03.豆か葉か
「――アビゲイル=サマンサ。今回の騒動、どう処分を致すつもりだ」
『青』の大魔女の対面に座るは、巨大な宝石が埋め込まれた王冠を被る人物――聖グレイトウェルシュ王国の国王であった。
深く刻まれたシワとは裏腹に、ガッチリとした肉体を持つ、齢50を超えてもなお現役で剣を振るうことができ、王国内を探しても10人といない単独での竜殺しを達成した男である。
「今日はこの国において重要で、なおかつ『アレ』を他国に見られるのは由々しき問題だということは理解しているな。それを防ぐため、貴姉をトップとする王宮警峰軍を作り、最大限の警戒をしてもらっていた。その中での、あの2人の騒動は、実に予期できたインシデントであるとも言える」
淡々と言葉を発する国王であったが、その一言一言の重圧に、部屋の壁際に立ち並ぶ執事やメイドの額に冷や汗が浮かんだ。
「けれど、起きた。防げなかった。その責任を取って腹を切れとは言わぬ。だが、落とし前はつけなければいけない。心苦しいが、それが私が王として下さなければいけない事象だ。どうだ、貴姉から何かないか」
「・・・・・・」
下手なことは言えない。『青』の大魔女であるアビゲイルからの提示は、どれも罰が重すぎるか、軽すぎるものでしかない。それは、サミットという重大案件が裏に孕んでいることに他ならない。
他国の長がいる中での処分は、この国の恥部と動向を晒すというもの。
「ふむ。やはり教え子に処分を課すのは、貴姉にも心苦しいことか、先生。私も、先生の罰則には心身疲弊したものだ」
国王ですら『先生』と呼ぶこの幼女がいかなる存在かは、国王に使える者誰もが知っている。
王家御用達である伝説の家庭教師。見た目に反し、国王の倍以上齢を重ねた長寿の大魔女である。
「ワシは甘いか厳しいかしか教えきれない。国王が坊やの頃ならいざしらず、今となっては、ワシからの提示は国王の尊厳を傷つけかねない。もはや極刑と処してもいいかとすら思っている」
「それは流石に厳しすぎる処分だな。なら、明日の舞台に立ってもらうのはどうだろうか」
「明日の舞台?」
国王の口角が上がる。アビゲイルだけが、それが良からぬことというのを感じ取った。
「来賓の王たちに、明日の最終ピリオドの見物をしようと思っていた。だが、最後のメンツはナターシャがいる。あの娘のことだ、きっと面白味がない」
王立聖家1位のナターシャ=マクガフィンがトリを務める算段であった第一予選の最終ピリオドを、迎賓の一つにしようとしていたなど、警備関係を司っていたアビゲイルにも知らされていなかった。
だが、そこに驚きはしても、今更反対などしない。彼女が使える王は、そういう人だと理解していた。
「そこでだ。前座として、あの2人を使う。エキシビジョンだ。予選敗退者と通過者で差別化はある。実力の差も十分。いくつか制限をつければ、良い見ものになることは保証する」
何を保証するというのかはさておき、国王直々の提案に対し、いまさらアビゲイルが水を指すことはない。自らが処すものに比べれば、幾分か慈悲がある。
それに、あの2人の取っ組み合いは、観客である民衆は大いに喜ぶだろう。先程の騒動の延長戦とすれば、民衆の不満解消にもつながる。
「ワシからそれに関して追加はない。いかようにも王の好きにしてくれ。ワシは全てを飲もう」
「ほう。魔女の二言は聞かんぞ」
国王のその一言で、しまったと後悔した。だが、国王の顔が、それを認めぬと物語っている。
「――やはりここにおられたか。マグライト様、レベッカ妃」
レベッカの自室で続くお茶会に乱入してきたのは、国王直属の第一級執事であり、執事長のセバスチャンであった。かっちりとして埃一つないスーツを着こなした身のこなしに、レベッカの部屋の前では予選参加者の令嬢が野次馬のように集まっていた。
「なにかしらセバスチャン。ぞろぞろと数珠つなぎみたいになって騒がしいですわね。どうせ良からぬことなのでしょう」
「察しが良くて何よりですマグライト様。国王からの通達でございます。明日の第一予選最終ピリオドの前に、マグライト様とレベッカ妃によるエキシビジョンの参加通知です」
「エキシビジョン? 急な決定ね。これだと、先程の延長戦をってことなんじゃない?」
「セル様も察しが良くて何よりです。ルールは一つ、あくまでもエキシビジョンであることから、レベッカ妃を負傷させてはいけないということだけです」
「良かったわねベッキーちゃん。国王お墨付きの待遇ですわ」
「なんか、全然嬉しくない」
「けれど、レベッカに怪我をさせないでのエキシビジョンって、なんか味気ないルールね。内容は教えてくれるのかしら?」
セルの疑問の声に、セバスチャンの表情が一瞬固まる。その変化を見逃さなかったマグライトは嫌な予感がしていた。
「それが、――」
「「はぁあああああああああああああああああああああ??」」
マグライトとレベッカの絶叫のハモリが建物を揺らした。それを間近で鑑賞していたセルが腹を抱え笑っている中、セバスチャンはとばっちりを喰らわぬようにと早足で退散する。
件の国王による純度100%の無茶振りに、2人の令嬢が冷や汗を流した。
――翌日。
朝一でマリアーノに叩き起こされたレベッカが、暗い顔で空中庭園の広場に到着する。同じくレントに支えられて到着したマグライトの表情も暗い。
その2人を、熱々のコーヒー片手に青いマントの幼女が迎えた。
「どうした2人とも、朝は弱い方か? これだから若者は、と言われるぞ。眠いならコーヒーでも飲むといい」
「・・・・・・遠慮します。とてもじゃないけど気分じゃないので」
「ワタクシも遠慮するわ。どちらかといえば紅茶のほうがいい」
「あんな草を煮出したもののなにがいいのか。まあいいや」
カップに入った湯気立つコーヒーを一息で飲み干したアビゲイルが、この場にいる全員をコロシアムの特別控室へと転送する。
特別控室には誰もいなかったが、中央に設置されている一際大きなソファーにアビゲイルが猫のように横たわった。
「さて、セバスチャンから全てを聞いたな。それで、お前たちはどうするつもりだ?」
だらしなく寝転がるアビゲイルに対し、だらけた様子で近場のソファーにマグライトが座り、レベッカも近くにあった椅子に腰を下ろした。
「どうするもこうするもありませんわ。それに、ここで口にすれば面白味がないのでしょう」
「ほう、さすがは口が堅いか。可愛げはないが、ワシも良い教育をしたものだ。ときにレベッカ、お前は本気でやることだ」
「は、はい。そうします・・・・・・」
「実力差ははっきりしている。ここ数ヶ月マグライトに鍛えてもらっているそうだが、魔法少女としてはまだまだひよっこの域。遠慮することはない」
「あ、ありがとうございます」
「何をお礼を言っているのよ。この人からすれば、嫌味以外のなにものでもありませんわ」
「言うではないか、本番を楽しみにしているぞ」
そうして、エキシビジョンが始まる昼前まで、マリアーノとレントの淹れた紅茶とコーヒーを飲みながら、ダラダラと過ごす3人であった。




