06.教場
レベッカが傍らでマントと戯れている中、執拗に迫りくるマグライトの猛襲に、あくびをしながら周囲に魔法障壁を展開して防いでいるアビゲイル=サマンサが、次なる教鞭を執る。
「聞き分けの悪い娘だな、マグライト。ほれ、そこに座るといい」
「ぐっ――!?」
マグライトの全身を押さえつける圧力に、突如地面に倒れ込む。アビゲイルが今しがた使用した魔法の挙動に、わずかながらも気付けていなかった。
「カエルのように寝てみるのはどうだ? 少しは弱者の気持ちもわかるもんだろう」
地面を沈めるほどの圧力――マグライトの周囲にだけ、異常なほどの強力な重力場を形成し、彼女の身体を抑え込んでいた。
「ぐっ、ぎっ――!」
「戦いとは、まずは自己と他者の実力差を明確に知るところからは始まる。ワシとお前に関してはわざわざ確認することではないが、いかにエキシビジョンとはいえ、些か脳筋すぎではないかな」
返答する余裕もない、一方的な鉄拳教育。
国王すら苦い思い出であるアビゲイル=サマンサの教授は、『身を持って知る』が大前提にあった。
身を削り、血を見て実力を知る。そして、それを突破するための活路を自ら掴み取るしかない。
骨が軋む。背中から肺が圧され息が止まる。その中で、詠唱も解号も破棄して、ドレスに編み込まれた魔力伝達繊維に、ありったけの魔力を通した。
「そうだ。魔法とは詠唱解号がすべてではない。内面的な作用ならば尚更だ。理解したか? ならば、次はワシをここから動かしてみろ」
その言葉の意味を理解するのに、刹那もいらない。なぜなら、初めから気付いている。
この戦いの火蓋が切られたときから、『青』の大魔女アビゲイル=サマンサは、一歩たりとも動いていない。文字通り、足の裏が地面に貼り付いていると錯覚するほど、動く必要がなかったということ。
「前々から常々口酸っぱく言っていたことだが、お前の魔法には緩急がない。ウワバミな魔力喰いなのはいいが、いくら派手好きだからとしても、それでは品がないぞマグライト」
未だ満足に動けないマグライトが、通常の数倍の重力下でゆっくりと立ち上がる。その中でも、アビゲイルからの助言が止まることなく続く。
「力むな。魔術戦において、冷静でいることが一番の強みになると何度言い聞かせればわかる。実力で劣るのなら知策を絞れ。機会を伺え。猪突猛進は時として自らを殺めるぞ」
独特の言い回しに突っ込む気力もないほど、憔悴しているマグライトだが、その眼にはまだ諦めはない。
重力場はマグライトの周囲2メートルほど。まずはここからの脱出が先決だと、ゆっくりと後退した。
「良い眼だが、演技力も足りん。これだけ殺気立てば、次の動きも読まれるぞ。そうれ、後ろの警戒は十分か?」
後方から、地面の流動が起こる。マグライトの身体を串刺しにしようとする動きに、最大限の魔力を集結させた。
「――『蝶舞鳥飛』――』
同時に、解号のみ風属性の加護を下半身に施し、背中の衝撃を利用して重力場から脱出する。あまりの威力に一瞬息をすることを忘れたが、今はそれどころではない。
「悪くない判断だ。では、次はどうだ――」
重力場からの脱出と同時に、一度アビゲイルと大きく間合いを離したマグライトへと、隆起した大地の壁が襲いかかる。
先程は解号により発動した『赤壁』を、今度は無詠唱解号破棄で使用した。
膨大な質量をいとも簡単に操るその実力は、『青』の大魔女の名に恥じぬもの。
なら、――こちらの作戦は、うまくいく。
「レベッカ!」
マグライトの声をきっかけに、近くでマントを追い回していたレベッカが、急旋回してアビゲイルへと詰め寄った。
「なっ、レベッカ程度で無詠唱解号破棄!? いつのまにそこまで――」
