10.第1予選終結
「やばいやつもいたものね・・・・・・。なに、王立聖家って曲者しかいないのかしら」
「それをわたしに言うかね、レベッカ。けど、ナターシャはマグライト以上に厄介よ」
エキシビジョンを終え、予選通過者の義務である全ピリオドの観戦をセルと共に眺めていたレベッカだが、最終ピリオドの戦況に驚愕していた。
『魔眼殺しの加護』はあれど、戦闘に関して魔法の類を一切使わない騎士教団と、トップクラスの実力を持つ王立聖家の戦闘は、先程『青』の大魔女との試合を終えた者ですら、別次元であると認識させられる。
「あいつとは当たりたくないわね・・・・・・。何ていうか、性格悪すぎ」
「それもわたしの前で言うかね。けど、否定はしないわ。ナターシャは王立聖家の中でもダントツよ」
レベッカの判断は悪くないとセルが肯定した。身内であるはずなのに、かばうことのないその返事は、ナターシャ=マクガフィンの人となりをよく表している。
「さて、アリーナの修復が終われば閉幕式があるはずよ。あなた、招集がかかってるんじゃなくて?」
ナターシャが退場した後、会場に残されたサラの救助や屍とかした物体の回収、余波により地形が変動している部分の補修などを兼ねるため、数十人の執事と魔法使いがなだれ込んでくる。
無駄のない働きでそれらを一つずつこなしていく様は、聖都の技術の高さとも言えるだろう。
やはりその中でも、千切れそうな左腕を抑えたサラの姿は、凄惨な出来事であるのに、淡々と処置されていくことにレベッカの中で嫌な思いが渦巻いていた。
「・・・・・・別に急がないわよ。その時にアリーナの中で並んでさえいればいいものに、なんで見たくもない顔同時を狭い控室で揃えないといけないのよ」
いま控室に行けば、勝ち抜いてきた令嬢の中に、興奮冷めやらないナターシャがいることは間違いない。
この予選において、レベッカよりも遥かに格上の存在が雁首を揃えている中、極力目をつけられたくないと思う心理は、歪んだ価値観が正当化されている聖都の中ではまとものほうだろう。
「確かに。けど、半年そこらで随分と図太くなったわね、レベッカ。そのメンタルには感服するわ」
「それ、褒めてんのかよくわかんないわね」
「セルが人を褒めるのは珍しいことですわよ。素直に受け取りなさいな」
後方から、車椅子に乗ったマグライトが現れた。右足には、先程までつけていなかった特殊義足が装着されており、胴体にも包帯が太く巻かれている。
「ずいぶんと派手な装飾ね。足、治ったんじゃなかったの?」
セルが指差した特殊義足に、マグライトの表情は暗い。
「治ってるもんですか。メリーちゃんの呪いもまだまだ現役ですわ。先生の魔法で肋骨も折れてるし、内臓検査も控えてましてよ」
先の第1予選時に、同じ対戦相手だったメリー=バックハイド=アーバンデーセツから受けた呪いは、マグライトの治癒を大幅に遅らせていた。
それも、毎日数時間解呪に向けて中和作業を行いながら、全治1年以上と診断されたものを大幅に短縮させ、なんとか特殊義足なしでも動けるまで回復していたが、エキシビジョンでの戦闘を経て、右前脛骨筋の肉離れと右脛骨の不全骨折及び左側の肋骨2本骨折とヒビ割れ多数らしい。
「よくそれで動けたわね。王立聖家の秘技でもあんの?」
「ふふん。日々の鍛錬ってとこですわね」
レベッカの心配もよそに、マグライトはこの程度の怪我で済んだことに誇らし気だった。
「それにしても、よく遅延魔法を組めたわね。一体いつから仕込んでいたの?」
セルの言及した遅延魔法――マグライトがレベッカに施した『蝶舞鳥飛』は、エキシビションの中で展開していた様子は見られなかった。
なら、それ以前に仕込んでいたのは明らかだ。問題は、アビゲイルに気付かれずに出し抜いたことだが、
「それなら、昨日の夜からですわ。おかげで寝ずに調整していてすごく疲れましたわ」
