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楽しいランチタイム



「ぁーぅ、あー、きゃー(ほれほれ、ちゃんと食わぬかアーサー。私の離乳食いる??)」

「……お気持ちだけで結構でございます。イザベル嬢」


 私の誘拐未遂事件から一週間後。未だに大賢者アーサーはコルヴィナス公爵家にいた。怪我をしっかり治して北の塔に帰って欲しいと、コルキスが申し出たわけではない。北の塔の連中は「こんな所にいてたまるか!」とばかりにさっさと帰ろうとしたのだけれど、他でもないアーサー自身がここでの療養を望んだ。


 それで、側用人を二人ほど残し北の塔の者たちは引き上げた。もちろん大反対をしたが、長く一室で話し合いが行われ、彼らは渋々納得したらしい。どんなことを言って彼らを引き下がらせたのかはわからないが。


 実は翌日にはアーサーの怪我のほうはすっかり良くなっていた。しかし老人なので油断は禁物。私はおはようからおやすみまでアーサーに付きまと……ではなく、付き添い健康管理に余念がない。


 本日の昼食。大食堂にて並べられた料理は品数も量も質も豊かだが、公爵家の昼食としては普通。私はアーサーの隣にルシアと座り、パンとスープしか口にしない粗食派にぐいぐいと、自分の牛肉入り離乳食をすすめる。


「あうーあう(遠慮するでない。あれだろ?歯が……そんなに強くないんだろう?歳だもんな)」

「違います」


 ぼそり、と私にだけ聞こえる声で即座に否定してくる。

 

「大賢者さま?どうかなさいました?」

「いいえ、公爵夫人。しかし、こちらの料理は、本当に美味しいですね。北の塔ではこうした食事が出ることはありませんので、すっかり舌が贅沢になってしまいました」

「まぁ。気に入って頂けて光栄です。もし差支えなければ料理人を紹介させて頂きたいところですが……塔では料理の制限などがございますのでしょうか」

「食事をする行為を喜びと考える者が少ないからでしょうか、いかに効率よく短時間で栄養を摂取できるかを追求する傾向にはありますな」


 うん。本当クソだよな。


 前々世で北の塔に行ったときにワクワクと『賢い奴らが考える最強の料理なのだろうからきっととても美味しいんだろうな!』と、期待しまくった私の前に出された固形状のビスケットのようなブツ。なんだか妙にねっちょりして味らしい味がなく、飲み物で一気に流し込むのがお作法というふざけた物だった。


 我が国のレーションだってもっとマシな味だわ!!と大泣きしたのを覚えている。若かった。十二歳くらいだったから仕方ない。


「まぁ……」


 公爵夫人はあいまいに微笑んではっきりとした反応を避けた。そして、熱心に自分のヨーグルトをアーサーの皿によそおうとしている私に気付き、微笑する。


「イザベルは本当に大賢者様のことが好きなのですね。――イザベル。素敵な名ですこと」


 さりげなく私の隣のルシアが私のヨーグルトを引き離し、給仕がアーサーの前に新しい皿を置く。折角乗せたのに!!


「イザベルお嬢さま」


 仕方ない、もう一度やるか、とスプーンを握り直すとルシアが微笑む。


「……」


 解せぬ。


 さて、この楽しい昼食会にコルキスは不参加だ。というか、誘拐事件後公爵は慌ただしくあちこちに指示を出し、手紙を書き、また外出している。外はまだ雪が積もる中。魔法の馬車でも移動はなかなか厳しいだろうに、どこへ行っているのか。


 まぁ、平和だから良いのだけれど。


 と、油断したのがいけなかった。


「失礼いたします!!」


 バタン、と乱暴に食堂の扉が開かれた。ぞろぞろと無礼にも入ってきたのは騎士たちだ。屋敷付きの騎士ではない。あまり見た顏がいない。しかしコルヴィナス家の紋章の入った騎士服だった。


「なんです、無礼な。来客中ですよ」

「承知しております」


 突然のことだが公爵夫人は冷静に、対応する。高位貴族の感情の籠らぬ一瞥に、騎士の数人が怯んだが、進み出て来たのは明らかに他の騎士とは異なる、公爵夫人に負けぬ威圧感のある男。


「コルキス・コルヴィナス公爵閣下より、夫人の身柄を拘束するようにと命じられております。公爵夫人、どうか抵抗なさらないよう」

「わたくしを?いったいどのような理由ででしょう」

「先の、イザベルお嬢さまの誘拐事件。その誘拐犯らを屋敷に手引きした疑いがかかっております。どうか賢明なる公爵夫人、御同行願います」


 ここで、理由を詳らかにする必要はなかった。が、公爵夫人は言わねば立ち上がらなかっただろう。そういう二人の無言のやり取りが見えつつ、私は「え??」と素直に驚いた。


 公爵夫人はその場で反論や何かの主張をわめき立てることはせず、礼儀正しく立ち上がり、この場を騒がせてしまったこと、途中で退室する無礼を丁寧に詫びた。非の打ち所のない公爵夫人に相応しい態度で、彼女は騎士たちに連行されていった。

 



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