三度目の人生なので
誠にもって残念なことに、私は前世も前々世も親というものに恵まれなかった。
前々世の父は暗愚でクソでアホでどうしようもなく、産みの母も私を憎んでいた。前世は育児放棄からの孤児だったと聞く。
親の愛情というものは私にとってファンタジーでしかなかったのは、まぁ、別に……気にしていないのだが……。
「(今生の片割れが既にコルキスのクソ野郎なので絶望的だけど、母親はまだ手遅れじゃないはず!!)」
言い争う、というか、ルシアに一方的に怒鳴り散らす公爵夫人。私は赤ん坊らしく泣いていたものの、ルシアの絶妙なあやしで落ち着いてきている。ので、ぐすっと鼻をすすりながら、小さな手をめいいっぱい伸ばしてみた。
「きゃーぅ、あうぁー!」
意味のない、言葉として意識している音ではない。ただ「赤ちゃんがこういう感じの音を出して自分に向かって笑いかけたら可愛いよね!!」と!私が全力で考える素晴らしい可愛いポーズである!!
「……な、なに……?」
「まぁ、お嬢さま……」
赤ん坊が泣くでなく、突然の笑顔。これまでの人生で一度もないくらい全力で愛想を振りまく私。あざといとかなんとか言わないで欲しい。
優しい乳母、そして美しい母!!両方欲しいな!!
っていうかもう母親に憎まれたくない!べつにこの女性から生まれたわけじゃないが、なんかもう母親役になるだろうし、憎むな、愛せよ私を!!
「きゃっきゃ、あーう!う!」
「……なに、なんなの……これ」
「おそらく、お嬢さまは奥様を母親であると、ご理解されているのかと。公爵様に対しても、すぐに父親であるとご理解なさっておいででいらっしゃいました」
「まだ赤ん坊でしょ?そんなこと、あるわけないじゃない」
「子というものは、親を見分けるものでございます」
ルシアは私が公爵夫人の実子でないことを知らないのだろう。同じ髪色に目の色なので、実の親子だと考えているようだった。もしくは、なんとなく気付いていて、そんなそぶりを見せないのか。
さすがにコルキスが「髪と目の色だけで適当な赤ん坊を買ってきた」とは思いつかないだろうが……。
「……わ、わたくしは……」
公爵夫人が怯んだように唇を噛み、しかし私から目を離さないでいる。それで、ルシアは今なら大丈夫だと思ったのか、私を夫人に渡そうとする。
「奥様」
「……」
一度は頑なに拒否されたことを、今度は自ら望まずに提案される。公爵夫人は戸惑って、不安げな表情を見せた。数か月前は我が子を抱くはずだった女性だ。
私の使っている子供部屋は、我が子の誕生を楽しみにしていた母親の愛情が溢れている。
けして子どもが嫌いなわけではない様子の公爵夫人。おずおずと、ルシアから私を受け取った。
よぉおおっし!!ここで全力で、くらえ!我が必殺のスマイルゼロ円!!
「あーうえ!あー!きゃっきゃ!」
「え?なぁに?」
「母上、とおっしゃっているのかと」
「……そんなわけないじゃない。でも、そうだったら……いいわね……」
ぎゅっと、公爵夫人が私を抱きしめた。体が震えている。心の中に渦巻いていた深い感情が、こんな程度で解消できたとは私は思わない。
しかし、こんなに無垢で愛らしい赤ん坊が、無条件に自分に微笑んでくれる、呼びかけてくれる、少しでも良心のある者であれば、ほだされるよね!!さすが私!!
「……わたくしの、赤ちゃん……わたくしが、抱くはずだった……愛しい子……」
声を震わせ、目に涙を浮かべて、公爵夫人が私に微笑む。悲痛そうに眉を寄せてはいるが、彼女の目に映るのは自分と同じ目の色、髪の色の、赤ん坊。
これが自分の産んだ子でないことは、公爵夫人は百も承知だ。それでも、失った心に違う形のピースでも、あてがえば穴は小さくなる。こぼれだす悲しみも少なくなる。
**
一週間後、馬車三台分の土産と共に返ってきたコルキスを出迎えたのは、ルシアに抱かれる私ではなかった。
乳母らしく傍らに控えたルシア。
私を抱くのは、愛情を注ぐ先を見つけ出し晴れやかな顔をした赤い髪の公爵夫人。
「あーうえ」
母上、と私に呼ばれ嬉しそうに微笑みながら、公爵夫人は公爵を丁寧に出迎え、これまで彼女に対して不誠実でしかなかった男は、そこで初めて、彼女が人形ではなく人格と意思のある人間であると気付いたように目を見開いていた。
「……娘をこちらへ。娘よ、父が帰っ、」
「やぁあああ!!!!!」
そして、厚かましく自分も娘に父上と呼ばれたいなどと求めやがった糞野郎を、私は全力で拒絶した。
評価とかブクマ……本当に……ありがとうございます……
気付けば80人……(´・ω・`)うれしい……これは、ひゃくにん……行くのではないでしょうか……行けるのではないでしょうか……。




