雪原の邂逅
「おい、クズ!普段引きこもりのお前がこんなところまでついて来て、何を企んでるんだ?」
「大人しくあの恥ずかしい母親と一緒に離宮に閉じこもってればいいものを」
身なりの良い子どもたちは、皆見事な金髪や銀髪、容姿の優れた美少年だった。彼らが小突いたり、蹴ったり、石を投げつけているのは黒髪に、褐色の肌の少年。歳は十歳くらいだろうか。やられるがままになっているが……。
「……父上は、全ての王子が、今回同行するようにと仰せだ」
「はぁ!?お前まさか、自分も王子だって思ってんのか!?」
ゲラゲラ。子供たちが笑う。
褐色の少年は、他の子供たちとは異なりかなり粗末な格好だ。雪の中であるのに、少し厚めのマントを羽織っているだけ。それでも寒そうには見えない。やせ我慢でもしているのか。
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「おーおー、しこたま殴られたな!生きておるか!」
半刻後。無抵抗で殴られる罵倒されると、サンドバックより気の毒な目にあった褐色の少年は地面に倒れていた。
私は馬を少し離れたところにとめて、少年に近付く。あの身なりの良い他の子供たちは去って行った。テントの方で食事の用意が出来たという声がしたので、そちらへ行ったのだろう。
あたたかな湯気や、匂い。にぎやかな人の声が聞こえてくるが、この少年を探しに来る者は誰もいない。
「……誰だ?」
「通りすがりの美少女である」
「……」
「北の塔の賢者縁の者だ。怪我を治してやろうか?」
嘘は言ってない。黒いベールのお陰で赤い髪も隠れている。私は突然現れた、明らかに旅に向いていない黒いドレスの不審者である。
褐色の少年も疑いの眼差しを向けて来た。うん、わかる。正しいよその反応。
「このくらいの怪我には慣れてる。僕に構うな」
「まぁまぁ、子どもが遠慮などするものではない。ほれほれ、ちょっと見せてみよ」
「おいっ!」
普通に肉とかえぐれてるし、腫れて紫になっていたりする。しかし慣れている、と言う言葉は嘘ではなかった。ひょいっとめくった服の下には見えている場所以上の傷がある。
「児相とかないのかこの世界!!」
「何を言っている……?」
「いやだって今の子たち、たぶん腹違いの兄弟とかだろ!!?会話の流れ的に!!相談できる大人とか周りにいるのか!?栄養足りてる!!?」
王子、とか聞こえた気もするが王族がこんなところをちょろちょろしているはずもない。まぁそれは聞き間違いだろう。
私は抵抗する少年を地面に組み敷いて、無理矢理魔力による治療を開始する。暴れて何か言う口に、仕方ないので自分の指を突っ込む。噛み千切られたら嫌だが、少年はそんな酷いことはしなかった。
「……ぅん?治療魔術が効きにくいな……というか、私の魔力が……吸われてるような」
少しの魔力で治療ができるはずだが、ぐいぐい吸い取られていく。
この体なので魔力はたっぷりあるものの……水滴を数滴落とそうとしたら、蛇口全開にされたような……驚きの吸引力。
「っ、放せ!!僕に構うな!」
「まぁ良い。とりあえず、完治である。感謝せよダイソン」
ごっそり魔力は吸われたが、おかげでダイソン少年(命名)の傷も癒えた。
「なんだその珍妙な名前は……!僕の名は……っ!」
「ダイソンはダイソンである。それで、いじめか?暴行は犯罪であるぞ。訴えて勝て」
「……何も知らないくせに」
「人には人の事情がある、というのはまぁ……先ほどこってり絞られて反省しておるので勘弁してほしい」
「?」
「ところで治療をしたら腹が減ったのだが。何かないのか?」
ダイソン少年は嫌そうな顔で私を見た。勝手に治療して勝手に食事を要求してくるこの厚かましさ。しかし、ダイソン少年は恩をきちんと返そうという正しい心の持ち主のようだった。少し待て、と言ってテントの方に行くと、木の皿を持って帰ってきた。
「これでも食え」
「ほうこれはこれは、中々美味しそうなスープである。……良く分けて貰えたな。てっきり食事に苦労していると思ったが」
「これはあいつらと同じ食事じゃない。使用人に、何人か知った顏がいるから、分けて貰えるんだ」
……おそらく、この子どもは母親の身分が低いとか、あるいは何か問題があって普段、正式な子と認められていないのだろう。貴族か、それが豪商の子か。
そんな子どもが、使用人に食べ物を恵んで貰っているなど……。
「たかっておいてなんだが、今気分的にパンとか炭水化物……」
「……待ってろ!」
ぐいっと、私にスープを押し付けて、再び褐色の少年はテントの方へ行った。




