13.ドラゴンナイト
「予選通過者の姫君たち、よく来たな! 今日はお前たちの慰労と称賛のための会だ! 良きに計らい、好きなだけ喰って飲んでいってくれ!!」
第1予選通過者に対し、壇上よりウィリアムが大声で声をかける。綺羅びやかな装飾が施された迎賓の間に、王国中の美味や珍味が並び、壁際に並んだ執事と侍女がすべてのサポートをと待機していた。
「目が、チカチカする・・・・・・」
「これくらいの持て成しで日和ってないで、あなたもあの中に行きなさいよ。せっかくの主役なんだから」
あまりの豪勢さに目移りし、照明を反射させる黄金の壁、抜群の質感を持つ絨毯により緊張がこみ上げているレベッカに、セルが軽く背中を押す。あくまでも付添であるセルは、入口近くの壁に持たれ、アワアワと落ち着きのないレントの手綱を引いてるかのように傍観していた。
だが、セルが言う通り、レベッカは料理が囲む中心に行かなければならない。
すでにほとんどの通過者が時間通りに集まり、建前だけの会話に花を咲かせていた。聖都出身の令嬢――ほぼ王立聖家系列と騎士教団系列であり、身内同士の見栄の張り合いである。
「ひい、ふう、・・・・・・私を入れて20人。まあ、そのうち全員揃うか」
「――貴女も、混ざれない組のようね」
後ろからレベッカに声をかけたのは、――毛先から半分ほどの長さが黒く、腰ほどまである赤毛の長髪で、黒い部分にウェーブがかかるレベッカよりわずかに幼く見える少女だった。
「あなたは、確か――」
特徴的な瞳を見て記憶を呼び起こす。右目が淡い茶色に対し、左目は鮮やかな赤色をしたヘテロクロミアを持つ――カガリ=グレン。聖都における二大宗教である『拝炎教団』の出身であり、炎属性の加護を持つ特別貴族だった。
「うちらはまがい物。ここに残ったことも奇跡に近い。貴女とはウマが合いそうだと思っていてね、よろしく頼むわ」
馴れ馴れしい、とは思わなかった。周りの連中は皆我が強く、自分が上であるとマウントを取りたがるものだらけであり、レベッカのパトロンとなったマグライトが最たるもの。それに比べれば、カガリはレベッカに目線を合わせきれる珍しいタイプである。
「まあ、生き残ったとは言え、第2予選の組み合わせ次第では仲間にも敵にもなりえるけどさ。残った連中の金魚のフンになるようなタイプじゃないだろうし、負ける時でも胸を張れるのは貴女くらいと思っているわ、レベッカ」
「買いかぶりすぎよ。少なくとも、私よりはあなたの方が一枚上手でしょ。その眼が良い証拠じゃない」
「嫌味を言ってくれるね、レベッカ。うちのは時間制限付きだし、長期戦になれば時限爆弾よ」
「けれど、あなたのその眼の色、とても綺麗で私は好きよ。これは嫌味じゃないわ」
「・・・・・・卑怯な娘ね、レベッカ。けど、今のは素直に受け取るわ。ありがとう」
こころなしか、レベッカの緊張が緩んだ。立ち位置としてはレベッカより上であろうカガリは、幾分か良識がある方であり、第1予選の際には討ち取った相手に涙を流して手を合わせていた。
「――カガリ! 何をしているの、こっちにいらっしゃい!」
離れたところから声を張る令嬢にカガリがため息を零す。カガリと同じくヘテロクロミアの瞳を持つ令嬢に促され、レベッカにじゃあねと軽く手を振って歩みを進めた。
友達になれそうだったのに、レベッカは少し寂しさを感じていた。
「――フラれたようね、レベッカ! マグライトに取り憑かれた不運だわ!」
「うっさ!? 耳元で大声出すな!」
気配なくレベッカの後ろに立っては大声を発する令嬢に苛立ちを覚える。
「なによ! このリリィ様が声をかけたんだから光栄に思いなさいよ! こうして聖都にいる事自体珍しいんだからね!」
レベッカの耳がキーンとするほどの大音量。堂々とした佇まいと相まって、腹から出される声が広場全体に響き渡った。
王立聖家3位――リリィ=ルン=ルン=ギュンスター。マグライトに次ぐ大貴族でありながら、聖都全体の商いを取り仕切るギュンスター商会の一人娘である。魔獣などの狩猟や討伐を主にする部隊の中でも『遊撃妃』として活躍し、今回の予選において、実戦経験とするならば騎士教団に次ぐ実力者であった。
感覚が敏感な魔獣相手に気配を完全に断つことが可能であり、人相手ならば真後ろに立たれても気付けないほど。現にレベッカは声を発されるまでわからないほどであった。
「あんた、とにかく声がでかいから嫌いなのよ! 近寄らないで!」
