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*閑話:ハンス・コルデー*



「…………その女、いや。女性は他に何か言っていたか」


 ハンスはそれなりに長く、コルヴィナス公爵に仕えていたけれど、初日に挨拶をさせて頂いた以外、遠目でお見かけすることがあるかないか、という程度だった。


 それが現在。


 同じ部屋、それも、公爵が普段寛ぐための私的な部屋に通され、これまで一度も座ったことがないような柔らかく、長時間いくらでも座っていられるような大きなソファに座らされ、前には山盛りのお菓子やお茶が出され、そして目の前に、部屋着ではなく、なぜか正装しきっちりと身なりを整えた公爵様が前にいる。


 不思議な女性、いや、まだ少女といえるだろう若い娘が突然目の前に現れた。襲われる自分達を、どうしてだか助けてくれて、そして、コルヴィナス公爵を頼るようにと言ってきた。


 夜が明けるのを待ち、村人の人間たちが自分達に何か言ってくる前にハンスは家族と必要最低限の荷物を持って村を飛び出した。


 自分たちの身に何があったのか、はっきりとはわからない。けれど、あの村の悪意はもう自分達を置くことさえ許さないだろうと、それは理解していた。


 公爵家の屋敷にたどり着くと、預かったお嬢さまが物心つくまでは帰ってこないだろうと思っていたらしい使用人たちは驚いて、しかし一度はハンスたちを追い返そうとした。ボロボロで明らかに襲われ酷い状態の自分達は公爵家に相応しくない。


 しかしハンスは諦めなかった。この屋敷で、赤い髪の女性がどのような理由かはわからないが、特別な意味を持つことを知っている。それで、自分達が盗賊に襲われ、赤い髪の女性に助けられ、その女性からコルヴィナス公爵にこれを預かったと伝えた。


 半信半疑だった執事は、それでも一応主人に確認する必要はあるだろうかと主人に時間が出来るのを待ち、ハンスたちは丸一日、門の外で待たされたが、次の日、慌ただしくハンスたちを迎えにきたのは、まさかの公爵様ご本人だった。


「たとえばそうだな……私について、何か。私であれば自分の信頼に足る男だ、とか」


「い、いえ……そういった話は、とくには……」


 恐ろしく整った貌の公爵様は、厳しい表情を作りながら眉間に皺を寄せ問うてくる。ハンスはわけがわからない。が、あの不思議な女性との会話は殆ど母がしているので、ちらり、と隣の母に視線をやった。


 母は昔。とある貴族の屋敷に勤めていたという。それであるので、こうした場であってもきちんと背筋を伸ばし、使用人として相応しい洗練された態度で公爵様に向かっている。


「御渡ししたスカーフに、はじめは紋章を描こうと思われたご様子でございました。しかしながら、薔薇を抱く竜は血で布に描けるものではございませんので、断念なされたようです」


「布にあの紋章を?」


 ふっ、と小さく。本当に小さくだが公爵が笑った。


 この人笑うんだ!!?と、ハンスは驚く。母の方はさすがというか、表情を崩さない。ハンスは自分はあまりに驚いて顔を引きつらせてしまったが、幸い公爵様は気にされていないようだ。母の方に向かい、それで、と話を続けさせる。


「お困りのご様子でしたのでお名前を御印になられてはと、恐れ多くも進言させて頂きましたところそれはあまり望まれぬということでございました。それで、何かお互いにわかる言葉にされたようでございます」


「そうか。……そうか」


 公爵はハンスの母の言葉を、一言一句聞き逃すまいと真剣に耳を傾ける。この屋敷にお仕えしていて、公爵さまとは血も涙もないような冷徹な方で、使用人たちも皆温かみがなく、この屋敷はただただ冷たく恐ろしい場所だった。


 目の前にいるのは、本当に自分の知る公爵さまなのだろうか?と疑問に思うほど、意外な姿である。


「もう一度、あの方の容姿について聞かせてくれ」


「燃えるように赤く美しい髪に、瑠璃のように青い瞳。歳の頃は十五、六の花が綻ぶような、幼さと大人へのはざまのようなご様子の、軍服姿がよくお似合いの御方でございました」


 母が語ると、公爵は目を伏せてそれを聞く。まるで恋でもしているような様子だが、あの公爵様に限ってそんなことはないだろう。


「あの方が、お前達の身柄をこの私に託した。なるほど、そうか」


「息子がお預かり致しましたお嬢さまの教育係に、ということでございましょう」


「ソレか」


 と、そこで初めて公爵は、ハンスの母が腕に抱く赤ん坊に気付いたようだった。


「なぜ……あの方がこの赤ん坊を気にされたのか……いや、そもそも、あの方はご存命で……?いや、確かに死を……で、あれば、この赤ん坊は……もしや」


 じっと、公爵が赤ん坊を見つめる。


 暫くそうしていたかと思うと、公爵はハンスの母から赤ん坊を受け取ろうとした。戦場で剣を振るう方が似合うだろう男が赤ん坊を。ハンス母も一瞬ためらったのか、しかし表情には出さず、赤ん坊を抱くさいの腕の形を伝えてから、ゆっくりと渡す。


「この赤子を守れ、とあなたが言うのであれば従いましょう。そうすればいずれ再び、私の前に現れてくださるだろう」


 ぶつぶつと、赤ん坊を抱きながら何か言っている。意味はよくわからない。が、ハンスは公爵が父性に目覚めて赤ん坊に興味を抱いたわけではないことだけは、わかった。





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