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君の名は



「天使さま……じゃなかった、お嬢さまー!見て見て!こーんなにたくさん!雪ー!!」


 公爵家のお屋敷に、元気な少女の声が響く。


 さて、私とハンスくんご一家がコルヴィナス家に移住して早くも二か月が経過した。本格的にいらっしゃりました冬により、降り積もった雪は屋敷の庭を白一色に変えた。


 すっかり元気になったソニアが庭を駆け回り、雪に足跡をつけていく。それを微笑ましく眺めるのは私の乳母に任命されたハンス母、ルシア。もちろんルシアの腕にはしっかりと防寒着を着た赤ん坊の私が抱かれている。


 コルキスはハンスくんを私の専属の料理人とし、その家族であるソニアはいずれ私の侍女となるべく礼儀作法を勉強しながら、私の遊び相手として屋敷に置いて貰えることとなった。ルークはハンスくんの手伝い、まぁ、雑用係である。


「ソニア、あんまりはしゃぐと転んでしまうわよ。それに、自分ばかり遊ばないで、ちゃんとお嬢さまに雪を見せてさしあげて」


「はぁい!」


 快活にお返事をしてソニアがパタパタと走ってくる。あまり淑女教育は進んでいないようだが、今からきちんと公爵家で行儀見習いをすれば社交界デビューできるレディになれるだろう!私は前々世では14歳で社交界デビューしたが初陣の方が早かったな!


 ・・・・・・その頃にはコルキスが亡命してきていたので、私の社交界デビューの日に夜会に参加してきたのを思い出す。まぁ、別にコルキスとは踊らなかったけれど。


「お嬢さま、ご覧ください、雪でございますよ」


 乳母となったルシアは私に対して丁寧な口調で話しかけるようになった。服装も、コルキスが「私の娘の乳母なのだから」と、貧相な恰好をさせることがないよう、きちんと全て、ルシアの体や髪の色にあった最上級の服を仕立てさせた。


 コルヴィナス家にはほぼ着の身着のままで来たハンス家だったので、コルキスはハンス家に必要だと思われるものは全て買い与えてくれた。さすが金持ち。


「キャッキャ(うむ、大義である)」


 ソニアが丸く固めて持ってきてくれた雪を、ルシアがそっと私に見せてくる。寒くないようにと毛皮にすっぽり包まれた私は顔だけ出している状態だ。雪を見て笑い声をあげると、ソニアが嬉しそうに微笑んだ。



**



 あまり外に出ていては風邪を引く、とコルヴィナス公爵が直々に迎えに来たので、ルシアは驚いたようだった。しかしそれを表には出さず、微笑んで公爵の指示に従い、用意されたティルームへ私を連れて行く。


 そこには各地から取り寄せた砂糖菓子や焼き菓子、果物や珍しい木の実などありとあらゆる「おやつ」が用意されており、毎度のことながら、ルシアは微笑みを浮かべたまま、コルキスに告げた。


「公爵様、何度も申し上げておりますが、お嬢さまのご年齢ではまだこういったものは召し上がることができません」


「昨日はそうだったが、もう一日経ったのだぞ?子供の成長は早いというではないか。昨日は口にできないものも、今日は欲するかもしれん」


「まだ乳歯も生えてきていないのですよ」


「砂糖と果物を刻んでペースト状にしたものもある。子どもは甘いものを好むだろう。……待て。もしや成長が遅いのではないか?生まれてすぐ長い距離を移動し、あまり良質とはいえない食事をしていたのだ。どこか体が弱いのかもしれん。リチャード、すぐに医者を、」


「公爵様」


 と、傍らに控える執事に命じようとするのを、ルシアが微笑んで止めた。あの村で瀕死で、弱々しかった女性は、一度自身が乳母に任命されたからには、その職務を全うする、たとえ相手が公爵だろうとお嬢さまの教育に関しては譲らぬ、と、そのような姿勢。


「お嬢さまの成長はごくごく普通、何の問題もございません。それより、お嬢さまのお名前の件ですが、お決めになられたのでしょうか?」


「……」


 コルキスはルシアの「問題ない」という言葉に納得していない様子だったが、次の話題に顔を顰めた。


 私の名前を付ける、と言っていたのに、この男は二か月たった今でも名前を決めていない。ロゼリアとか付けたら噛み付くぞ、と密かに思っているのだけれど、いったい何を決めかねているのか。


「どのような名が相応しいか考えてはいるが、決まらん」


「人の名というものは、親が一番、その名を呼ぶものでございます。お悩みになられるのも当然かと存じます」


 ひょいっと、コルキスが私を抱き上げた。


 衣食住のお世話になっているし、ハンス家の恩人であるので、私はここで泣き叫んで「NOコルキス!」と拒絶することはしないでいてあげている。偉いな、私。


 じぃっと、その瞳を見つめ返す。瞳の中に赤ん坊の私が映っていた。私の青い目の中にも、同じようにコルキスが映っているのだろう。


 一瞬、コルキスの瞳に影が過ぎった。怯え、に似ている。自分のような者が赤ん坊に触れていることに、今更ながらに慄くような。今になってやっと、自分が抱いているのは肉の塊ではなく、無力で無垢な命なのだと認識したような、無様な怯えが見て取れた。


 コルキスは私をルシアに押し付ける。顔を背け、言いつくろうように言葉を続けた。


「……北の塔より、賢者を招こう。この赤子の名付け親には、高潔な者がなるべきだ」


「公爵様……」


 ルシアは何か言いたそうだったが、それ以上は言わず、黙って目を伏せ頭を下げる。



 私は、別に誰が付けようとどうでもいいんだが……。

 気に入らなかったら名乗らないし……。


 とは、言えない赤ん坊。

 重い雰囲気となったティールームでとりあえず、歯が生えたらお菓子たくさん食べようと思った。

評価とか……ブクマ……ありがとうございます……ありがとう……

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