04.エキシビジョン開始
「本日もお集まりいただき、誠にありがとうございます。
本日を持って第一の予選は終了、その最後を飾る前に、みなさまにお知らせがございます!」
アリーナの周囲を取り囲む客席を埋め尽くす観客に、セバスチャンからのアナウンスが響く。ざわつく群衆が、予想にしていない展開に次第に声を潜めていった。
「ただいまより、最終ピリオド開始の前に、国王自らセッティングしたエキシビジョンマッチを開催致します!」
その言葉を皮切りに、空気すら揺らす歓声が上がる。内容の説明もないままでも、サプライズ演出に興奮した観客は、参加者の登場を今か今かと待っていた。
「まずは、チャレンジャーの登場ですッ!」
その言葉と同時に、金髪の令嬢がアリーナの中心に転送された。
堂々とした佇まいで、マグライトが観客席に手を振る。それに答えるかのように、観客のボルテージは上昇していた。
彼女自身、もうこの場に立つことはないだろうと思っていたが、与えられた機会を存分に楽しもうと、国王の思惑に乗っかっている。
「次のチャレンジャーの登場ですッ!」
続けざまに現れた、黒髪の令嬢の姿を見て、この2人の組み合わせを楽しんでいた観客が、振り切れんばかりの歓声を上げた。
以前のように、雰囲気に飲み込まれることのなく、メンタルが安定しているレベッカが、ぎこちないながらも周囲に手を振る。
王立聖家2位のマグライトと肩を並べている様子は、誰もが昨日の騒動を思い出し、その延長戦をこの場で催されることを理解した。
「さ、最後に、ディフェンダーの登場ですッ!!」
セバスチャンのアナウンスが続き、3人目に登場した人物に、一瞬にして静寂が訪れた。
マグライトとレベッカをチャレンジャーと称し、ディフェンダーという存在を追加する。このエキシビジョンマッチの異様さを、そして、登場した人物の姿に、2人を憐れむ声すら混ざる。
「チャレンジャー両名によります、ディフェンダー・アビゲイルとの試合を開始しますッ!!」
まさか、王国の最高戦力の一角である『青』の大魔女が、魔法少女を選出する場に立っている事実。
確かにエキシビジョンであり、その相手が王立聖家2位であるマグライトと予選通過者であるレベッカのタッグとはいえ、試合になるかすら怪しいと、会場に不安が木霊した。
「さあレベッカ、魅せますわよッ!」
開始の合図と同時に、マグライトのドレスアップが完了する。全身を包むレザースーツ調のドレスに、魔力が通り、彼女の肉体を強化した。
「――刃を立てろ、『断空のサソリ』――!!」
レベッカが懐から取り出した魔法の杖に魔力の渦が発生し、空気を分断する不可視の刃が形成される。
魔法とは、呪文の"詠唱"を持って大気中のマナと体内のオドを反応させ、魔法名の"解号"をトリガーとしてその真価を発揮する。
レベッカの展開した魔法は風属性に特化したもの。礼装としては初歩的なものではあるが、彼女にとっては重要な戦力であり、それを構えてマグライトと共にアビゲイルへと飛びかかった。
「――心しなさい。ワタクシたちが束になっても、アビー先生には指一本触れることはできないですわ」
昨日の夜、マグライトが発する言葉に息を呑んだ。あの傍若無人で、ウワバミと評されるほど魔力喰いのマグライトですら、『青』の大魔女アビゲイルには手も足も出ないという。
それほどの人物とのマッチングは、もはや嫌がらせでしかない。それも、街中の騒動の後に突然告げられたということを鑑みれば、それに対する懲罰に他ならない。
正攻法ではやっていては、きっとボコボコにされ、哀れみの声を受けるだろう。
だが、レベッカに傷を負わせてはいけないという、謎の配慮が引っかかる。次の予選を間近に控えているレベッカが負傷すれば、今後の予定が狂うというものだろうが、ならなぜわざわざこのマッチングにしたのか不明である。
「だからこそ、あなたは遠慮することないですわ。実力差を考えれば、あなたは全力でなければ意味がない。それ以外のことはワタクシに任せてもらってもいいですわ」
そういったマグライトの顔が忘れられない。なぜなら、これ以上ない意地の悪い表情をしていたのだから。
レベッカにとって、それが頼もしいかと言われれば、別の話である。
「あんの子供先生、ギャフンと言わせてやりますわ」
