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生まれて来たのなら幸せになりたい


「と、いうわけで、お屋敷の奥様の産後のご体調がすぐれない事と、強く逞しく育ってほしいっていう教育方針で、お屋敷じゃなく村で普通の子供のように育てようってことで……僕がそのお役目を頂いたわけです」


フェーナとその夫のところで話したのと同じ理由を、ハンスくんは母親に話した。


粗末な小屋を住居にしているハンスファミリー。その中で保護者の立場であろうはずの女性は暖炉の前に寝台というよりただ布を敷き詰めただけの場所で弱々しく横たわっていた。


「そう。それで?」

「……えぇっと」


一見すると大人しめの女性だが、こちらの言い分をそのまま飲み込んでくれる優しさはなく、柔らかく微笑む瞳に「本当のことをおっしゃい」と求める光があった。


え、恐い。


「も、もしかして母さんは、反対しようとしてる?」

「いいえ。これでも私は昔、貴族のお屋敷で働いていたことがあります。何か事情があるのでしょうとわかります。だけど、だからこそ、面倒くさい貴族様絡みのことに息子が巻き込まれようとしていて、母に嘘をつかなければならない状態になっている事は認められません」


ハンスくんが自分で得て来た仕事を頭ごなしに否定する、という気はないらしい。だが、私を預かるとなれば家族に何かしらの影響がある。


母親として事情を知っていなければ対処できないようなことにならないように、とそういう考えだ。


「あぅー、あ(中々理解のある親御さんである)」


私は感心してうんうん、と頷く。首が動かないから心で!


「その子をこちらに」


お母さまは私を渡すようにハンスくんに言う。


(おぉっ、なんという安定感!そして安心感!溢れ出る母性!!)


子育て経験のあるお母さまは、今のところ一番抱っこがうまい!


ハンスくんも中々のものだったが、お母さまの熟練の技には負けてしまう。私はキャッキャと声を上げて喜んだ。


「可愛い子ね。まだ乳飲み子でしょう?お屋敷のお嬢様なら、あなたのような子どもに任されたりしないわ」


えぇ、仰る通りです。

私の現在の境遇は突っ込みどころ満載だ。だが、実際問題、こうなっている。それについて突っ込みをいれたところでどうなるものでもない。


「……僕が勤めているお屋敷では、皆それぞれ役割があるんだ。執事は執事、メイドはメイド。料理人は料理人。皆、本当は名前があって、僕みたいに家族がいて、守らないといけないものがあるけど、でもお屋敷では与えられた役目をこなす」

「えぇ、そうね。そこのご家族の方が快適に過ごせるために尽くすのが使用人の役目だわ」

「……あのお屋敷には『奥様』の役目もある。そして、その赤ん坊の役目は『お嬢さま』であることなんだ」


私は『ローザの娘』役として用意されたが、まだ赤ん坊。母子ごっこをするはずの母親役は私を拒絶している。となれば、最初にハンスくんが語った通りの理由を設定にして、ある程度、役をこなせるようになるまでお屋敷という部隊から離される。


「……そう」


お母さまは一言呟いて、それっきり黙って何か考えるようだった。


「つまり、いつでも簡単に捨てられてしまう『お嬢さま』なのね」


本当、仰る通り過ぎますお母さま。


私は身の上を改めて思い出した。

前々世の自分の価値感があるので、今の状況をそれほど慌ててはいなかったけれど、ただの赤ん坊。一応コルキスの娘設定されかけているが、あの男がそれをいつまで続けるか怪しいものである。


現状ある程度の援助はされるだろうが、それが打ち切られた時、この貧しいご家族にとって負担以外の何者でもない。


そういうお荷物を背負い込む。


「これはあなたじゃなきゃ駄目なお役目なの?」


「だ、打算もあるんだ。お給料は見習いの時よりいいし、この子の衣食のお金はお屋敷の方で出して貰える。それに、お屋敷でなく、ここでこの子を育てるから、もうソニア達に寂しい思いをさせないで済む。おばさん達に、あれこれ言われないで済むんだ」


「ハンス。私はね、立派なお屋敷に奉公できれば、あなたの人生に良いと思ったの。領主様のお屋敷は、下働きでも食事や着るものは、この村での生活よりずっと良いわ。覚えることも多いし、それはあなたの将来の役に立つでしょう」


それは確かにその通りだ。


私は貴族でなく王族だったので、お屋敷生活がどんなものか知らないが、王宮でも後宮の下働きでも街の男より良い給料が出ていたと聞く。


まぁその後宮、私が潰したが。

後宮で働いていた女性たちはきちんと次の就職先か嫁ぎ先を斡旋したので良し。


ハンスくんも村人Aで終わるより、領主の館で料理人をしていた、というほうが将来性がある。


お母さまは家族が揃って暮らすより先を見ているのだな、と私は驚く。


私はいつお嬢さま役がなかったことにされるかわからない存在だ。それの世話に若い貴重な時間を費やす事はハンスくんの人生に必要なのか。


(でも私的に……できればお屋敷に戻さないでほしいなぁ!!)


