月下の降臨
「な!!?」
「誰だテメェ!!」
ハンス家から飛び出して、私はハンス君を襲っている男を殴り倒した。
どういうわけか、私は赤ん坊の体から以前のような……十六歳の娘の体になっていた。よくわからないが!今この状況でやるべきことは一つ!
「貴様ら下郎に名乗る名など持ち合わせておらぬわ!か弱き善良な家族を襲う外道どもめ!そこになおれ!成敗してくれる!!」
「マジで何なんだ!!?」
美しい月夜に、美しい真紅の髪を靡かせて殴りかかってくる美少女……どう考えても素晴らしい光景だと思うのだが、なぜだか盗賊たちは顔を引きつらせた。
さて私は、烏にクレームをつけたら変えて貰えた漆黒の軍服姿に、手には黄金の指輪を付けている。あと三つくらいあればナックル代わりになったが、一つでもただの拳より殺傷力は上がる。
何やら背後で死神君が「婚約指輪を武器にするなんて……」などとほざいているがよく聞こえんな!
「か、かまわねぇ!こいつもやっちまえ!」
三下極まりない台詞を吐いて、盗賊たちは私に襲い掛かって来た。
「甘いわ!!」
訓練された正規の騎士たちに包囲されても抜け出した私にとって、ただ感情と腕力だけで挑んでくる低能共など敵ではない。
素早く顔面に一発、鼻が指輪で潰れるよう位置を注意して殴る。
持っていた剣を奪い相手の首をかき切る。
足の腱を切って、のたうち回る盗賊の目を潰す。
「徒党を組む者らにも仲間意識はあろうな。生き残りなど出しては可哀想だ。例外なく全員葬ってやるゆえ、安心して押し並べて死ね」
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「……さて、その方。生きておるか?」
盗賊たちは合計十三人。規模としては小さいが、本気になって村を襲えばひとたまりもなかっただろうに、ケチくさく村人に唆されたのが運の尽きである。
うっかり見逃してしまわないよう、一人一人に丁寧に「で、お前達は何人だ?」と聞いて殺した。自分だけが死ぬのは我慢ならないと醜く思う連中は仲間が隠れてるであろう場所や、まだ私に殺されてない者の名を叫んでくれたのでしっかりきっちり根絶やしにできた!仲間って尊いね!
私はハンスくんやお母さま、ルークが身を寄せ合ってじっとこちらを見ているのに気づき、近づく。
「ど、どうか……子どもたちは御助けください!!」
と、私を見て叫ぶのはお母さまだ。盗賊たちに乱暴されたのだろう。素っ裸で、あちこちに痣があり、下半身から血を流しているけれど子ども2人を守ろうと私の前に両手を広げて立ちはだかる。
なぜだ……ここは、涙を流して感謝されるべき状況なのに、なぜこんなにビビられてしまっているのか。
解せぬが、まぁ、恐怖で混乱しているとひとはまともな判断が難しいものである。
「善良な者よ、安心するがよい。そなたの娘も無事である。先に助け、今は家で寝ている」
「……ソニアと、お嬢さまを?」
お母さまは、ソニアは殺されてしまっただろうと考えられていたようだ。瞳に希望が湧く。
うん?
「娘はひとりであろう」
「いえ、二人おります。気高き御方のおっしゃられているのは……おひとりだけでしょうか」
「そなたによく似た少女のことだ」
「……赤い髪の赤ん坊は?……あぁ……神よ……あの子は、攫われてしまって……?私たちが、見捨てたと、きっと悲しい思いをさせてしまった……」
ソニアが無事だというのに、お母さまは目に涙を浮かべた。
いやいやいや、ハンスくんには「見捨ててオッケー」という視線をはっきり送ったし、それにあの状況。
最初は盗賊たちの狙いもわからなかったし、無力な赤ん坊を狙うとは思わない。金目の物を奪うだけなら赤ん坊には見向きもしないだろうと考えて全くおかしくない!
何一つ、お母さまたちに悪いことなどないだろうに、あざだらけのご婦人はハラハラと涙を流す。
「……赤い髪の赤ん坊は、私が保護し別の場所に隠してある。少ししたら迎えに行くがよい」
少し考え、私はそんなことを口に出していた。
お母さまがパッと顔を上げ、今度は悲しみでない涙を流す。何度も私に礼を言い、やっと心に余裕が出て来たのかハンスくんやルークを振り返る。ルークは素早くどこかに隠されていたのか、それほど乱暴されている様子はなかっ……。
……ふぅん?
ルークはガタガタと震えている。
恐ろしかっただけではない。
私が目を向けると、びくり、と体を震わせ、視線を逸らした。
お母さまやハンスくんはじっと私から視線を放さない。当然だろう。次に何をするのか、どんなことを望んでいるのか、一挙一動に集中しないと次は自分達が殺されるかもしれないと本能的に恐れるのだ。
しかし、ルークは違う。
心疚しい事があるから、目を逸らす。
「……こ、こんなはずじゃ……」
じぃっと私が見つめ続けるとぶつぶつと、言い訳のような言葉を口にする。
「……」
さて、誰が盗賊たちに私の存在を知らせたのか、といえばそれはまぁ、村人、連中いわく村長とかだろう。
だがまず村長たちに話しかけた者がいたら?
たとえば、預かっている赤ん坊を自分達のものにすればたくさんお金が得られるとか、そういう、子供の浅知恵。
まぁ、よい。まぁ、よいわ。
私は目を伏せ、自分の肩にとまって来た烏を撫でる。
「そなたらは夜が明けたら、コルキス・コルヴィナスの元へ行くがよい。赤い髪の騎士がそなたらを助けたことを告げ、その騎士が「この者らは赤子の成長に必要な物たちである。手厚く保護せよ」と伝え……ふむ。言葉だけでは心もとないな」
手紙かければいいけど、紙とかないの?
ない。そうですね。
私はクレームを付けて換えて貰った軍服のスカーフを取る。幸いにして白だ。そこに、指を噛んで出た血で昔使っていた紋章をか……描けないな??
「……私の紋章……薔薇を抱く竜なんだけど……難しいな??」
血でさらさらと気軽に描ける感じじゃない。
「あ、あの……何を?」
「うん。コルキスの糞野郎に私の存在をちょっとこう、チラ見せ程度なこう、おしゃれなことをしたかったんだけどな??難しいな?」
「……お、畏れながら……それでは、お名前を、御印になられればよろしいのでは?」
「名前書くとかダサくない?」
「わたくしのような者に、尊き御方の御心は諮れませんが……それでは、相手にだけわかる言葉などはいかがでしょう?」
「お!それはよいな!おしゃれだな!」
さすが貴族のお屋敷に勤めていたことのあるお母さまである。中々良いセンスではないだろうか?
私はスカーフに血でサラサラと文字をかき、乾いて変色し黒くなるのを待った。そしてそれをお母さまに手渡す。
呆気に取られていたお母さまは、私からスカーフを受け取ると深々と頭を下げた。




