三人の王子
「兄上という立派な方がいらっしゃるというのに、父上は何をお考えなのでしょうか」
翌朝、朝食後、私は王子たち数人のグループと一時間ずつ過ごす事となった。名目上は私との顔合わせで、ここぞとばかりに機嫌を取ろうとする者は……当然だがいない。
王子たちにとって攻略すべきは公爵であり、赤ん坊の私など眼中にないのだ。皆「どうやって課題をクリアするか」「どうやって情報を集めるか」などを話し合う。三人か四人のグループになっており、現在三組目。
例のセシル王子という少年と、神経質そうな眼鏡の青年、それに年長者らしい無骨な青年が一人。
この三人は比較的礼儀正しく、私を最初から無視はしていない。丁寧にあいさつをし、セシル王子は「小公女に」とリボンで作った花を貢いできた。
冒頭の台詞を吐いたのはこのセシル王子で、愛らしい顏にはやや不安げな表情が浮かんでいる。
「父上の決められたことだ」
「私は感謝していますけどね。自分でチャンスを掴めるなど王宮を離れなければ難しいですし」
何を考えているかわからない無表情で年長の王子は呟き、眼鏡の王子は紅茶を優雅に飲みながら会話に参加した。
「それにしても……おかしいと思いませんか?アベル兄上、サフィール兄上。公爵は小公女を道具としては見ていないように感じました。噂より、公爵は冷酷な人間ではないと思います」
「なるほど、つまり、いくら貴族の婚姻は契約関係であるのが殆どだとしても、自分の娘を戦略結婚の駒にはしないはずだ、と?」
「僕は……そう思うのですが……」
「もし既に内々に、父上と公爵の間で『勝者』が決まっていたらどうです?」
「え?」
眼鏡の王子はくいっと、指で眼鏡を押して直すと探るような視線を年長の王子に向けた。
「例えば、父上のお気に入りの王子で、既に初陣も済ませ人望もあるというのに、側室の子であるがゆえに王太子に立てられずにいる方を……勝者にするためのお芝居である、とかね」
「……何が言いたい、サフィール」
「コルキス・コルヴィナス公爵という後ろ盾を得られれば、どれほど力のない王子であっても、誰も文句が言えなくなるでしょう。五年前、我が国の財政難の折、国家予算を負担できたほどの財力に、かつて我が国を最も恐れさせたというあの国の将であった武威。長子である以外、何も持たぬ兄上には全て必要な力ではありませんか?」
ぴしり、と、眼鏡の王子と年長の王子の間に緊張が走った。
「つまりそれがお前の見解か?」
「えぇ。ですので、かえって私にはチャンスなんですよ。ここが王宮であれば、黙って大人たちの思惑が進み私のような子どもは何もできなかったでしょうがね。父上のお考えがわかるからこそ、私はそうはならないように行動できる」
思い通りにはさせない、と賢しい目をしながら眼鏡の王子は言う。
うん。早死にするタイプかな!不憫な事である。
「……お前の見解と、俺の見解は少々ことなるな」
弟が自分の考えを言ったので、黙っているのは不公平だと感じたらしい。年長の王子は口元に手を当て、目を細めた。短く刈りあげた髪の、中々に実直そうな王子である。
「俺は、これはコルヴィナス公爵を巻き込むためのものだと考えている」
「巻き込む、ですか?」
セシル王子はきょとん、と可愛らしく小首を傾げた。
「コルヴィナス公爵は陛下の忠臣であることに疑うべきところは何一つないが……その忠誠は王家ではなく、父上個人に向けてのものだろう。ゆえに、父上の剣であるのだが。公爵は後継者争いに関わってこなかった。つまり、次の王に対しても、今のように仕えるだろうか」
「あ、兄上……それは、敵になるということですか……?」
「そうは言っていない。が、父としてよりも王として、そのように考える方が合理的だ。サフィールの考えはどうも腑に落ちない。あの父上が、自分が気に入った者を贔屓するために、態々後ろ盾を与え、お膳立てをするだろうか」
