家庭環境が複雑すぎる
春野咲の人生の中で、漫画という素晴らしい文化があったのを覚えている。
年若いお嬢さんであった私なので、少女漫画など図書館で借りて自分も将来こんな素敵な恋愛をしたいものだと胸躍らせていたものだ。
(ヤンデレ物とか、そういえばあったなぁ……)
ヒロインに執着した顔の良い男が重い想いを暴走させて、監禁やら束縛やらちょっとアブノーマルなティーンズラブ……。
正直、嫌いではなかった。
(実際目の当たりにすると怖くて仕方ないがな!!)
私は目の前で起きたことを冷静に受け止めようと、赤ん坊の体で必死に深呼吸する。
さて、三度目の人生。
どうやら前々世と同じ世界のようだ。
突然会えた知り合いは糞外道で、歳食ってちょっとは大人しくなったのかと思ったが、そんなことはまるでなかったという無慈悲な展開。
状況を整理しよう。
つまり?
コルキス・コルヴィナスは前々世の私への執着心を、私が死んでからも何とか消化するどころか拗らせ捲って、私と同じ容姿の女にローザって名付けて囲ってるってことですか?
(うわっ、気持ち悪っ……)
そしてその気の毒な女性が子どもを亡くすと、慰めるどころか家族ごっこは続行、どこかからか、赤毛に青い目の少女を連れて来て「ローザの娘」として育てるつもりらしい。
(本当に気持ち悪い)
何がどうしてそんな拗らせ方をした。
第一、生前の私は完全にコルキスには塩対応だった。微笑みかけたこともなければ夜会で踊ったこと……は、あったが、難攻不落の砦があって、カールの誕生日も近く、城に帰りたかったばっかりに、ついうっかり「明日までに落としたら今度の夜会で踊ってやる」と言ってしまったからだ。
(いやでも、あの時は苦し紛れに私は軍服で、あいつには女役を躍らせた……辱めを受けたと恨まれていてもおかしくないが……まぁ、それはそれ)
コルキスの中で大人しくあいつの妻になる私とか、解釈違いにならないのだろうか。
「……ぅ、う……悔しい……悔しい……」
寝台ではローザと名付けられた気の毒な女性が顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。
しかし、泣き続けて何が変わるわけでもない。
次第に落ち着いてきたらしいローザさんは、寝台の端に無造作に置かれた私にやっと気づいてくれた。
「……こんな子ども、いらない……」
(でしょうね!!)
どんな場合でも赤ん坊がそこにいれば大人の義務として世話して頂きたいものだが、さすがに心情的に無理だろう。
ローザさんは憎しみのこもった目で私を見下ろす。
そりゃ、そうだろう。
私は前々世も前世も子どもを産んだことはないが、子を失った母がどれだけ悲しいのか想像することくらいはできる。
しかし現状、彼女はこの屋敷を出ていく、という選択肢を選ぶ気はないらしかった。
十年と言っていた。そんなに長い間、ローザとして生きていて何を考えてるのか、それは想像することもできない。
ローザさんは私に触れなかった。
呼び鈴で人を呼んで、私は恰幅の良い女性に抱き上げられ寝室を出される。
とりあえずこの場で首を絞められたりはしなかったので、私はほっとした。