「――『逆式、逆縛、逆襲者の怨讐の風、逆巻きパテマよ空へ堕ちよ』――」
アビゲイルへと駆けるマグライトが詠唱を施すと、周辺の空気が一変し、
「――『復讐者の声を聞け、一速二連三発破の意志が時計塔の針を奪う』――」
先の魔法の解号よりも先に、続けて詠唱を重ねる。両手に異なる魔力の気配を漂わせ、左腕を大きく振りかぶり、地面を力強く殴りつけた。
「――『ダーティ・マッディ・デイ』――!!」
マグライトが解号と共に殴りつけた地面が、濁流へと変貌してアビゲイルへと襲いかかる。地面を抉る衝撃に、子供の体格であるアビゲイルを飲み込もうとした。
「良き良き。では、授業の時間だ」
アビゲイルは表情を崩さず余裕綽々として、足元に大きな魔法陣を出現させた。
「――『赤壁』――」
アビゲイルはその場を動くことなく、マグライトが起こした地面の濁流よりも、更に大きな地殻変動を誘発させた。
大きくせり上がった地面が、アビゲイルを守護する城壁となり、土煙を上げてマグライトの魔法を無力化させる。衝撃により視界を奪うほど吹き荒れる衝撃に、マグライトが頭上高く跳躍し、
「――『サンダーボルト・バルカーノ』――!!」
アビゲイルのほぼ真上から、マグライトの右腕が照準を合わせ、雷の砲弾が連続で放出された。
「わかりやすい陽動だな、マグライト。だが、――ワシの『赤壁』はまだ終わりじゃないぞ」
マグライトの『サンダーボルト・バルカーノ』とほぼ同時に、せり上がった地面の壁が、アビゲイルを守護するようにありえない隆起を起こす。
ほぼ真横に出現し、石の屋根で防御したアビゲイルの背後に、土煙に身を潜めていたレベッカの持つ刃が穿たれた。
「――甘い甘い。まだまだ青いぞ、レベッカ。ワシがお前程度の接近に気付かないと思っていたか?」
それをあざ笑うかのように、生き物のように動く青色のマントがレベッカの腕を巻取り、吊し上げる。そして、雷の砲撃が止んだ頃合いに、石の屋根を瞬時に開放して、マグライト目掛けてレベッカを放り投げた。
いきなり視界の前に剛速球で迫りくるレベッカを受け止めたマグライトだが、その隙を最強格の大魔女が見逃すはずがない。
刹那、――背筋が凍るほどのプレッシャーが、マグライトに向けられた。
咄嗟にレベッカを安全圏へと放り投げ、
「マグライト!」
レベッカは見た。空中で身を守るものがない状況で、眩い閃光が、マグライトへと強襲する。
無詠唱ながらも無理やり魔法障壁を展開して幾分か受け流しても、その威力は突き刺すように全身を蹂躙し、重ねて防御するために施した魔力の鎧を焼き切った。
「これが本物の『サンダーボルト』だよ、マグライト」
『青』の大魔女の実力を、身を持って体験した。マグライトのように連続射出しなくとも、一撃でそれすら凌駕する。
全身の筋肉が電気により硬直した。飛んでいる最中に射たれた鳥のように、まともな受け身も取れないまま地面へと落ちていく。
「あっぶ。間に合った・・・・・・」
地面へ衝突する直前に、落下地点へと駆け寄ったレベッカがそれを受け止めた。
あのマグライトですら、余裕を崩さずにいとも簡単に一撃で負傷させる。レベッカにとって、魔法少女というものの恐怖を容易に思い出させた。
「痛っ。相変わらず、手加減ってのを知らないですわね・・・・・・」
憎まれ口を叩きながら、マグライトがなんとか身体を起こす。その視線の先――アビゲイル=サマンサが、微笑みながら立っていた。
2人の魔法により大きく隆起していた地面が、水を流す様に元に戻っていく。
「どうだ。ワシのことを尊敬し直したかい、マグライト」
予選で少女同士が朽ちる様子を眺めては歓声を上げていた民衆は、未だに声を殺している。それほど、『青』の大魔女アビゲイル=サマンサに対して畏怖の念が強い。
「よし。一方的はつまらんし、勝利条件の追加だ。お前たち2人のどちらかがワシに触れるか、こいつを倒せれば負けを認めよう」
アビゲイル=サマンサ自身の位を示す原色である青色のマントを取ると、骨格があるかのように動き出した。
自己を主張するかの如く、謎の動きを見せているマントが、こちらに対して裾の先を向ける。
「かかってこい、って言いたいみたいですわね」
謎のマントの参戦により、エキシビジョンマッチの本流へと進みだした。




