃してくれるなら、全部あなたにあげるわ。もちろん、取り押さえようとして負けた、という演技はしてもらうけれど。あなたは任務に失敗するけど、責任を乞うのはあなたにこれを押し付けた上官でしょうし、組織内で少し冷遇されるかもしれないけど、この金貨があれば総量でお得だと思うのだけれど」
「お、お答え・・・・・・」
"交渉に乗ってはいけない"。近衛兵にとって、買収は最大な罪であり、これが公になれば、状況によっては死罪すらあり得る。けれど、そのリスクに釣り合うのか、勘定にお釣りが来るのかと、彼の脳内で天秤が揺れ動いた。
「煮え切れない人ね。決断力も、近衛兵に求められるスキルの一つでしょう。優柔不断は仲間も民も殺すわよ」
「お答え――」
優柔不断は、仲間も民も殺す。なら、彼の家族は。誰が生かし、誰が殺すのか。
その考えが、彼の天秤の傾きを決定付けた。
「先程から申し上げている通り、貴女の要求には、お答えできません。こちらで、待機をお願いします」
「そう。運が無いのね、あなたも・・・・・・」
少女の裡から、殺意が溢れる。交渉は決裂。近衛兵はそれを突きつけ、少女はそれを理解した。だからこそ、この男には頼れない。こちらの思惑に一度でも耳を傾けたのだから、その口を紡がなくてはいけない。
そして、彼は自分の死期を悟った。
仲間を裏切ることもせず、自らの矜持を守った。それが、他の仲間も、民も、――家族も救うことになると。
目先の買収を受けるリスクよりも、今ここで殉職することを選んだ。
「――はいドーモ! マグライトちゃんですわ!」
勢いよく特別控室の扉を開き、乱入してきた王立聖家2位の存在が、間違った選択をしなかった彼の命を救った。気配なく登場したことにより、虚をつかれた少女の動きが鈍る。その隙に、マグライトは近衛兵の肩を掴み、無理やり特別控室の外へと乱暴に投げ、少女との距離を取らせた。
「あなた、いい兵になりますわ。困り事があるなら、メーガス家に来なさい」
マグライトは腰を抜かせた近衛兵にメーガス家御用達の木札を投げる。その価値は、先程の金貨の比ではない。恐怖に打ち勝ち、屈しなかった近衛兵が涙を流して嗚咽する。
「微笑ましいわ。素敵よね、男泣きって。涙は女の武器だなんていうけど、ワタクシにしてみれば女の涙なんて小便みたいに不純なもの。あなたも、そうは思わないかしら、お嬢さん」
「王立聖家なのに品がないのね、あなた・・・・・・」
少女が苛立ちの表情を見せた。マグライトの乱入がなければ、すでにこの部屋から脱出できていたはずなのに、とんだ邪魔だと睨みつける。
「ここで争う気はありませんわ。すこし、聞きたいことがあるだけですもの」
「ボクにはない。邪魔立てするなら、ここで殺す」
「あなたにワタクシの心臓が取れまして? 美女の心臓には毒がありましてよ」
「なら、今味見してあげるわ!」
少女の体勢を低くし、マグライトが身体の重心を落として構える。お互いの体内で回転数をあげていく魔力炉心でオドとマナが混ざり合う。殺気にも似た魔力の形を紡ごうと、互いが口を開いた。
「――そこまでだ。これ以上はワタシが許さない」
再び気配なく特別控室に現れた存在に、少女は首を捕まれ壁へと投げつけられた。それに気付いたマグライトは急遽矛先を変え、拳に込めた魔力の弾丸を振り抜く。
「ちっ――!」
顔面を捉えたと思われた拳が空を切る。刹那、足を払われ体勢を崩したマグライトの顔に、同じく魔力を込めた肘打ちが振り下ろされた。
「ぐっ――!」
口の中で血の味が広がる。障壁を展開しても、それすら打ち砕く威力に、マグライトが地面へと叩きつけられた。追撃の拳を躱そうと身体を捻ったマグライトだが、ドレスの裾を踏まれ、動きが鈍ったところを取り押さえるようにして組み伏せられる。
「何のつもりだ、マグライト。わざわざ貴様が行動するとは」
「何のつもりはこっちのセリフですわ、ホムライト! なぜ貴女が――」
「この『魂喰い』をここに移動させたのがワタシだからだ。邪魔をするな」