「……あ、そうか……小公女を、王太子の婚約者にしてしまえば、公爵は娘と王太子を守るために政治に深くかかわろうとするだろうし、娘の夫となる次の王にも忠誠を誓うかもしれませんね」
さすが兄上です!とセシル王子は目を輝かせ兄の考えに耳を傾ける。
コルキスが娘を大切にしているならなおの事、王家に尽くすようになるだろうと年長の王子は言った。
「課題についてだが、俺はつまり、公爵が言いたいのは王太子として相応しい振る舞いを身につけること、小公女の相手として相応しい男であること……当初の通り、公爵より強い男であること……が、それは何か一つ、証明せよという意味だと思う」
そうすれば、忠誠を誓い王家に尽くそうという意味なのではないか。サフィールという眼鏡の王子より、年長のアベル王子は冷静だった。サフィール王子の考えではコルキスとルードリヒが同じ考えを持っていることが前提だ。コルキスが共犯者でなければならず、公爵とって利がどこにあるのかを考えられていない。
「うーん、なんだか難しいや。僕はアベル兄上が父上のあとを継ぐのが一番だと思います。サフィール兄上には申し訳ありませんが」
「お前は昔からアベル兄上に懐いていますからね。私では不服ですか?」
「サフィール兄上は宰相とか、そう言う方が向いてると思います。とっても頭が良いし」
自分を選ばない弟に、サフィールはやや拗ねるように聞いた。こういうところはまだ子どもと言えるだろう。セシル王子は兄のその意地の悪い問いかけに困った様子もなく、にこりと笑顔で答える。兄の能力をちゃんとわかっているし尊敬しているという模範的な弟の顏だ。
「でも、そうなると、アベル兄上が小公女と結婚することになるんですよね。じゃあ、小公女は僕の未来のお姉さんだ」
「あうぁー(勝手に決められる私の未来)」
二十近くお歳が離れている件については、まぁ、貴族の婚姻などそういうケースもあるだろうからこの際いいとして。
「ぁうあーあう(好みじゃない……)」
私はじぃっと、アベル王子を見つめる。実直そうな、武官タイプの青年は護衛にするならいいだろうが、生真面目で頭が固そう……。浮気とかはしなさそうだが、王様になったら跡継ぎを作るために義務的に側室も持つだろうし、なんかこう……恋愛できないタイプと見た。
「(まぁ、そもそも。なぜ私がドルツィアなんぞの王室に入らねばならん。……うん?そうか!)」
はっ、と私はあることに気付いた。
もしやコルキス……これは、長い年月をかけた作戦なのではないだろうか!?
我が国アグドニグルとドルツィアは、それはもう何度も戦ってきた。ルードリヒの糞野郎に何度も何度も私が苦しめられてきたのを、コルキスとて承知しているだろう。
なぜコルキスが再び他国に亡命しルードリヒに仕えているのかわからなかったが……もしや、我が国に恩返しをしようとしているのではなかろうか!!
「(うむうむ。そうであろう。コルキスが亡命してきたときの後始末、本当大変だったからな)」
コルキスはドルツィアでルードリヒの信頼を得て、忠臣となり国に影響のある人物となる。そして、次の王の後見人になり……親日……じゃなかった、親アグドニグルな王に育て上げるつもりなのではなかろうか!!
そうなればアグドニグルとドルツィアの長きに渡る争いに終止符が打たれる!
と、私は思いつきぎゅっと両手を握る。
「(つまり私がすべきことは、第三の人生において……再び我が国のために、何かすることができるということか!!)」
「きゃーぅ、あう!あー!!」
「あれ?なんだか、小公女は楽しそうだね。何か気になったのかな?」
はしゃぎ始めた私をセシル殿下が不思議そうに眺める。
うむうむ。
誰が選ばれるかわからんが……私が全力で、親アグドニグルな王子にしてやるから安心せよ。




