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楽しいハンス家


ハンス君の家は、コルキスの屋敷から山一つ越えた村にあるらしい。

赤ん坊を連れての移動は難しいんじゃないかと思われたが、「お屋敷のお嬢様のため」ということか、馬車をご用意いただいた。


そしてその日の夜には到着した村、名前はルビナ村というのを馬車の中でハンス君が教えてくれた。

赤ん坊相手であっても、きちんと話しかけてくれるとても良い青年である。


「ハンスお兄ちゃん!?え?どうしたの!?クビになったの!?」

「兄ちゃん、ついになんかやったのか!?」


ハンス宅は小さな……何これあばら家?というような粗末な木造住宅だった。

今は夏だからいいとして、冬とか乗り越えられるのか心配になってくる。


家の前で6,7歳くらいの少女と少年が何か作業をしていた。ハンスの姿を見ると、二人は驚きながらこちらに駆けてくる。


「ソニア!ルーク!ただいま!折角帰ってきたのにいきなりそれってどうなんだ?」


「「だってハンス兄ちゃんだし!」」


と、二人は声をそろえて言って、ハンス君に抱き着く。


「お、っと。二人とも、元気そうでよかったけど、兄ちゃんは今両手が塞がってるんだ」

「何持ってるの?」

「お土産?」

「違うよ。お客さんだ」


青年ハンスは不思議そうにする二人にも見えるように私の入っている籠を低くした。


「赤ちゃん!しわくちゃ!!」


少年の方は私を見て目を丸くすると、つんつん、と頬をつついてきた。


こらこら。レディに無遠慮に触るものではない。

紳士らしからぬ振る舞いは幼いから仕方ないが、私は「ぅう~~」と唸ることで不服を申し立ててみた。


「兄ちゃん……お屋敷でだめなおんなに引っかかって、あかちゃん押し付けられたの?」

「え、ソニア。お前なんでそんな大人びたこと言うの……兄ちゃんびっくりなんだけど……」

「だってお屋敷っていえばだんじょのあいぞうがどろどろなんだって、めいどなんてあこがれるものじゃないっておばさんが」

「あの人は……」


はぁ、とハンス君が溜息を吐く。


「ところで、母さんの具合はどうだい?」


馬車には執事長が「今用意できる範囲ですが」と乗せてくれたベビー用品が詰まっている。元々ローザ夫人の赤ん坊のために揃えられていたものなので、当面これで足りるだろうとも言っていた。育児舐めるな、と言いたいが仕方ない。


御者と一緒に荷物を下ろしながらハンス君が二人に聞くと、ルークは目に涙を浮かべ、ぎゅっとソニアの手を握る。


「……また悪くなったのか?」

「……うぅん。大丈夫。でも、ずっと起きてこれないの。おばさんはお母さんのこと、やくたたずだって」

「僕のお給料は全部おばさんに渡してる。それは僕が母さんの息子だからだ。母さんは役立たずじゃない」


ハンスは俯く二人を抱きしめた。


……何やら苦労しているようである。


大丈夫だろうか、そんな環境に赤ん坊が投入されて。


心配になったが、赤ん坊の私に現状どうにかする手はない。


「おや!ハンスじゃないか!」


兄妹たちがお互いを慰めていると、ドスドスと地面を鳴らしながら恰幅の良いご婦人が近づいてきた。

脂の乗った体に、テカテカと光る肌。

茶色い髪には小さいながら宝石のついた髪飾りを着けている。

この鄙びた村にしては身なりの良い女性だ。


「……フェーナおばさん。ご無沙汰しております」

「なんだい、立派な馬車なんて使って。無駄遣いをして!こっちはあんたの家族の面倒を見てやってるんだよ!こんな馬車を使う金があるなら、少しはこっちの苦労に報いてほしいもんだねぇ」


じろじろとフェーナはハンスや馬車を値踏みする様に無遠慮に見つめる。


「うちの人の弟の家族だからね、まぁ、あたしも親切にしてるんだけどうちだって暮らしは楽じゃないんだ。上の子は都の学校に行ってて何かと必要だからねぇ。あんたらの面倒を見ちまったばっかりにうちの子にひもじい思いをしろっていうのかい?」

「……いえ、そんなことは……ですが、あの、おばさん。この馬車は、僕の勤め先のお屋敷が用意してくれたんです」

「へぇー!出世したのかい?あんたが?」


なんというか、ピーチクパーチク、ひな鳥よりもよくしゃべる女性である。


ハンス君はけしてひ弱なタイプではないが、この女性には負い目があるようで言い返せない。妹たちに「母さんに僕が帰ってきたって伝えて」と優しく伝言して、たった一人でこのご婦人に向かい合っている。


「あとでおじさんにもご挨拶に行くと思います。お屋敷で頂いている仕事内容が、家でもできることに変わったんです。詳しい話はその時に」

「変わったって、大丈夫なのかい?」

「僕は大丈夫です。気にしてくださってありがとうございます」


そうじゃなくて、このご婦人が心配しているのはハンスくんのお給料の額が在宅になったことで減ったんじゃなかろうかということだろう。ハンスくんも気付いているだろうに、あえて違う返事をする。


ご婦人は渋い顔をした。

自分の言葉を「ただの善意」と受け取られ笑顔を向けられると、人は何も言えなくなるものである。


「……うん?なんだ、そのガキ……ハンス、まさか、屋敷でメイドか何かに手を出してクビになったんじゃないだろうね」

「違います」


なぜみんなハンスくんの下半身を信じてあげられないのか。


素早く否定したハンスくんは、ぼそりと「まだ童貞なのに……」と悔し気につぶやいた。


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