私がお嬢さま役でしかない、というのを改めて省みるにお屋敷に戻されてもきっと使用人的に「自分達と同じ平民のくせに」という内心の侮蔑を頂く扱いにしかならないだろう!?


それでもお嬢さまのお仕着せをされる、というのは、あまりに……教育に悪くないか?


私が前々世の記憶持ちのメンタル強めレディじゃなかったらグレると思う。


「おぎゃぁっ、おぎゃっ!」


「あらあら、どうしたのかしら……お腹が空いてるのね。この子のごはんは?」


「あ、えっと。魔法の箱に色々入れてくれてるから……持ってくるよ!」


このままなし崩しに養育されたい。


頼むのでお屋敷に戻さないでほしい。

考えたくないが、うっかり私がローザご本人様だとコルキスに気付かれでもしたらロクでもない展開になる。


0歳児の今ならそんな心配はないだろうが、そこそこ育ってきてふとしたことから……気付くか?普通は気付かないだろう。

常識的に、気付かないだろうが、私への感情を拗らせて違う女にローザと名付けて囲って家族ごっこするために赤ん坊までどっかから探してくるような男だ。


常識で考えてはいけない。


ハンスくんがバタバタと出て行ったので、お母さまはふぅ、と息をつく。


「ごめんなさいね。あなたを邪魔に思ってるわけじゃないの。でも、ハンスは……あの子は、私たちの為に生きようとし過ぎだから。とても頭の良い子で、本当は学校に行って、騎士になりたがってたのよ」


「おぎゃあ、おぎゃ、おぎゃあ(お母さまのご主人、家長のいない家の長男ですからなぁ。責任感もひとしおでしょう)」


「私の体がこんなんじゃなければ……せめて、家のことだけでもできればいいんだけど」


ごほり、とお母さまが咳をした。


嫌な咳だ。

肺が悪いのではないだろうか?


私は医者ではないが、前々世の最期がアレだったので病の症状はちょっとだけ詳しい。


「ごほ……っ、ぅ……」


「おぎゃあ!!?(え!?吐血した!!しかも黒い!!)」


吐血の際の血の色は要注意だ。

黒いと内臓がやられている場合がある。


お母さまは布団の上に血を垂らさないようにと手で口元を抑える。抱きかかえていた私を隣におろして、咳の音が外の子供たちに聞こえないようにと配慮しているようだ。


「ご、ごめんなさいね……ちょっと、咽ただけだから」


「おぎゃあ!?おぎゃあ!(いや、咽ただけ!?医者は!!?)」


村の医療機関ってどうなっているのか!?


私は前々世に自分の領地とか統治が及ぶ所は教会を設置してそこで医療系の魔法が使える聖職者たちから、納税者は二割負担で治療を受けられるようにしていたけれど!!?


ここはどうなんだろうか!?


慌てていても仕方ない。お母さまは苦し気に顔を顰められる。


「……(うん?)」


そこでふと、私はお母さまの周りに……黒い、子どもの拳くらいのサイズの……キィキィと鳴く妙な生き物?がいることに気付く。


丸い体に細い手と脚、尻尾が生えている。蜘蛛ではない。真っ黒○ロスケでもない。


寝台の周囲を転げまわっている。

お母さまは気にした様子が、というか、見えていなさそうだ。


「あーぅ(よいせ)」


私はその一つの尻尾をムンズ、と掴んだ。


キィッ!?とその妙な生き物が鳴く。


え、掴めるの?!と言うような反応だ。私も驚いている。


掴んだまま、私はそれを自分の方へ引き寄せた。


私は現状無力な赤ん坊だが、御存知だろうか。

赤ん坊の握力はとてもすごい。


すごいので、引きずりよせたその黒い生き物をぎゅっと握りつぶした。


キィィイィィと黒い生き物の断末魔の悲鳴が上がる。


お母さまには聞こえていないらしいが、一匹潰すと少し、顔色がよくなったような気がした。


「(なるほど?)」


ほう、と私は目を細め、自分から距離を取ろうとする黒い生き物どもに手を伸ばした。


なんかよくわからないが、こいつら病魔か。





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