「私も。ずっと隣にマグライトがいるような感覚ですごく寝苦しかった。おかげで寝不足よ」
そこまでするか、とセルが零すが、それくらいの準備があったからこその勝利である。
「――やはりこちらでしたか、レベッカ妃。閉幕式が始まります。アリーナへ移動して下さい」
駆け寄ってきたセバスチャンに急かされ、嫌々ながら重い腰を上げる。見れば、控室の方向から複数の足音が響く。
「やれやれ。安息も終わりか。安息らしいことなんて一つものなかったけど」
軍靴の如く響く雑踏に混ざって、アリーナへと入っていく。それを見届けたセルは、マグライトの車椅子を押してコロシアムを後にした。
後は、勝者だけの時間だと。予選敗退者である二人は、たとえ王立聖家であろうと、もはや出番はない。
そして、集団の中に混ざるレベッカは急激に孤独に苛まれた。
正確には孤立。集団の中にいるのに、一人という錯覚に、表情には出さずとも、身体の動きが僅かに鈍る。
「――あなた、ひどい顔をしているわ」
アリーナの中で適当に並んでいる際、レベッカのすぐ隣にいた令嬢が声をかけた。
「こうして生き抜いたというのに、あなたも災難ね。ああ。あなたに神の加護があらんことを」
甲冑のような風貌に、短く切り揃えた金髪に、燃えるのように輝く赤い瞳が眩しい。澄んだ声は耳に優しく、けれど力強く響いた。
両手の指を交互に重ね、膝を折って祈りのポーズを取る。その自然な動きに、レベッカは目を丸くして息を呑んだ。
その二人の様子を、周りの令嬢は興味がないように気に留めることはなく、閉幕式の始まりを待っている。
「ど、どうも・・・・・・。こんな中で他人に声をかけるなんて・・・・・・」
あんた、変わってるわね、と言いかけて口を噤む。
どんな言葉であろうと、緊張に押しつぶされそうだったレベッカにとっては救いに違いなく、わずかだが心に余裕ができた。
「この手甲、とても珍しいですね。さすがはコクトーのご息女です。良き趣向で眼福です」
「あ、ありがとう。あなたは――」
見覚えはある。予選通過者はすべてのピリオドを鑑賞することを義務付けられていたこともあり、初日で予選を終えたレベッカは第6ピリオド以降を見逃すことなく会場に来ていた。
その中で、唯一誰の命も取らなかった、――全ピリオドにおいて、死亡者どころか負傷者すら出なかった第10ピリオドの通過者の一人。
騎士然とした銀色の鎧を纏った聖女。騎士教団3位であるジャンヌ=ジェンヌ=マルタ、――『神託聖女』と評される、無血の騎士である。
「――与太話はそこまでにしろ、ジャンヌ。いつまで膝をついている、騎士としての自覚を持て」
いつの間にかジャンヌの後ろに近寄っていた女が、無理やり腕を引き立ち上がらせる。
ジェノム=フェルト=ペンドラゴン。騎士教団1位に産まれ、王国内における最優の一角である『黒』の騎士を父に持ち、自身も竜殺しを達成した経歴を持つ実力者。
第17ピリオドにおいて、ジャンヌとは逆に参加者をすべて瞬殺にしながらも返り血一つつけることなく会場を後にした騎士である。
黒い鋼の鎧を全身に纏い、フルフェイスヘルメットで顔すら見えないが、鋭い声に殺意すら籠もる。
ジェノムが口を開くだけで、周囲に異常なまでの緊張が走った。
「騎士とて膝くらいつきます。あなただってそうでしょう」
「屁理屈はいい。騎士はただでさえ肩身が狭い。悪目立ちをするな」
「悪目立ちだなんて、全身鎧の人には言われたくありません」
「いいからきちんとしろ。こっちに来い」
半ば強引にジャンヌの腕を引き、ただならぬ緊張だけを置き土産にしてジェノムは集団の端へと消えていった。
「なんか、余計に疲れちゃった・・・・・・」
周りの謎に冷たい視線を感じながら、やはり孤独を背負ったレベッカも集団の端へと移動する。
後方に近い場所に立ち、しばらくして始まった閉幕式は滞りなく終え、『寄宿城』のレベッカの自室には、夕刻より始まる『竜の夜』の知らせが届けられていた。




