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コルヴィナス家の愉快な晩餐会


「入学許可が下りたそうだな、娘よ」


 銀のカトラリーを持ちながら、一切音を立てずに器用に動かす父コルキス・コルヴィナスに言葉をかけられ、私は笑顔で頷いた。


「はい。お父様とお兄様がお力添えいただいたおかげです」

「正しい実力と権利を有しているのだから、たかだか年齢如きで敷居を跨がせぬとする連中の頭がおかしいのだ」


 私が言うのもなんだが、ルールは守る時はちゃんと守った方がいいぞ、と心の中で突っ込みを入れる。


 今夜は我が家の楽しい晩餐会だ。

 普段は私オンリーの夕食でメイドさんたちを筆頭に楽しくトークをしながら和気あいあいと行われるディナーだが、今夜ばかりは数人が緊張感で途中離脱しても仕方ない。

 表情筋が死滅している公爵様と、公爵様の前ではにこりともしない公子様。誰も食事の音を一切立てないものだから、誰かが話さないと無音だけが続く。

 使用人たちの呼吸音しかしないものだから、慣れない者が呼吸をするのも怖がって倒れる。


 さて、そんなデスゲームよりはマシという程度の晩餐会の主役は私、ではなくて、当主殿だ。


 コルキス・コルヴィナス公爵。


 現在この国で英雄卿と呼ばれる忠臣の騎士である。

 紺を少しだけ融かしたような黒髪に金色の目の美中年は右目に眼帯をつけている。十二年前の大虐殺の折に、王族を襲った敵国の刺客から負った傷だが、隻眼になった程度でこの男の能力が下がるわけもない。


「十二年。早いものだな」


 前菜の無花果と生ハムのサラダを食べ終えて次の皿が置かれる前に、公爵が話を始める。普段はそれほど会話量が多い晩餐会ではないが、今日は色々話したい気持ちでもあるのか。


 私はホタテのスープを飲みたかったので話しかけられているのはわかったがスルーしてスープを飲んだ。あえてフレッシュなホタテではなく、乾燥させたホタテでダシを取ることでより深みの増したスープ。生クリームのクリーミーさと、ホタテのしっかりとした独特の甘みが良くマッチしている。


 私はいつまでもこの雰囲気に慣れず、処刑の順番を待つ受刑者のような悲痛な顔をしているハンスに視線をやり「グッジョブハンス」と称えた。ハンスが慌てて公爵様と話をしろ!と言うようなジェスチャーをする。


 だが私に無視された程度でお父様がへこたれるわけがない。


 十二年。


 私はこのセリフをお父様がただ私が十二歳になる、生まれて十二年だと感慨深く言っているだけだというのはわかっている。ただ私にとって「十二年」というのは、コルキスと同じではない。


「十二年前、母上が私を守って亡くなりました。何度も申し上げていますが、私は当時のことをはっきりと覚えております」

「……お前はまだあの女のことを気にしているのか?」


 ぴくり、と神経質そうに公爵の眉が動く。カインは養父の不機嫌を察し、私にそれ以上言わないようにと視線を送ったが、私は無視する。


「自分の母を気にしない子がおりますか?」

「同じ熱量をもってこの父のことも気にかけて欲しいものだな」


 お前も死んだら偲んでやるよ、とはさすがに言わない。


 こほん、と私は咳ばらいをして公爵に困ったような笑顔を向けた。


「お父様のことは尊敬申し上げておりますよ」

「わかっている。でなければお前の性格ならとうにこの家を見限って出て行っているだろう」


 仰る通りだ。


 十二年。

 なんともまぁ、長い時間だった。

 私はコルキスが機嫌を直して給仕にワインを注がせているのを眺めた。

 十二年。

 私はリコリスの遺言通りに「イザベル」として生きることにした。イザベルとして生きる大前提として、私はコルキスに対して、ロゼリアの頃の感情、価値観を引きずらないようにと戒めた。


