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*騎士二人*



「何人かは生き残るでしょうが、大半は潰れましたかな」


 上から押し潰したかのように、ぐしゃりと全壊したコルヴィナス公爵の屋敷を眺め、老騎士ヨナーリスは再び剣を構えた。


 かつてアグドニグル最強と言わしめた剣技は老いてやや衰えたものの、動かない巨大な屋敷を破壊することくらいはできる。


 敵襲、奇襲、襲撃は戦の華であるとかつて微笑んだかの方を思い出す。


 あのどうしようもない愚かな男、コルキスは……まさかこの崩壊に巻き込まれて死ぬようなことはないだろう。そうであれば楽だが、気はすまない。折角本国を離れて単身この雪道をはるばるやってきたのだから、ヨナーリスは十年ぶりにあの男の顏を見てやりたかった。


「っ、おや。やはり、無事でしたか」

「貴様……!!貴様!!この裏切り者が!薄汚い佞臣め!!騎士の風上にもおけぬ……貴様、よくも俺の前にその顏を見せたな!!!!!!!!」


 風が強く吹いたと同時に、ヨナーリスは背後から鋭い剣の一撃を浴びた。当然、剣で受け、返す。


 十年程度ではその整った顏に老いが見えない、昔と変わらぬ女が騒ぐほどの美丈夫が、憤怒の形相でヨナーリスに殺意を向けて挑んできた。


 怒号。怒号。怒号。怒りで力を増した一撃一撃が重い。怒りで手元を狂わせるような素人ではないコルキス・コルヴィナスは、煮えたぎる憎悪でヨナーリスを溶かしてしまいたいようだった。


(幼稚なことだ)


 相変わらず一直線、一途とさえいえる男の感情を、ヨナーリスは冷ややかに受け流す。


「十六年経ちましたが、まだ怒りが収まらぬものですか。全く」

「自分が何をしたかわかっているのか!!消えるものか消せるものか忘れるものか!!」

「何をした、と申されますか。我が王、カール陛下の御為に、恙無い即位、統治のために、悪逆非道な女の名を正しく広めただけですよ」

「貴様……!」


 数年前から我が国では、その悪女を打ち倒す王の芝居が流行っている。良ければ観劇に招待してさしあげましょうか、と微笑むとコルキスが口から血が出るほどに強く唇を噛んだ。痛みで冷静さを保とうとするなど幼いことである。


「今更我が国に牙を向けようなど、どういうおつもりです?」


 斬り合いながら、ヨナーリスは常々の疑問を口にしてみる。十五年前、己とカール陛下がロゼリア姫を希代の悪女にするためにせっせと情報操作を行っていると、それに反発してきた。


 王宮の半数の騎士や武官が巻き込まれて死ぬことになったが、己もコルキスも死ななかった。ヨナーリスは、アグドニグルを出たコルキスは、きっとどこかで野たれ死ぬだろうと思っていたが、よくもそのまま十五年生き続けられたものである。


「あれほど貴方が焦がれた方を救えず、死なれたわけですが……よく生きていけますね。私はてっきり、貴方は首を吊って死ぬと思っておりましたよ。どうやら、あの方への想いというものは、その程度でございましたか」

「あの方のいない世に未練などあるものか……!今すぐ死にあの方の後を追いたいと何度思ったか!!だが、お前たちを許しておけぬ……!あの方の全てを汚してあの方を踏みにじり裏切ったお前達を、のうのうと生かしておくことが俺にはできなかっただけだ!!」

「おぞましい家族ごっこは正気を保つために必要だった、ということですか」


 当然、ヨナーリスはドルツィアに亡命したコルキスが、赤い髪の女を妻としたことを知っている。赤い髪に青い目の美しい女。それに子どもを産ませたというのも。愚かなことだ。そんなことをしたとて、何になるのか。


 十五年沈黙していたはずのコルキスが、どういうわけかアグドニグルへの侵攻をあの狂王と計画していると、その情報を掴んだのは少し前だ。


 今のアグドニグルに、狂王ルードリヒと英雄狂コルキス・コルヴィナスの両方を迎え撃つことのできる才覚ある者はいない。


 カール陛下の統治のため、薔薇の剣帝の悪しき名を広めたのは今でも必要なことだったと後悔はない。しかし、コルキスのように、それが理解できない者が多かったのも事実だ。ロゼリア姫と戦場をかけた者ほど、カールとヨナーリスの行いに顔を顰めた。コルキスのように反抗こそしないが、中立という立場になり邪魔をしないかわりに協力もしなくなった。


 それも計算の内ではあった。薔薇の剣帝時代の忠臣たちを遠ざけ、敵対はさせず、カール陛下が統治しやすい味方で内々を固める。ロゼリア姫の敵対勢力も、カールの政権が薔薇の剣帝の名を貶めたことで好意的になり、扱いやすくなった。


 が、統治しやすい平和な国になったことの代償に、軍事力は低下している。


 ドルツィアは十六年沈黙してきた。コルキスもだ。当初は亡命してすぐに戦争をけしかけてくると思われたが、そうはしなかった。それが今になって、挑んで、いや、明確な殺意を持って滅ぼそうとしていると、知ってヨナーリスは単身国を出た。


「私の最期の御奉公として、あなたの命を頂戴しに参りました」


 現在、王族も逗留しているらしいので好都合だ。がれきの下敷きになってどれくらい死んでくれたかわからないが、子どもとはいえ王族。使用人たちも貴族に仕えた以上、こうなる覚悟はあるだろう。




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