09.HANAnoYUKUSAKI
「しっ――!」
陽の光を反射するサーベルの白刃。その刃は皮肉にも、棒振りと称されるほど軽い。
今回の『第一級国家魔法少女選別の儀』に参加した令嬢の中で、一番の巨体であるサラ=ブリリアント=クオランは、その見た目に反して最優の能力は『神速』と評される身のこなしであった。
騎士教団2位であるクオラン家は、騎士としての技能の中で、速さを追求した戦術を持ち、最高峰の実力者は『瞬獄』のホムラと同等の速度を持つとされる。
そして、速さ以外の実力も本物であり、軽々と振るわれるその切っ先を視認することは、並大抵のことではない。
現に、王立聖家1位であるナターシャ=マクガフィンには、そこに刃があるという認識があるだけで、正確にその切っ先を視認できてはいない。
「無駄な動きが多いな、マクガフィン!」
「っ――!」
サラの刃を避け続けていたナターシャをついに捉える。
突き立てられた切っ先を魔法障壁でギリギリのところで防御したが、一度捉えた獲物を安々と逃がすことはない。乱舞のように迫りくる刃が、徐々にナターシャの反応速度を肉薄していく。
「しつこいっ!!」
戦いの最中、メガネが取れたナターシャが、再びサラへと魅了の魔眼を発動させる。
視線を合わせた者を意のままに操る簡易的かつ合理的で、詠唱も解号もなく視線を交わす一工程で呪いを発動させるが、サラはそれをまた無効化して乱舞を続けた。
「ちっ、『魔眼殺しの加護』ね・・・・・・。騎士風情がなめたマネしてくれるじゃない」
「半年も出番を待たされればこれくらいの準備はできるってもんさね・・・・・・!」
本来、騎士とは魔法少女としてはその才能がない『種無し』であり、呪いこそが天敵である。
だがそれも、対策をしていないときに限り、戦闘能力だけを昇華させた実力を最大限に活かすために、何かしらの『加護』を施すことが多い。
そして、サラ=ブリリアント=クオランが最終ピリオドに向けて準備した『加護』こそが、『魔眼殺しの加護』である。
「この場でなら、魔眼さえ対処していればオレにも勝ち目があるってもんさ!」
「ちっ――!」
ナターシャとしては、無駄に戦闘を行いたいわけではない。
選民思想が強く、自分以外の貴族令嬢のことを下に見ている節があり、この予選の場ですら、自分が手をかけなくても、この魅了の魔眼だけで勝負を決するつもりでいた。
それを、最終ピリオドのメンバーの中に、騎士教団が紛れ込んでいることが我慢ならない。わざわざ自分で手をかけないといけないという行いそのものに辟易している。
「――『神の松明』――!!」
「っ――!?」
ナターシャに詠唱を行わせないよう攻め続けていたサラの前に、爆炎が襲いかかる。
一切無駄のない動きで、解号のみで発動された炎の大玉が、サラの肉体を覆い、焦げ臭い煙とともに周囲に立ち込めていた。
視界を奪うほどの黒煙。その威力は、人の身ならば確実に致命傷を負わせるほどのであり、手加減の類は存在しない。
――だが、その中でも反撃の手を緩めないのが騎士である。
「っ――!」
黒煙の先から伸び出たサラの左腕がナターシャの胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げたかと思えば、巨体を活かして地面へと叩きつけた。
「がっ――!」
背中を強打したナターシャが苦痛の声を漏らすと同時に、鋭い殺気とともにサーベルの刃が振り下ろされる。
魔法障壁を展開することで勢いを殺し、間一髪で躱したナターシャが大きく距離を取った。
追撃に踏み込もうとするサラが、地面の一瞬の変化を感じ取り、ようやく足を停止する。
「あの一瞬で地面を泥化させたのか。危うく足元をすくわれる所だったよ」