 つまり、コルキス・コルヴィナス。自分の父に対して、私はイザベルとして見たもののみで判断すべきだとしたのだ。


 そうしてみるとこの男は、イザベルの父は私にとって理想的な父親なんじゃないか?と、悔しいが四歳あたりで気付いてしまった。


 個人の武力も高く、上に立つ者としても有能。子供(わたし)に甘く、望めば剣も持たせてくれる子煩悩。まぁ、刃は潰れたものしか持たせてもらえてないが。

 厳しい時はちゃんと厳しい。私が「騎士になりたい」と言ってカインやルシアを困らせても「才能があるなら騎士の道も良いだろう」と騎士団の訓練に混じることを許してくれたのも父だ。


 イザベル・コルヴィナスであれば、コルキス・コルヴィナスを尊敬する。


 私はこの十二年でそう結論付けた。


 そして同時に、イザベル・コルヴィナスであれば母、リコリス・コルヴィナスのことも忘れない。自分を庇って亡くなった母。イザベル・コルヴィナスは前世のことも、前々世のことも知らない少女なら、周囲がそうと言わなければリコリス・コルヴィナスを「実の母」と信じて、鏡に映る自分の顔から、リコリス・コルヴィナスの面影を探しただろう。


「お父様、お願いがあるのですが」

「まず用件を言いなさい。その上で、叶えることができるのか答えよう」

「学園では母上の性を名乗ります」

「…………………………………すでに確定事項のように話すな?」


 確定事項だからな。


 私はカインが盛大に顔を引きつらせ、青ざめ、震えているのを横目にしつつ、ハンスが切り分けてくれる子牛のローストにキノコソースをたっぷりとかけていただく。マッシュポテトと相性が最高だ。さすが公爵家、美食しか出ない。


「……ボルジア家となると、男爵家、せいぜい地方子爵家程度の力しかないが」


 一応、母上がコルキスに嫁ぐことになった際に家名だけはドルツィアで復興されている。コルヴィナス家の所有する広大な領地の中の小さな町の代行者としてボルジア家の名がある程度。


「……………王子との婚約が嫌なのか?」


 子爵家を名乗る者が王子の妃になるには家格が低すぎる。私が数か月後に強制イベントとして王子との婚約が待っているので苦肉の策で考えたのかと公爵が訝る。


 私は首を振った。

 イザベル・コルヴィナスは普通の公爵令嬢だ。普通の令嬢なら、王子様との婚約というのはまさに夢のようだろうし、日ごとに贈られてくる王子からの手紙や贈り物はイザベルの趣味にも合っていてよく考えられている。リコリスの願う「幸せな令嬢」の相手としてとても相応しいと思ってる。


 だが、そのために!!


 私は16歳で即死亡、という呪いをなんとしてでも解かねばならない。


 目指すは!竜殺しの騎士!

 

 伝説では、そしてアーサーが調べたところによれば原始の竜、始まりの存在。人がこの地に生まれるよりずっと前から、世界を作った存在の一部とされるマザードラゴン。その逆鱗を砕けばどんな呪いや魔法も無効化できるらしい。


 ロゼリア時代は軍事能力に全能力を振っていたので、一個の騎士としての経験は殆どない。ので、あと四年以内に全力で私個人の力を高め、竜だろうが魔王だろうが葬れる力をつけ……


 王子様のお妃様となって幸せな花嫁になる、これが私の、イザベル・コルヴィナスとしての栄光のロードである!!


 そのためにはコルヴィナスという名家の名より、母方の名の方が動きやすい。

 

 私の完璧な計画だが、それをコルキスには告げられないし、まぁ、賢い公爵のことだから何かしらを考え付いてそれを私の真意だと誤解してくれるに違いない。


 私はデザートの洋ナシのシャーベットを美味しくいただきながら、難しい顔をしている兄と父を放置した。

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