3度目の人生、ドナドナされているらしい。
気が付くと、真っ青な空の下にいた。
(うん。なるほど?そしてこれが3度目の人生……)
仰向けになっているらしい。私は喋ろうと口を動かしたが、それは言葉にはならず「あー、ぅ、あ」と意味のない音となった。
「しかしこの赤ん坊、全く泣かねぇなぁ」
「手間がかからんのはいいことじゃねぇか」
「それもそうか」
(なんだ貴様ら)
のんびりとした声がかかる。
赤ん坊、というのはどうやら私のことだ。
……なるほど?これが3度目の人生か何かか?
私は何かの箱の中に入れられていて、それを覗きこんでいるのは……どう見ても日本人ではない。
外国人……喋っている言葉も日本語ではない。
(ん?これ、ルゴ公国で使われてる言葉じゃないか?)
英語や中国語、ではない。それなら春野咲にはわからない。が、この言葉はローザにはわかる。
(あれっ!?もしかして前々世の世界じゃないここ!!?)
「ほら見ろよ、笑ってるぜ。のんきなもんだなぁ」
「これから自分がどうなるかなんて知りもしねぇでなぁ」
キャッキャと赤ん坊の私がはしゃいだ声を出すと男たちは頬を緩ませた。
私は箱の中から出ようと体を動かすが、どうも寝返りさえ自分でうてない。うごうごと身を捩ると、男の一人が手を伸ばして私を抱き上げた。
おっ、ご飯の時間か何かかな?
現在空腹です。
手間がかからない、と男たちは思っているようだが、それは私が精神年齢16歳の立派なレディであるので、お腹が空いても泣いて自己主張しなかったからだ。
赤ん坊なのでこまめに食事を要求したい。
きっとお食事だろうと期待していると、男は少し先に停まっている馬車に近づいた。
2頭立ての、それなりにしっかりとした造りの馬車だ。家紋が見えないように布で隠されていて胡散臭い事このうえない。
(こういうことをするのはやましいことがあるからだな)
私は嘆かわしい、と呟きたかったが「あーぅ」と吐息にしかならなかった。
「旦那。これが例のガキでさァ」
男が馬車の窓に向かって私を見せる。
窓のカーテンの隙間が少し開いていたが、私の位置からは中が見えない。
スッ、と手が伸びて来た。
仕立ての良い服に、大きな手。馬車の中にいるのは成人男性のようだ。
渡せという意味であるのはわかる。が、私を抱いている男は後ろに下がって、馬に乗っている仲間に私を渡した。
「渡した途端口封じされちゃあたまりませんからね。約束の金を先に頂戴しやす。そんで、赤ん坊はあの樹の下に置きますんで」
この場で口封じをしようとしたら馬に乗って逃げて、赤ん坊はどこかで殺す、と男は相手に忠告した。
(もしやこれは人身売買。状況的に誘拐事件も発生してたりするのか)
犯罪じゃん!!
(ルゴ公国の法律には詳しくないが、人身売買がOKな国は……あるな?)
前々世の世界情勢を思い出しつつ、私は唸った。
状況はわからないが、私はドナドナされているらしい。
相手は貴族。そしてこちらは赤ん坊を売ってる人間。どっちも私からしたら悪人だが、事情もわかないので判定はひとまずおいておこう。
「……小賢しいことを、考える」
馬車の小窓から、腕の主が顏を現した。
黒に僅かに青を垂らしたような、濃紺の髪に、狼のように鋭い金色の目。
口元に浮かんでいるのは酷薄な笑みで、私は男の顔を見た瞬間、全力で泣いた。
「お、おぎゃぁあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁあぁぁぁあぁあああああああああああああああ!!!!!!!!」
(逃げろぉおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお殺されっぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
目の前に現れた男。
貴族の男。
やや老けてはいるが、覚えがある。
(コルキス・コルヴィナス!!!なんでこんな田舎にいるんだよ!!!!!!!)
英雄狂いのストーカー野郎、前々世で「自発的に死んでほしい男ランキング第二位」にランクインしていた糞野郎に、買われようとしていた。




