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THE修羅場



 北の塔の賢者。


 前世の日本では義務教育とか、国単位で研究機関、教育機関があり、この世界でも似たようなものではあるが、一つちょっと異なることがある。


 どの国にも所属せず味方せず独自の自治権を有する「塔」があり、そこでは歴史や魔術その他の様々分野の研究が行われている。知識の最高峰といえばわかりやすいだろうか。探究者、研究者たちは塔に招待されることを何よりも望み、各国の王は塔からの助言を神からの啓示の如くありがたがる。


(まぁ、私は!!?前々世の私の呪いの解き方とかまったくわからなかった連中なので無能の集団だと思ってるがな!!)


 いや、別に恨んでるわけじゃない。政治的思想にも染まっていない連中なので、いう事は正しいし研究資金援助をたくさんすると、それなりの見返りも来る。が、気に入らない人間からの金銭は一切受け取らないという堅物ばかりなので扱いが面倒くさかった。


 その北の塔の賢者を、わざわざ名付け親に呼ぶというコルキスの頭は正気だろうか。


「さ、お嬢さま。そろそろお昼寝の時間でございますよ」


 そんな事を言ってから数日。うららかな午後。私は暖かくされた部屋の中でやわらかなクッションや毛布に囲まれながらうとうととしていた。


 規則正しいお嬢さまの生活スケジュールによれば、そろそろシエスタタイムです。

 それをわかっているルシアが私を抱き上げ、ベビーベッドへ運ぼうとしているときに、事件は起きた。


「この、泥棒猫ッ!」


 バン、スパァン、という音が立て続けに響く。


 一つ目は、私の部屋の扉が乱暴に開かれた音。


 そして二つ目は、その扉を開けた人物が、つかつかと歩み寄り、ルシアの横っ面を引っぱたいたのだ!!


「お、お止めください奥様!!奥様!!」


「放して!!この女……!!卑しい使用人の分際であの人を誑かして……!!」


 慌てた使用人たちに抑えられるのは美貌の女性。赤い髪を振りかざし、青い瞳から大粒の涙をこぼしている。取り乱してはいるが美しい姿は損なわれない。必死な形相に、私を抱き上げ守るように腕の力を込めたルシアは茫然としていた。


 その暴れる女性はこのお屋敷の女主人。公爵夫人であり、コルキスの糞野郎の気の毒な被害者である。

 本来のお名前は知らないが、本当……気の毒なことに「ローザ」と呼ばれている女性。


「放しなさい無礼者!私を誰だと思ってるの!!取り押さえるべきなのはその女でしょう!!」


 怒鳴られ、使用人たちが一瞬迷うようにお互い顔を見合わせる。


 普通に考えれば、公爵夫人とその使用人。どちらに発言力・権利があるかと言えば普通は公爵夫人だ。


 だが暴れる狂人の暴力に、ルシアのような大人しい外見の女性を晒すことを自尊心が許す者はいなかった。


(しゅ、修羅場だ!!修羅場だ!!?これがいわゆるキャッツファイト!!?)


 私はといえば、ルシアの腕の中でこの一部始終を観戦し、ただひたすら驚いている。


「赤ん坊を使ってあの方に取り入る卑怯者……!その子は私の子よ!返しなさい!」


「奥様、わたくしは乳母でございます。尊き方々の日々の暮らしを恙無く快適にするために存在する、ただの使用人でございます」


「自分の子供を引きつれてやってきた厚かましい女が!殊勝なことを口では言って、本心ではわたしの座を狙っているんだろう!!」


「オギャア、オギャア!!(お、落ち着け公爵夫人!どう考えても悪いのはコルキスの糞野郎である!!ここでルシアを責めるのはお門違いも甚だしいし……そなたが争うべきはコルキスだ!慰謝料請求しよう!?な!!?)」


 取り押さえられながらも、公爵夫人はお元気そうです。


 あまりの熱意に、私は思わず大声で泣いてしまった。それをルシアがあやす。


 ルシアは全く動じていなかった。こういう修羅場を経験したことがある、とでもいうような落ち着き払った態度で公爵夫人に対峙している。それがまた、公爵夫人には気に入らないのだろう。


 さて、この場に最もいるべきコルキスは今どこかといえば、公爵もそうそう暇ではないのでお仕事に出かけている。帰ってくるのは一週間後とかそういう予定だとルシアに告げていた。赤子は一週間離れると相手の顔を忘れるかもしれないと心配して私を同行させようとしたのを「ご自身の一時の感情と、お嬢さまの御命どちらが大切ですか」とルシアに言われて引き下がった。


「母親面しないでよ!その子を返しなさい!」


「おそれながら、今の奥様に幼子をお渡しするわけにはまいりません。幼子は母親の感情に敏感です。普段めったに泣かない大人しい気質であらせられるお嬢さまが、このように大声で泣いているのですよ」


 いや、別に二人とも私と血縁関係はないし、私はこの公爵夫人を母親認識はまったくしていない。が、確かに、ルシアの言う事も一利あった。精神はともかく体は赤ん坊であるからか、普通であれば感じない不安や恐怖のようなものがこの体には湧き上がっている。大人同士の諍い、不穏さを赤子ながら感じ取っているのだろう。


「ただの乳母だというのなら!なんであの方はお前の話を聞くのよ!お前の言葉ばかり聞くのよ!!わたくしのことを見てくださったことなどないのに!どうしてお前のような、赤い髪でも青い目でもない平凡な女を大切になさるのよ!」


「私がお嬢さまの乳母だからでございます。僭越ながら公爵様は子育てに関してはあまりお詳しくないご様子ですので、寛大にも使用人風情の言葉に耳を傾けてくださるのです」


 正論である。いや、コルキスが寛大だとかそういうのはちょっと違うと思うが、淡々と語るルシアの顏は片方腫れているが、美しい。しかし、尊大ではない。あくまで「業務を全うする使用人」としての正しい立場。真っ直ぐ伸ばした背筋と、けして張り上げない声音が良く通る。


 一方公爵夫人は、髪を振り乱し顔を涙でぐちゃぐちゃにし、興奮と激昂から理性を失った獣のようである。


「おぎゃあ!(待って!だから悪いのは全面的にコルキスじゃん!一緒に殴ってあげるから落ち着いてー!)」


 二人の女性の間で、私は赤ん坊らしく大声で泣きながら、ハンス家を保護したことでちょっと上がっていたコルキスの株が自分の中で急降下していくのを感じた。

そもそも殿下が悪いのでは?

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