英雄狂いの糞野郎
前々世において、か弱く愛らしいお姫さまでいられなくなった私は、ドレスより軍服を着ている時間の方が長くなった。
朝から晩までクソ皇帝お父上様があっちこっちにふっかけた戦争を終結させるための軍事会議に戦闘。
初陣は12歳で、クソ皇帝お父様の佞臣が王族のいる陣の情報を敵国に密告しやがりくださいまして到着早々夜襲を受け、そんな気はしていたので敵襲部隊を返り討ちにしたのが私の最初の戦果だったけれど、まぁそれはどうでもいいとして。
その時の、敵襲部隊の指揮官がコルキス・コルヴィナスだった。
当時22歳。
敵国の有能な将だというのは情報で得ていて、あの時コルキスに勝てたのは相手が12歳の姫君だと油断してくれていたからだろう。
だというのに、何をトチ狂ったのかコルキスは自分の部下が12歳の小娘に皆殺しにされた中、私の前に跪いた。
命乞いでもするのかと思ったら、次の瞬間「私と結婚して欲しい」と求婚してきて、私を美しいだの戦場の女神だのなんだの鳥肌が立つような言葉を並べてきやがった。
私はもちろん結婚するならヨナーリスと決めていたので、全力で拒否したものの、コルキスは祖国を裏切ってうちの国に亡命してきた。
そして「あなたに勝利を」「手柄を立てて皇女殿下を戴けるように」と、戦場と言う戦場を荒らしまくった。
私がうっかり矢を受けて負傷した時、その敵兵を即座に捕らえて、両腕をズタズダにして獣に食わせた挙句「褒めてください」と微笑んできたり、資金集めのための夜会で私と踊った貴族の子息の睾丸を私の寝室に置いたりと、なぜ前々世の私はコルキスを殺さなかったのか、頭を抱えたい。
*
「…………」
「あー、ぅ、あぅー」
「赤い髪に青い瞳。条件は合っているな」
さて、前々世の回想終了。
百害あって一利なし、英雄狂いの糞野郎コルキス・コルヴィナス卿が、どういうわけか目の前にいて、そして辺り一面血の海。
「あ~」
全力で泣いて警告したのだが、私をコルキスに売ろうとした男たちは赤ん坊が突然泣いて狼狽えて、それが隙となってしまった。
馬車から降りたコルキスに一瞬で切り殺され、私は血だまりの中にいる。
コルキスは革靴が汚れるのを構わず、私に近づき見下ろした。
背の高い男が地面の赤ん坊を無表情に眺めるとは、なんとも冷酷な図である。
それにしても、こんな男がなぜ赤ん坊など買おうとしたのだろうか。
人を使うわけでなく、自分が直接関与している。
確かに何でもかんでも自分でやらなければ気が済まないタイプだったが、人身売買に手を染めるような男ではなかったと思う。
「あー、ぅ。う」
このままでは野たれ死ぬ。
何のために赤ん坊を手配したのか知らないが、何かヤバイ儀式の生贄とかではないことを祈るしかない。
*
馬車で連れていかれたのは、大きなお屋敷だった。
コルキスが帰宅すると使用人たちが総出で出迎えるけれど、コルキスは家令らしい老人と短く会話をしただけで彼らに労いや帰宅の言葉を発することはなかった。まぁ、貴族なんてそんなものだ。
どうやらコルキスはルゴ公国に領地を持っているらしい。
また亡命でもしたのか。
私はコルキスに荷物のように乱暴に運ばれて、お屋敷の中の寝室らしい部屋に入った。
寝室には女性が横たわっていた。
病気か何かなのだろうか。
女性はげっそりと痩せていたが、それでもその美しさは損なわれていない。
「あー、ぅ?(なんか見覚えのあるお顔だが……?)」
年のころなら20後半くらいだろう女性。どこかで見たような気がするが、彼女自身のことではない気がする。
コルキスは寝台に腰かけ、女性の赤毛に手を伸ばした。
意外なほど優しい手つきである。
髪のひと房に唇を落とす。
彼女を愛しいと思っている様子が伝わって来た。
あの糞外道も人の心があったのか、と私は感心する。何年経ってるか知らないが、糞外道も人の心を得たのだろう。この女性のお陰かもしれない。
私が感動していると、コルキスは愛情の欠片もない冷たい声で女性に命じた。
「死んだ赤ん坊の代わりだ。育てろ」
「ま、まだ……まだ、続けろと、仰るのですか……?」
女性は恐怖に満ちた目でコルキスを見つめる。
「わ、私を……少しでも、憐れんではくださらないのですか……子を失った母の気持ちを……あ、あなたが求める女性のように振る舞って、子どもを産んで……その子を失った私を、憐れに思って……くださらないのですか!?」
「それが契約だろう。君は髪を伸ばし、私の用意した服を着て私の名を呼ぶ。君は私の望む通りにする限り公爵夫人でいられる。湯水のように私の金を使うことを許している」
「家族ごっこではなくて、本当に家族になれないのですか?私自身を愛しては頂けないのですか?これだけ、10年も私を妻としていながら、私は……!」
女性は必死に縋った。悲痛な訴えである。弱った可憐な女性の嘆願は見る者の心を揺れ動かす美しさがあった。
しかし、そんな彼女を、コルキスは汚らしいゴミでも見るかのように見下ろす。
「君は疲れているのだろう。赤ん坊のことは一先ず侍女長に預ける」
今日は良く眠るように、とコルキスは彼女に言った。
絶望する彼女の額に口づける。
その時にコルキスが呟く名は「ローザ」だった。
燃えるような赤い髪に、良く晴れた空と同じ色の瞳。
薔薇の剣帝の容姿とうり二つの女は泣き崩れた。
(え、何。あいつ……全然関係ない女に私の名前つけて囲ってんの……?)
人の心を得るどころか、悪化してんじゃねぇか。