「冷たいわね! もっとリリィ様を敬いなさいよ! これだから田舎者は!! だれの働きで良い品を手に入れきれると思っている! それよりも! 前も聞いたけど! その籠手をワタシに売ってよ!」
「嫌よ、しつこいわね!」
リリィの特徴として、とにかく声が大きかった。外であるなら、遠くにいる仲間に意思伝達が容易であるが、それが街中や室内だと迷惑なものであり、働きや名誉に反して皆から煙たがられている。
建物に響く声に、周りの令嬢たちがレベッカとリリィを冷ややかな眼で見ていた。カガリだけは哀れみの眼差しだったが、周りから急に見られてテンパっているレベッカが知る由はない。
「と、とにかく、これは売らないし、目立ちたくないから離れてもらえる」
「ワタシは諦めないわよ! 手放す時は一番に声をかけてね! 言い値で買うわ! さあて、声も張ったらお腹が空いたわ! 何食べようかしら!」
リリィは満足した様子で食事が並ぶテーブルへとズカズカと近寄っていき、顔なじみに大声で話しかけ、海を割るように人が引いていく。その様子に気付かないのか、意気揚々と豪勢な食事に舌鼓を打っていた。
「・・・・・・呆れた。一番貴族らしさがないのに、マグライト並みに堂々としてるわ」
リリィからできるだけ距離を取るようにし、近くにいた令嬢たちに軽く挨拶をするレベッカであったが、マグライトが贔屓にしていることが周知の事実であるためか、軽くあしらわれていた。
――いや、これは単に下に見られているだけね。
他者からの評価に関しては冷静で、逆にその方が今はいいと判断した。予選になれば、マグライトの加護はない。それなら、恐るに足りぬ実力として放置される方が動きやすいことは確かである。
周囲を見渡すと、セルが誰かと話をしていた。こちらに視線を向けていることに気付いたのか、セルがレベッカを指差し、その相手がゆっくりと近寄ってきた。
「ご機嫌よう、レベッカさん。姉様がいつもお世話になっております」
深々と頭を下げた相手――ヴォニカ=ワルプルガ=ヴァルプルギス。シシカーダ家筆頭分家であるヴァルプルギス家の才女である。フリルをあしらった深い黒色のドレスを着ており、メーガス家筆頭分家のメリーのようにどこか愛玩メイドのような姿だった。
「こちらこそどうも。いろいろ助けてもらって、こっちのほうが世話になっているわ」
マグライトに比べれば良識があり、レベッカの話も聞いてくれる。大貴族であるが故に価値観の差はあれど、レベッカにとってはセルは頼りになる存在である。
「・・・・・・ちっ」
「ちっ?」
――舌打ち、した?
頭を下げたヴォニカの顔は見えないが、レベッカの聞き間違いでなければ、たしかに舌打ちのような音が聞こえた。それも、レベッカにしか聞こえない位の小ささ。
「はて、なんのことでしょう。ホホホホ。では、わたくしはこれで」
「はぁ・・・・・・」
何食わぬ顔で立ち去ろうとするヴォニカに頭をひねる。すれ違いざまに――
「てめぇ、姉様を小間使いにしたこと、覚えてろ。次の予選で殺す」
ニコニコした顔を崩さず、またもやレベッカにしか聞こえない声量でとんでもないことを言い残した。
あまりのことに呆気にとられたレベッカだが、ここが聖都で、セルが王立聖家で、自分が地方の人間であることを思い返した。
そもそもここにいる面々は、立場やマウントに敏感であり、レベッカのようにズケズケと入り込んでいる者が一番嫌いだということ。そして、シシカーダ家の分家であるヴォニカからすれば、セルと親しげなレベッカは確実にその筆頭だ。
「それにしても腹黒すぎでしょ・・・・・・。一番警戒しないといけないかもね」
ヴォニカの後ろ姿を眺めながら戦々恐々としてるレベッカだが、セル本人はそれ自体にまったく気付いておらず、むしろ可愛がってきたヴォニカとレベッカが親しくなったとすら思って満足げであった。
しばらく時間が過ぎた。会場には未だすべての通過者は集まっていない。しかし、遅れて到着した令嬢によって会場の扉が開かれ、その者に誰もが目を奪われた。
「・・・・・・綺麗。誰かしら」
レベッカの口からも、素直な言葉が溢れる。
輝くような金髪が結われ、透き通るようでありながら艷やかな肌。スラリと伸びた背筋に、高い視点。奏でるように響くヒールの音すら美しい。薄い青色のドレスも部屋の装飾に負けないほど綺羅びやかで、それでいて品性を凝集したような出で立ち。目だけでなく、心すら奪われそうなほど。