そこでアビゲイルが感づく。レベッカの両足に施された『蝶舞鳥飛』は彼女自身の魔力ではない。
これは、遅延で発現された、マグライトによる魔法。
大仕掛けの大魔法の最中、それを縫うように回避しながら、レベッカがアビゲイルへと距離を詰める。
発動させた大魔法の余波は、紙一重で躱せるものではない。
マグライトほどの実力を持って、ようやく受け流せるレベル。魔法少女として圧倒的に練度も経験値も足りないレベッカでは、掠ることすら許されない。
『赤壁』を解除するのは容易い。
だが、それではアビゲイルの魔力を失った岩盤は、支えを失うことで崩壊するだろう。それが岩石の雨になることは想像に難くない。
落下エネルギーを孕んだそれを、レベッカ程度の魔法少女では、防御することはできない。
すなわち、国王が設定したルールを破ることになる。
「あいつ、これを待っていたのか!」
アビゲイルはマグライトの戦略を理解した。
――レベッカに怪我を負わせてはいけない。
このルールこそが、アビゲイル=サマンサを出し抜くための糸口だった。
「ちっ――!」
『赤壁』を解除しようとしていたアビゲイルが、レベッカに岩石が当たらぬよう排除していく。海を裂くように、レベッカの前に道ができていた。
『先生はこの王国一優秀な魔法使い、故に全てを理解するはず。なら、あちらからあなたの進む道を作らなければ、ルールに反しますわ。唯一、そこだけがワタクシたちが一太刀入れきれるチャンスとなる』
マグライトの読みは、やはり恐ろしいほど的確に未来を見据えて、アビゲイルへと肉薄する。
残り数歩。アビゲイル自身が追加した勝利条件まで、千載一遇の機会に手が届いた。
「や、ら、せるかッ――!」
レベッカが突き立てた刃を、直前になって大きく跳躍する。
「逃さないッ!」
離れされた間合いを詰めるように、レベッカの両足に追加の魔力が充填され、後押しされたエネルギーがさらなる速度となった。
――チャンスは一度。アビゲイル様相手に、同じ手は使えない。
なら、レベッカに止まることは許されない。マグライトが身体を張って手繰り寄せた好機は、『青』の大魔女相手に二度は訪れない。
「――色界即して空を断て、『夢風鞭』――!」
レベッカが構えた魔法の杖に施した不可視の刃が、刀身を伸ばし、蛇のようにうねた。届かない間合いを、風の鞭が補完する。
「遅いっ!!」
「づっ――!?」
刹那、アビゲイルを捉えたと思われた風の鞭が消滅し、不可視の壁に阻まれた。
マグライトが補助した『蝶舞鳥飛』も失活し、肉体強化の加護を失ったレベッカが体勢を崩して転倒する。
顔や身体にいくつかの擦り傷を作り、窮地を脱したアビゲイルが冷や汗を流した。
「事前のルールを利用したな。さすがのワシも驚いた。だが、一歩届かずっといったところか」
「――いいえ。その一歩は、ワタクシが踏破いたしましたわ」
隆起した大地の向こう側から、マグライトの声が響いた。その言葉の意味を、やはり優秀な魔法使いであるアビゲイルは瞬時に理解し、ため息を漏らす。
「なるほど・・・・・・、マグライトの真の狙いはそこか」
先ほどと同じ様に、流れるように元の大地を修復していく。
その先で、マグライトが青色のマントを踏みつけにし、その中心には大穴が開けられていた。
「レベッカの影に隠れて、そちらを潰すとは、なかなか良い判断だ。ワシが思っていた以上に冷静だったとはね」
アビゲイルがレベッカの腕を掴み立ち上がらせる。全身土だらけとなってしまっているが、それを優しく払う。
「2人とも、合格だ。ワシの負けだよ」
観客席を埋める民衆の大歓声が建物を揺らす。アビゲイルの言葉を最後に、エキシビジョンマッチは終了した。




