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大賢者アーサー


 冬の雪の白さと冷たさが、夜の静けさを際立てる。

 冷気に満ちた屋外は獣たちも息を顰め、屋敷の周辺には警備の騎士たちが巡回し雪を踏む音が響くのみ。コルヴィナス公爵家の屋敷では、到着した北の塔の賢者たちを歓迎する宴が開かれていた。


「きゃっきゃっきゃ~!(わぁい!わぁい!チキンだケーキだ!お祝いだーー!!)」


 宴、と言っても領地内の富豪や他領の貴族を招く大規模なものではなく、公爵家の家族と十数名からなる北の塔の一団での慎ましいものだった。あまり華やかな場を好まぬ北側の人間たちの気質を考慮してのことで、大広間には堅苦しいテーブルマナーを必要としない立食形式の料理の数々が用意されていた。


 乳母のルシアに抱かれながら大広間にやってきた私は、赤ん坊であるのをいいことに大声ではしゃぐ。


 宴。お祝い。パーティ。良いものだ。たくさん美味しいものとか、楽しいことがある。良いものだ。うんうん。祝勝パーティはどうしても死傷者が頭にチラつくので心から楽しめないタイプだった私は、今生初めて開催されるパーティに大はしゃぎだった。


 まぁ、乳歯も生えていないから食べられるものは少ないけれど!雰囲気が楽しいから良し!でもそこの生クリームたっぷりのケーキちょっと舐めたいな!!具体的にはイチゴの部分から半径五十センチ全部!


「お嬢さま、こちらは料理長が三日がかりで作りました特別なケーキでございますよ。全て柔らかくなっておりますので、お嬢さまでも召し上がれます」


 ケーキの側に連れて行かれ、ルシアが説明してくれる。口の中でとろけるように特殊な魔法調理をしているらしい。赤ん坊でも危険なくお楽しみいただける素晴らしい品だ!わぁい!


 食べたいと全力でアピールするのだが、普段は察しの良い乳母の手本のようなルシアが中々動いてくれない。


 仕方なしに全力で手を伸ばして、なんとかクリームの部分だけでもちょいっと指先に引っ掛けようとするが、悲しいかな、赤ん坊の手では何もつかめない。


「おぎゃあ……(かつては……剣の届く限りすべてのものを守ろうと誓った私の手の、なんと無力なことか……)」


「お嬢さま、あちらが……お嬢さまにお名前を授けてくださる、偉大なる北の賢者の方々ですよ」


 がっくり項垂れる私に、ルシアは「眠くなってしまいましたか?」と心配しながら、私に少し離れた一団を見せる。


 この夜のパーティのためにお昼寝をしていた私は知らなかったが、賢者連中はお昼頃には到着していたらしい。


 そしてコルキスとあれこれ話をして、長旅の疲れを癒し、この夜のパーティ。


 賢者、とはいうものの、塔のそれぞれの学部長が態々来ているわけでもない。見た感じ、従卒や渉外の連中だろう。身なりがさっぱりしている。賢者なら根暗で陰険、ぼさぼさっとした外見の者ばかりだ。公爵家にお招きされて見苦しくない人選をしてきたようだ。


 私は一応今夜の目玉。パーティの主役。本日一番偉くて凄い存在であるので、豪華な乳母車がご用意され、後程そこにセッティングされる。たくさんお世辞とかお祝い事を言って貰えるに違いない。


 名づけの瞬間にはおとぎ話の妖精に名を与えられるプリンセスの如く粛々としているつもりだ。


 さぁ祝え!讃えよ!!


 バァン、と、ルシアに乳母車に寝かせられると、私は大の字になってその時を待つ。


 乳母車から見える視界は狭いが、声は聞こえる。


 会場のざわめき。公爵夫妻が登場したようだ。私が一緒に登場しないのは大勢がいる場所に突然連れて行かれるのではなく、無人の会場に慣れて置いて徐々に人が入ってきた方が混乱がないだろうというルシアの配慮だ。


「コルヴィナス公爵様、この度は……」


 社交辞令を交わす周囲の声。


 と、暫くして、私の乳母車に近付いてくる者の気配を感じた。

 コルキスと公爵夫人、と、それに知らない気配だ。私はじぃっと上を見上げる。真っ白いレースしか見えなかったが、ひょいっと、コルキスが顔を覗かせた。


「娘よ。楽しんでいるか」

「おぎゃー……(まぁ、感謝的なものはなくはない)」


 思えば何の因果で前々世のストーカーが、今生で養父、保護者なのだろうか。私が返事をすると、コルキスは目を僅かに細める。口の端がミリ単位で上がったが、私でなきゃ見逃しちゃうね!!見逃したかった!!


