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招かれざる客



 よろめきながら出て行ったコルキスを見送り、私はさて、と再び積み木遊びに興じる。


「(そも。この屋敷にいる公爵夫人がどのようにして他国の者と接触したか)」


 私は今回の件で公爵夫人が関与していたとしても、気にしない、というのは彼女が黒幕でないからだ。むしろ利用されたと言ってもいい。


「(他国の者がこの地で暗躍するにはこの地、あるいはこの国での有力な者の手助けがいる。公爵夫人は社交界での人望がいかほどかはわからぬが、妊娠して公の場を暫く離れていただろうし……)」


 こつん、こつん、と積み木を動かしてみる。赤いのは我が祖国アグドニグル。青はコルヴィナス公爵家。


「……」


 あの気の毒な公爵夫人を唆した者がこの国内にいるのだ。そしてそれは屋敷の者ではない。が、この屋敷には出入りの商人やらなにやらがいる。今回の北の塔の連中を歓迎する為の買い物に、新たに取引をした商会もあるだろう。


 何者かが公爵夫人に接触し、公爵令嬢の誘拐を唆した。そして、その黒幕の狙いは。


「(誘拐犯らの目的とは別だろうな。あの誘拐、失敗しないわけがない)」


 コルキス・コルヴィナスが相手なのだぞ。無理に決まってる。どう見縊っても無理だ。公爵夫人を唆した者は失敗しても可、そして成功してもそれはそれで可、というわけだ。であれば、目的はもっと別のこと。


「(公爵夫人の失脚を狙ったか)」


 と、私は考えた。


 公爵夫人が関与していることが発覚する、までは狙いなのだ。しかしあの憐れな公爵夫人が余所で恨みを買っている……のは、さすがに今の私では追いきれない。


「(現状わかるのは、私と公爵夫人の双方に対して悪意を持つ者がいる、ということか)」


 生まれたばかりの赤子である私にまで、と言うところが中々、犯人が絞り込めそうではある。公爵夫人はその黒幕のことは知らないだろう。彼女は良いように先導され、自分が実行犯だと思い込むようにされている。


 そう言う意味でも、彼女は裁かれるべきでない。


「ぁう?(うん?)」


 ここまで思考した私は、屋敷がどうも騒がしくなっている気配を感じた。


 公爵夫人への処罰が知らされた、というわけでもなさそうだ。


「るーぁ」

「はい、イザベルお嬢さま。――あぁ、少し、騒がしいですね」

「あー」


 私がそれを気にしている、と察したルシアは侍女に何事か調べてくるように依頼した。乳母であるルシアの立場は、公爵夫人はもちろん執事・侍女長以下ではあるが、その他の使用人たちよりは上だ。しかしルシアはそう言った者たち相手にも指示ではなくお願いをする。


「わかりました、ルシア様。あの……どうも、お客様が、いらっしゃるようです」


 少しして、侍女が戻ってきた。来客がある、という。今から?もうそろそろ日もくれる。公爵家では晩餐の時間で、さて公爵夫人の席はあるのだろうかと心配されていたのだが。


「お客様……?そんな予定は、あったかしら……」

「急のことらしくて、厨房も清掃係も、お屋敷中が大混乱ですよ……あっ、ルシア様も、急いでお迎えに相応しいご衣裳に着替えるようにって、執事長さんがおっしゃってました!」


 この伝言を伝えるために状況を教えて貰ったのだろう。侍女は慌ててそう告げると、ルシアを引っ張って行く。


「ぁう?(乳母のルシアまで出迎えに参加させるのか?)」


 一度、私はぽつん、と放置される。


 普段物わかりの良い大人しいお嬢さまであるのだ。少しくらいならお部屋で一人にしても大丈夫だろう、などという慢心!!


 知らんぞ!お前達が戻ってきた時に壁紙が剥がれ調度品が破壊されていてもな!!まぁしないけど!!


 コツン、コツコツ


 部屋を台無しにしたらルシアが悲しむだろう。大人しくしていておいてやる、と私は大の字になっていると、窓ガラスが外側から何かに叩かれる音がした。


「(うん?)」


 視線を向けてみると、そこには烏。私が自分を見つけたのを確認すると、するり、とガラスを通り抜けて部屋の中に入ってくる。


 芸達者な烏である。


「あぅ、あー(なんだ、くれるのか。おぉ!これはあの便利な指輪でないか!)」

「カァー!」


 烏が口にくわえているのは、以前指にはめたら十六歳の肉体になった便利なアイテム、黄金の指輪。きっとどこかに落としていたのをこの烏が拾ってきてくれたに違いない。烏は光るものが好きだというしな!


 烏にお礼を言って指輪を受け取る。


 指に嵌めると、黒い霧のようなものが私を包み込み、体が変化していった。短い手足は、細く長い少女のものに。背はぐいぐいと伸びはしたものの、やはり小柄。


「うーん、やはり十六歳くらいか?こう……私、あともう少し大きくなれたらこう、この胸部とかバーンと育ってくると思うんだが……こう、臀部もキュッとな??」


 ぼんきゅぼん、と大きな姿見の前で唸ってみる。鏡の中にはどこをどう見ても可憐で美しく気高い赤い髪に青い瞳の美少女が写っているが……もうちょっとこう、もうちょっと……と、胸部の肉を盛りたい。


 衣裳は前回ボツを食らわせたはずの黒いレースのドレス。なぜだ。ここからスタートするのか。


「こうしてみると、花嫁衣裳に見えなくもないが……解釈違いである。私の結婚式の衣裳は軍服だからな!」


 勲章とか沢山つけて盛り盛りにした立派な感じにするんだ!と、決意していると、カァと烏が鳴いた。


「おっと。そうであったそうであった。折角この姿になったのだ。……公爵夫人の元へ行かねばな!」


 







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