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女と少女


「うむ!やはり己の脚で動き回れるというのは良いな!」


 さて、勝手知ったるコルヴィナス公爵家。普段はルシアや公爵夫人に抱きかかえられて移動しているが、屋敷の中のある程度の部屋の位置は把握している。


 それもそのはず。このコルヴィナス邸はどうやらアグドニグルに構えていた当時のコルキスの屋敷そのままを再現しているようだった。


 公爵夫人の部屋の場所もわかっている。が、まぁ、そこにはいないだろう。確か地下に牢もあったはずだが、さすがにコルキスも自分の妻を牢につなぐなんてことはしないはず。


 屋敷の中は現在、例の予定外のお客様をお迎えする為の準備でごった返していた。普段はこういったことを万事取り仕切る女主人が不在というのも痛手だろう。右往左往する使用人たちは自分の仕事をこなすのに必死で私の存在など気付かない。好都合である。


 私はとりあえず公爵夫人の部屋に行ってみた。


「……どなたです?」


 まぁいないだろう、と思っていたのだけれど、いた。


 やや泣きはらしたようなあとの残る顏は、薄暗い部屋の中でも美しい。突然ノックもせず入ってきた私を見て咎めるような声を出したが、目上がった途端、公爵夫人は溜息を吐いた。


「あの方は、性懲りもなく……次の代役ですか」

「あ、いや。代役というか……本人です」

「……は?」

「アグドニグル第十三代皇帝ロゼリア、世に薔薇の剣帝と名高いその人である」

「……ご自分でおっしゃられますか」


 後半部分はやや呆れられた。


 公爵夫人は胡乱な目を私に向けたが、しかし少し探るように間をあけた後、扉を閉めてこちらに来るように、と言う。


「貴方が本物だろうと代役だろうと、わたくしにはどうでもいいことです。しかし、なぜ今わたくしの前に現れたのか、それは知らせて頂けるのでしょうか」


 自分の腰かけているソファの向かい側をすすめながら、公爵夫人は問う。


「助けにきた」

「はっ。侮辱ですね」


 一笑にし、目の前の女性は美しい顏を歪め、私を上から下まで眺めた。


「貴方が本物の薔薇君と言うのであれば、わたくしを覚えていますか」

「いや、全然」

「はっ」


 と、また笑う。


 コルキスやルシアの前で、彼女はこんな笑い方をした事はなかった。他人を見下すような、しかし下品ではない。妙に似合っていて、毒々しい。きっとこちらの方が公爵夫人の素なのかもしれない。


 ……前々世で、この女性に会ったことがあるだろうか?覚えがない。多くの貴族と謁見したし、挨拶を受けた身。しかし自分に似た配色の娘がいたら、さすがに記憶に残っていた筈だ。


「リコリス・ボルジア。この名は?」

「……ボルジア家?あの、毒の?」

「さすがに覚えていますか」

「……」


 コルキスが、というか、私が滅ぼした国の貴族だ。毒の扱いに長けた一族だった。王族や貴族というものは毒との付き合いが切っても切れない。ボルジア家の知識と毒は各国の王族ですら喉から手が出るほど欲しい情報だった。


 ので、滅ぼした。


 そんな物騒な一族のいる国は地図から消しておいた方が後の世のため、可愛い弟の為である。それほど大きな国ではなかった。毒殺を専門としている一族に助けられてきた王族は正面切っての武力に弱く、あっけないほどあっさりと、滅んだ。


 あれは楽な仕事だった。

 しかし、貴族以下の平民らは「服従or死」をちゃんと選ばせてあげたし……九割くらいは生き残って前と同じ生活を送れるようになったはずだ。


「まぁ、わたくしの過去など、もはやどうでもいいですが」

「え、じゃあ何で話した??」

「あなたはわたくしを助ける、といいましたが、いったい何から?なんの権利があってそのような、傲慢な提案をなさるのです?」


 私の質問には答えてくれない。ははぁん、私のこと嫌いだな??

