ダイソン少年再び
「父上は何をお考えなのか!!どうして早く俺を王太子にしてくださらないんだ!!」
最後の組は、見るからに偉そうな少年とその取り巻きだった。
私のことは最初からいないものとして扱い、ソファにふんぞり返って不平不満を口にする。
この部屋に入ってくるなり王子たちは皆同じ疑問を口にする。親子関係大丈夫だろうか。
「えぇ、全くです。王妃様のお子であらせられるカルロス兄上こそ、王太子に相応しいです!」
「僕らも王子という身分を頂いていますが、側室の子というのは家臣と同じです。カルロス様が同じだなどと思った事は一度もありません!!」
わかりやすい力関係と説明である。
やや巻き毛の茶色い髪をくるくると指でいじりながら、取り巻き王子二人の言葉を聞いたカルロス王子は少し機嫌をなおしたようだ。フン、と鼻を鳴らし、じろり、と自分の向かいのソファに座っている四人目を睨む。
「あー、臭い。臭うな。折角公爵が小公女と我らを引き合わせるために用意してくださった部屋だというのに、薄汚い溝鼠が紛れ込んでいるようだ」
カルロス王子の向かい側に座りこれまで黙っていたのは、例の驚きの吸引力のダイソン少年だった。
「……」
ダイソン少年が、まさかルードリヒの息子だったとは。入ってきた時は驚いたが、赤子の私は初対面である。
……王子という高い身分であるのに、中々冷遇されているダイソン少年は、他の王子たちが煌びやかな服を着ている中、まるで使用人のような恰好をしている。
王妃の子であるカルロス王子の言葉にダイソン少年はちらり、と一度視線をやったが、それだけだった。
「……おい、お前達。部屋から出ていけ」
「あの、しかし……」
「俺の命令が聞けないのか」
部屋には当然だか公爵家のメイドや王族の護衛としての騎士、連れて来たメイドたちが控えている。カルロス王子は彼らに下がるように命じ、王家に仕える者たちはすぐさま退室したが、公爵家のメイドたちはそうはいかない。
「……わたくしどもは、イザベルお嬢さまのためにこちらに控えております。おそれながら、殿下……」
メイドの一人がカルロスの方に近付き、頭を下げた。私のお守りであるので勝手に出ていくことはできない。当然のことなのだが、カルロス王子の目に苛立ちが浮かび、次の瞬間、メイドの悲鳴が上がった。
「この俺が出ていけと言ったんだ。二度、言わせるな」
「っ、い……痛っ……殿下!お止めください……!殿下!!」
「公爵と王子のどちらが偉いのか、この頭の中にはそんな簡単な知識も詰まっていないのか」
カルロスはメイドの髪を掴み、頭を鷲掴みにしてぐいぐいと揺らす。若いメイドは苦痛を訴え、慌てて同僚たちが駆けよるが、王子に睨まれて立ちすくむ。
「全く。公爵家の使用人だというのに躾がなっていないな」
メイドを突き飛ばし、カルロスは再びソファにふんぞり返った。メイドたちは慌てて部屋から出ていく。
「おい、溝鼠。なんだその顏は」
「……」
ダイソン少年はじっと、感情のこもらない目でカルロスを見ていた。
「ふん。なんだ?あのメイドに同情したか?あぁ、卑しい生まれのお前のことだ。仲間意識でも芽生えたか。追いかけて慰めてやったらどうだ?今夜ベッドに入れてくれるかもしれないぜ」
「先ほどの話だが」
「は?」
「お前が王妃の子だからだろう」
本来問題なく後継者になれるはずの王妃の長男が下劣で相応しくないから、僕たちにもチャンスが回って来たんだ。と言外に言う。
「っ、この……!!」
「きゃっきゃぅ~!(正論~正論~~!)」
ダイソン少年の言葉にカルロスの顏が真っ赤になった。カッ、と怒りを全身にみなぎらせ、暴力を振るおうと腕を伸ばしたが、それは私が笑い声をあげたことでぴたり、と止まる。
「……ははっ。そうだ」
え。何??
カルロスが私を見て、引きつったような笑みを浮かべる。そのまま私に手を伸ばし、無遠慮に服を掴んで持ち上げる。
「ぅっ、うぁぅ!」
ぐぇっと、私は呻く。
「おい!!何をして……」
「お前がこの赤ん坊に怪我をさせたんだ」
何を馬鹿なことを、とダイソン少年が呆れると同時に、カルロスは私を床の上に落とした。
昔ならいざ知らず、今の私は無力な赤ん坊。当然受け身も取れず、顏から床に落下し、体中をしたたかに打つ。
「う、ぅぇあぁえええぇえええええええ!!!」
思い通り泣いてたまるかと思ったが、私の赤ん坊の心が痛みと恐ろしさで堪えきれなくなり、大声で泣き喚いてしまった。
なんか、ぼたぼたと、鼻から血とか出てる気がする。床の、絨毯が私の血で汚れ、ダイソン少年が慌てて私を抱き起してくれた。
「っ!おい、大丈夫か!?」
「うぇぁあぁぁああぁああ!!あぁあああ!!」
普段あまり泣かない私だが、赤ん坊として泣きだしてしまうと、これが中々止まらない。大声で泣き、その声を聞きつけたメイドたちが部屋に入ってきた。
「イザベルお嬢さま!?」
「どうなさいました!?」
「っ!!きゃぁ!!お嬢さま!!血が!!」
部屋には顔面血塗れの私を抱き起しているダイソン少年。少し離れた場所にいてそれを眺めているカルロス王子たち。
「すぐに医者を!こいつが小公女を無理矢理抱き上げて落としたんだ!!ジェイソン!この愚か者を捕らえろ!!」
素早く言ったのはカルロスだ。やや遅れて入ってきた騎士に命じ、騎士は王子の言葉に従う。ダイソン少年は拘束され、ずるずると部屋から連れて行かれた。
「っ!違う!僕は……!!」
「公爵には俺から説明と謝罪をする!それまで俺の部屋に閉じ込めておけ!!」
人に指示を出し、動かすことに慣れているカルロスは堂々としていた。あたかも、公爵令嬢に怪我をさせるという大それたことを、王族の一人がしてしまったが、王妃の子であり王子たちの代表の自分が矢面に立つ、という姿。
おのれ……っ、この私を利用するとは……!!
未だ泣き止めぬ私は鼻血が口に入り、泣いてただでさえ呼吸が苦しいのに、げほり、げほりと喉を詰まらせ、酸欠になって意識が飛んだ。