けれど、予選通過者の中で、レベッカはその者の顔を知らなかった。およそすべてのピリオドの観戦が義務付けられていたからこそ、知らない顔はないはず。なら、彼女はどこの誰だろうか。
「なぜワタシを見る、レベッカ。ワタシの顔に何かついているのか?」
「あ、いや」
なぜかレベッカに声をかける美麗の令嬢に声が詰まる。思いがけない出来事に妙に緊張する。その様子を見ていた令嬢の表情も、次第にこわばっていく。
「――ようやく来ましたか。社交界となれば、貴女はいつも遅れてくる」
二人のぎこちない様子に救いの手を差し出したのは、騎士教団3位のジャンヌ=ジェンヌ=マルタであった。
「ジャンヌ、何だその格好は・・・・・・」
「可愛いでしょう。鎧じゃない時はワタシの趣味全開ですよ」
ジャンヌは、黒を基調とした素材に要所要所にレース、フリル、リボンをあしらい、スカートが膨らみ、頭にはヘッドドレスで装っていた。それはまさにゴシック調でありながら少女のあどけなさを残した懐古的なファッションであり、一言で言うならば、浮いている。
「あんた、すごいわね・・・・・・」
「む。レベッカまでなんですか、その眼は。ワタシの格好はどうでもいいのです。自己満なんで。それよりもジェノム、相変わらず素顔でドレスを着るときに緊張するのはらしくないですよ」
「ジェノム・・・・・・ジェノム?」
どこに騎士教団1位のジェノム=フェルト=ペンドラゴンがいるのというのか、と辺りを見渡すレベッカだが、一人顔を真っ赤にしている眼の前の令嬢を見てハッとした。
「え。あなた、・・・・・・そうなの」
「ワ、ワタシを見るな、レベッカ。恥ずかしい・・・・・・」
「すごく綺麗な顔してるのに、なんでヘルメットなんてして隠していたのよ」
「ややややややめろ! これだから社交界は嫌いなんだ! ジャンヌ、なんでお前はそう堂々とできる!? 恥ずかしくないのか!?」
「え、全然。むしろ鎧よりドレスのほうが好きですが」
「お前とは話にならん! ウィリアム! ワタシは帰るぞ!」
壇上で一人酒を呷るウィリアムに大声を掛けるジェノムだが、そのせいで余計に周りの視線を集め、ついには蹲ってしまった。
「やれやれ。仕方ない人ですね、貴女は。騎士系列に来てください。それではレベッカ、後ほど」
ジャンヌが真っ赤な顔で頭を垂れるジェノムの手を引き、騎士教団関連の令嬢が屯しているところへと移動していく。第1予選で唯一フルフェイスヘルメットを被っていたジェノムの素顔が誰よりも美しい顔だったことに驚いたレベッカだが、その後ろで勢いよく開かれた扉の音にビクついた。
「やっと来たのね、ナターシャ」
「なぜ貴女がここにいるの、レディ=シシカーダ。敗者が場を穢すのは礼儀がなっていないわ」
「わたしはレベッカのただのケツモチよ。あなただってメイドの一人や二人連れているでしょう。それと一緒よ」
「田舎娘の肩を持つなんて情けない。敗者とはいえ、貴女は王立聖家の一人でしょう。恥を知るといいわ」
「そんな事言ってると、リリィに出し抜かれるわよ。あなたも、あれがほしいくせに。あなただって似たような立場じゃない」
「ふん。そんなの今は関係がないわ」
会場の入口で言い争いをしているセルとナターシャの後ろに、もう一人の人影が見えた。会場の中で、予選終了時から一度だって表に出てこなかった存在に、誰もが視線を運ぶ。
「レディ=ブシキ、貴女も入りなさい。これで全員揃ったはずよ」
第1予選最終ピリオドの時と似たような装いのナターシャ=マクガフィンの後ろに、着物姿の――ムラサキ=ブシキを名乗る『魂喰い』の少女が立っていた。
「やーっと全員揃ったか。よーし、嬢ちゃん達! 集合だ! 遅れてきたやつもな! 先に第2予選の組み合わせを発表すンぜ!」
すでに十本以上の酒瓶を開けていたウィリアムは酔っ払った様子も見せず、壇上の前に予選通過者の令嬢たちを集めた。手には封のされた封書があり、ビリビリと乱暴に開けて中身を取り出す。その横で、第一級執事であるセバスチャンとゴンザが大きな幕を広げていく。
「目ェと耳の穴かっぽじれよ! 開示も読み上げも一回切りだ!!」
会場全体に響くウィリアムの声が令嬢たちの身体を叩く。記された第2予選の組み合わせとチーム分けの開示に、皆一様な反応を示していた。
ある者は頷き、ある者は嘆く。誰も彼もの理想のとおりにはならない発表に、レベッカは眼を点にしていた。
「私のペア、――ムラサキ=ブシキ・・・・・・!?」