ナターシャに一撃を加えたサラは至って冷静であった。戦況の分析も的確で、ナターシャはサラが泥化した地面を踏んでいれば、同時に硬化を行うことでその足を削る算段だったが、それも失敗に終わる。
「つっ――、よくも私に土をつけてくれたわね・・・・・・」
「土に汚れるのがそんなに嫌いなら、今度は頭から被せてやろうか」
「願い下げよ。こんな屈辱、マグライト以来だわ。貴女の希望通り、本気を出してあげる」
憎悪に溢れるナターシャの殺気に、ドレスが呼応し、白色へと変色する。虚空から魔法の杖を召喚し、そこに魔力の蓄積があるのは魔法に疎いサラでも理解できた。
「光栄だね。だが、それは三下のセリフだぜ、マクガフィン」
「減らず口を・・・・・・、後悔しても遅いわッ――!」
杖の先が金色に輝き、ナターシャの周囲に無数の微光が浮遊する。高速に回転し、次第にアリーナ全体に拡大した。
「空間魔法ってやつかい・・・・・・だが、一つ一つは大した事なさそうだな」
サラの近くに来た微光をサーベルの切っ先で軽く触れると、散り散りとなって消滅する。触れるだけで消滅する程度の魔力の結晶だが、展開を完了したナターシャの表情は自信に満ち溢れていた。
「へえ。そういう顔もできるんだな。いつも無愛想でつまらないやつかと思ったが、可愛げがあるじゃあないか」
「黙りなさい、棒振りゴリラ。野生の遊びは終わったのよ」
その言葉の意味を、――サラ=ブリリアント=クオランはその身を持って知ることになる。
「――べシュロイニグング、フルクラム、」
ナターシャの言葉に反応し、金色に輝いてきた微光が黒く変色し、
「――ヴィレンスクラフト――!!」
地面が浮き上がり、大小様々な岩となってナターシャの周囲を漂い出した。
それを見たサラの手に汗がにじむ。
突如として、ナターシャの周囲を漂っていた岩が目にも留まらぬ高速で移動した。
小さいものなら人の拳ほどだが、大きいものはサラの体格ほど巨大で、岩の質量と速度を考えれば、直撃すれば致命傷は免れない。先程対処した火球とは比べ物にならない驚異に、長引かせるのは危険と判断した。
「ちッ――!」
襲いかかる岩の嵐に、自身の最大限を絞り出す。力も速さも、過去に到達したことのない境地まで昇華させ、――
隙のない猛襲の中で、手にしたサーベルの刃が刃こぼれと共に折れた。
だが、その中でもサラの動きは止まらない。致命傷になりかけた岩をサーベルで弾いたことで折れてしまったが、刃の破損程度で済んだことはむしろ僥倖である。
――短いほうが、抜けやすい!
そう自己を正当化させ、ナターシャの間合いまで入り込み、あと一歩のところでサラの動きが止まった。
「づっ――!? なぜだ!」
サラの右足に、先程折れたサーベルの刃が深々と突き刺さる。体重を掛けていたためか、角度が悪かったのか、太い筋肉がブチブチと音を立て、吹き出る血とともに倒れ込んだ。
そこに、――慈悲のない影がサラの視界に映る。
「棒のない棒振りなんて、とんだお笑い草だわ」
ナターシャの言葉とともに、一番大きな岩がサラの上へと墜落する。
地面を砕くほどの衝撃に、立ち込める土煙が観客の視界を奪った。
その中で、踵を返すナターシャは、アリーナの出口へと歩みを進める。
土煙が治まるのを待つことなく、その中の惨状にはすでに興味を無くしていた。
「――待てッ、マクガフィン!!」
視界が落ち着くと同時に姿を表したのは、左腕を岩盤に挟まれ、身動きが取れなくなったサラだった。
右足を負傷し、まともに立つこともできず、左腕を岩によってぐちゃぐちゃにされ、生きているだけでも奇跡――けれど、戦闘を続けることは困難だと、誰もが判断できる現状に、
「最終ピリオド、終結ッ! 勝者は、ナターシャ=マクガフィン!!」
幕を下ろす声がアリーナに響き渡った。
「敗者の生き恥をさらすほうが、貴女にとっては苦痛でしょう。せいぜい自分の愚かさと私の強さを恨むことね」