「ほう、こちらが。コルヴィナス卿の御令嬢でございますか」


 知らない声がした。

 私を抱き上げるコルキスの、向かい側に誰かいる。


 ゆっくりを首を動かすと、そこには前世で見たファンタジー映画の大魔法使いダン○ルドアのような風貌の……前々世でも見た覚えしかない顏があった。


「北の塔、円卓の騎士。アーサーと申します。コルヴィナス公爵令嬢」


 真っ白く長い髭をゆっくりと撫でつけ、星屑をばら撒いたようにキラキラ光るローブを揺らしながら名乗る老人。


「……ひっ!(ひぃっ!?)」


 赤ん坊って悲鳴を上げるんですね。


 喉から出た声に自分自身驚きながら、私は思わずぎゅっと、コルキスの礼服を強く握る。何か一瞬、コルキスがほんわかしたような気配がしたが、今はそんな余裕はない。


「お、おぎゃぁああ、おぎゃぁああ!!おぎゃぁあ!」


 私は泣く。全力で泣く。

 慌ててルシアが飛んできて、私をあやそうとするが、大元!!そこの!!穏やかに微笑んでいるクソじじぃをどっかにやってほしい!!ゲラウェイ!!


「おぉ、どうかしたのでしょうかな。どれ、このじぃにお任せください」


 クソジジィはルシアから私を奪おうとする!!やめて!そいつに渡さないで!!?


 しかし、北の塔の大賢者。それも、とても高名な方の申し出。優しい風貌と善意と慈悲に、ルシアは迷うように公爵に確認をした。コルキスは無常にも私をクソジジィに渡す。


「ほっほっほっほ。愛らしい赤ん坊ですな」


 自分は善良で善意に満ちた好々爺だというような顏で、クソジジィは私をあやす。


「少し、夜空を見せても?」

「アーサー、貴殿なら構わない」

「ありがとう、コルキス」


 どういうわけか、私の知らない間にコルキスとクソジジィの間には友情のようなものが芽生えていたらしい。名前で呼ぶ間柄……?


 私はクソジジィと二人きりバルコニーに出た。


 普段屋敷に大事にしまわれているので、夜空を見る機会はない。満天の星空の下、私はぷるぷると体を震わせてなんとか小さくなろうとする。


 北の塔の連中を呼ぶと聞いてもさ!普通思わないじゃん!!


 どうせ適当な人間が来るって思うじゃん!!


 ……北の塔の連中は、自分たちのことを「賢者」とは言わない。それは塔の外の人間たちが勝手に、彼らに敬意を称して呼ぶもので、彼らは自分達を騎士だと言う。


 塔はいくつもの研究部門に分かれており、その部門の責任者は「アーサー」「マーリン」「ガレス」「ガウェイン」などと言った代々継承される名を名乗る。騎士たちに優劣はなく、円卓にて塔の運営は話し合われるそうだが、唯一例外的に「アーサー」の名を持つ者は、塔の最高責任者であると言える。


 塔の「アーサー」は一国の王と同等の権威を持っているとされ、たとえば王族のいる場では同位の席が用意される。……まぁ、今はそんなことはどうでもいいが。


「それで、いったい。これはなんの茶番でございましょうや。ロゼリア姫」


 アーサーは、私を胡乱な目で見下ろし、冷たく言い放った。


「………おぎゃぁ~(おぎゃあ~)」

「恥ずかしくありませんか?赤子のマネなどして。精神的にはご成人あそばされるご年齢であらせられる殿下が」


 ……おそらく、この世界の人間の中でもっとも魔法と魔術に長けた存在はこのアーサーだろう。その老人を前にして、私は自分の正体を隠し通せるとは思っていない。


 でもさ!普通来ると思わないじゃん!!?暇なの!!?大賢者のくせに!!





 

 




ブッックマークありがとうございました!!!!!!!!!祝100!!ありがとうございます!!ありがとうございます!!!!!!!!!!!ありがとうございます!!!わぁい!!!!!!!!!!!!

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