 赤ん坊の私にはとっても優しいのに……まぁ、仕方ないが。


「あなたは、わたくしが涙を流して喜び、あなたに平伏しお礼を言うとでも思ったのでしょうか」

「……いや、コルキスみたいな面倒な男にこれ以上関わらない方がいいと思うんだが……」

「あぁ、失礼。そういえば、かの薔薇の剣帝様は処女であられたとか……」

「それ関係あるか??今関係あるか?」

「わたくしは、あの方を。コルキス・コルヴィナス様を愛しています」


 はっきりと、公爵夫人、リコリス・ボルジア。いや、リコリス・コルヴィナスは言い切り、私を見つめた。その目は私を敵とは認識していない。ただ私が、リコリスの抱く感情を理解できていないことを憐れむ色がその目には浮かんでいる。


「あの方が死ねと言えば死にます。あの方があなたの真似事をしろと仰せならそのようにします。心からお慕い申し上げているのです」

「あの男に、そなたの真心を捧げるだけの価値などないと思うが」

「それが傲慢だと言うのです。薔薇の姫君。それはあなたの物差しであって、わたくしのものではない。わたくしを救いに来たと言うが、わたくしは無力な囚われの貴婦人でなく、自ら望んでここにいるのです」

「そうか。わかった。で、子はどうするつもりだ?」


 本人が、何やら覚悟を持っているようなのはわかった。私を傷付けたいゆえの発言でもないだろうから、その言葉の鋭利さを咎めはしない。が、リコリス・コルヴィナスは母親だ。


 イザベルの母親だ。


「なぜ、あなたがそんな顔をなさるのです?薔薇の姫君」

「うん?」

「不安げで、今にも泣き出しそうですわ。まるで、わたくしがここで娘を見捨てるような言葉を吐けば……そう、ご自分のことのように傷付かれるのですね」

「はは、私はとうに母には見捨てられておるゆえ。他人事ではないからであろう」

「ではここでそのように申し上げれば、あなた様を傷付けることが、わたくしのような無力なものにもできるのですね」


 ふわりとリコリスが微笑んだ。私は顔を強張らせる。


「屋敷にいる赤ん坊のことを、どうやら御存知のご様子。であれば、あれがわたくしの実の子ではないことも、不思議なあなた様はきっとご承知なのでしょう」

「うん。しかし、そなたは先ほど「娘」と呼んだ。少なからず、情があるのか?」


 少し、必死になって問う。自分のために聞いているのか、イザベルとしての今後の人生のためなのか、あやふやになる。母に捨てられるとしても、私としては別に、今更どうということはないはずだが。


 リコリスは何度目かの、気の毒そうな目を私に向ける。敵意や憎しみをこの女性は私に向けない。ただ憐憫。どうしてこんな生き物になってしまったのだろうかと、ひたすら不憫に思う、母の顏。


「家族の愛も、他人を愛することも、愛されることも、恋も、命の重さも知らぬまま多くを燃やし、ご自身をも燃やされた薔薇の姫君。なぜ、こんなに簡単なことを、おわかりになれないのでしょう。――自分を母と呼び慕ってくれる幼子を、見捨てられるわけがないでしょう?」


 いや、私の母は私を呪ったんだが。

 ……でもまぁ、私は、その女性をはたして「母」と認識していたかと言われれば、していないな。

  

 真剣な目で訴えてくるリコリスに、私は顔を顰めた。


「公爵様は、どういうわけか娘を溺愛しています。それであれば、まだわたくしが必要でしょう。年若い赤い髪の小娘より、幼い娘を公爵家の令嬢として相応しい淑女に育てることのできるわたくしが」


 まだ処分はされないと、そうリコリスは判じているらしかった。私に対して、本物か偽物かどちらでも構わない、というのも、私より、自分の方が「娘の母親」に相応しいという自負があるからだ。


 ……お元気そうでなによりです!と、それでは私は尻尾を巻いて逃げ出すとしよう。


 私は公爵夫人に丁寧に礼をして、部屋を出る。


「……なんだろう!今ものすっごく!!走りたいな!!」


 もやもやとするこの感情。

 こういう時は、体を動かすべきだね!!


 私は屋敷から飛び出して、馬小屋で休んでいる馬を一頭ちょろまかすると、裸馬のまま跨って賭け出した。


 走りたいけど自分の脚だとは言っていない!!


「盗んだ馬で走り出す~~!行先もわからない~マジで~!暗い夜の……うわっ、暗っ……田舎こわっ……自由になれた気がした~~!!」


 と、前世で知っている曲らしきものを口ずさみながら、日が暮れて暗くなった田舎道を駆ける。


「あっ、明かり……!人がいる!!」


 それから暫く駆けて、集落ではなく、野営している一陣を発見した。いくつも馬車があり、野営のテントも立派なものだ。商団とかにしては豪華すぎる。どこぞの貴族だろうが、ここはコルヴィナスの領地。勝手に他の貴族が入り込むのはまずトラブルの元……ちょっと興味を持って近づいてみると、その集団から少し離れた所……川べりに、子どもたちが数人集まっているのが見えた。


 身なりの良い子どもが五人。

 一人の子供をどついている。


「いじめ?いじめか?」



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