少女とマグライトの間を裂いたのは、他ならぬ『赤』の魔女――マグライトの双子の妹であるホムライト=ドグライト=メーガス。ドレスアップをしていないマグライトとはいえ、彼女が手も足も出ないほどの強さ。圧倒的な実力差は、ホムライトが七色の特記戦力の一員であることを身を持って知ることとなった。
「相変わらず、『後攻の契』に頼るのね・・・・・・」
「それ故の『瞬獄』の二つ名だ。加護も契も批難される謂れはない」
『後攻の契』――先天的、もしくは自身の要求によって他者から付与される"加護"と違い、自身の産まれも要求も他者の細工でもなく、後発的に強制的に独善的に付与されるものが"契"である。そのあり方は制約の後に発動される呪いに近く、拒否することによる災厄を逃れるには、受け入れるしかない。
「あの娘の処遇はワタシに一任されている。何を考えているかどうでもいいが、邪魔立ては貴様であっても許されない」
背後に回されたマグライトの手首を締めるホムライトの手に力が入る。
「痛っ――、変わりましたわね、ホムライト」
「そういう貴様は変わらないな、マグライト」
バタバタと雑踏が響く。二人の争う音を聞き、部屋の外が騒がしさしくなった。他の近衛兵や執事たちが様子を見に近づいてくることがわかり、マグライトも抵抗しない意思を示す。
「何事だ!? なんの音だ!?」
「何でもない。そこで倒れている参加者を医務室へ連れて行け」
騒ぎを聞きつけた男たちが雪崩込んだことでホムライトがマグライトの手を離した。力強く握り込んだためか、マグライトの左手首にはくっきりと手の跡が残る。
「ホムラ様!? 失礼致しました! マグライト様!? こちらへ! お手をどうぞ!」
「自分で立てますわ。手も結構」
ホムライトは駆けつけた執事と近衛兵にマグライトを押し付けて適当にあしらった。それを理解していたマグライトも、自らの足で特別控室から退室し、嵐が去った室内に残されは二人に沈黙が木霊する。
動けなかった。『魂喰い』の少女は、ホムライトが部屋の中に入ってきたことをまったく察知できていなかった。自分の傍らで声を発したことで、ようやく認知した。そして、壁に投げつけられたことで、彼我の差を理解する。
だからこそ、ホムライトがマグライトを組み伏せている間も、部屋に雪崩込んだ執事や近衛兵が出ていくまでの間も、動くことができなかった。
甘かった。自らの公算は、砂の城でしかなかった。逃げ場は一つ。そこに近づくことすら難しい。今この場には、少女にできることは何一つ残っていなかった。
「賢い娘だ。なら、ワタシがここに来た意味もすでにわかっているだろう」
「・・・・・・ええ。残念だけど、ボクの判断ミスだ。あなたがここに到着した時点で」
「違うな、その逆だ。貴様の行動は、結果として最良だ」
向けられた銃口。少女がそれを認識したときには、すでにトリガーを引かれ、青く輝く魔弾が少女の額に着弾した。反応することができないほどの速さ。予備動作もなく、懐から魔銃を抜かれるまで、まったく反応できない。
けれど、ホムライトも理解していた。この少女がこうも容易く射たれたのは、極度の緊張によるもの。マグライトと対峙していた時ならば、おそらくこの魔弾は避けられていた。少女が力量差を理解し、自らの処遇に対して絶望していたからこそ、彼女の反応は遅かった。
――ホムライトが放った魔弾は『拘束式昏睡弾』。被弾者を一時的に拘束する際に使用するもので、予め術式を準備しておくだけで魔力の流れも少なく、かつ対象者を傷つけること無く無力化できる。
『拘束式昏睡弾』で撃ち抜かれたことにより、倒れ込んだ少女が寝息を立てていた。それを確認したホムライトがゆっくりと近付く。
「寝ていれば可愛らしい顔をしているのに、もったいないことだ」
揺らさないようにゆっくりと担ぎ上げ、ホムライトが特別控室を後にした。
外からは、歓声が第2ピリオドの盛り上がりを告げる。
会場では、フェイ=ファイ=ヴァレンタインによる勝ち抜けがほぼ確定していた。




