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落日


 ハンスくんは賢かった。

 村にやってくる商人に売ったのでは、村人たちに自分達の臨時収入が知られる。そこで、街へ出て黒トリュフロを売って、そこで得たお金で一気に食料を買いはしなかった。


「これは僕がお世話をしているお嬢さまが、この村でお世話になっているお礼です」


 と、得たお金で買った食料の一部を村人一軒一軒、個別に訪問して贈る。


 通常、村で食料を集めて冬の為に管理する。


 だが、個人への贈り物は別にしてもいいのではないか?

 贈られた家の、誰かがそう考えた。


 ハンスくんは小麦一袋をそれぞれの家に贈った。家からしても、たとえば冬の終わりの食料が乏しくなった時、こうした各家での貯蓄があれば村の采配……優遇されているものとそうではない者の差を味合わずに済む。


 結果、村の多くの家がハンスくんからの贈り物を、周りには「うちはちょっとしたものだけだったよ」と言葉を濁して、村長一家に回収されることを拒否した。


 そしてハンスくんは「あれだけのものを他人に配れるほど金持ちの子供を預かっている」と、周囲の目が変わる。


 本来であれば、私の食事だけでなく養育に必要なものをコルキスがたくさん送っていればもっと早くできたことだが、ただの役割で拾ってきた赤ん坊の存在をあのクソ男が重要視しているわけもない。


「村の人が挨拶をしてくれるようになったよ」


 嬉しそうに、夕食の時にハンスくんは話す。


「あたしも、石を投げられなくなったの」


 ソニアも嬉しそうに言った。


「きっとこれから、どんどんいろんなことが良くなっていくのよ!きっとそうよ!」


「あいつら、にいちゃんが小麦を配ったからちょっとだけ気分がよくなってるだけさ。べつに本気で、おれたちのことを好きになったわけじゃねぇよ」


「それでも、きっかけが出来れば人は変わることができるのよ、ルーク」


 優しいルシアさんも、ソニアの明るい未来への希望を肯定した。面白くないのはルーク一人、いや、面白くないというより、これまでの村人たちからの仕打ちを顧みて、そう素直に喜べないのだろう。


 私はちょっと豪華になった木箱の中で理解を示すように頷いた。


 しかしハンスくんの行動は正しい。得た金で大量の食料を買い込んで危険視されるより、村の食料を少し増やして、自分達は冬を越せる程度の貯えに抑える。周囲のやっかみも買わず、好感度も上がる。


 個人的にはこの一家には、十分な食料と薪に囲まれた豊かな冬を過ごして貰いたかったが、現状この一家が豊かになれば恨みも買うだろうとわかっていた。


 



**





 昼寝をし過ぎたので眠れなかった。


 赤ん坊は寝るのが仕事だが、寝すぎても良くない。しかし夜泣きをする私ではないので、無言でじぃっと、天井を眺めながら過ごしていた。


 良い夜だ。


 こっそり買った毛布やら何やらで一家はぬくぬくと暖まっている。飢えずきちんと食べられているお陰で血色も良い子供たちと、子どもの命を危ぶむことがなくなって穏やかな表情で眠る母。


 この家族は、とても良い家族だ。


 私は夜眠れないときに、この一家を眺めるのが好きになっていた。


 前々世では弟はいつも何かに怯えていて、泣きそうな顔ばかりしていた。良い姉でいようとはしていたが、国を父から奪うことに一生懸命で、たった一人の家族を顧みていただろうかと後悔がある。


「……っ!?」


 その私の視界に、異物が入り込んできた。


「せまっ苦しい家だな」


「これで全員か?」


 武装した男たちだ。村人、ではない。見たことのない……だが、ひと目で盗賊か何か、他人に害を与えることで生きている者たちだとわかる。


「おぎゃぁああああ!!」


 私はとっさに泣いた。大声で泣いて、侵入者たちの注意を引く。侵入者は二人、私の泣き声に飛び起きたのはハンスくんだ。


「!?え!?」


「っち……邪魔しやがって!」


「母さん!ルーク!ソニア!!」


 ハンスくんは布団を男たちに投げつける。良い手だ。刃物を持っていても、布が絡まってすぐには動けない。その隙にハンスくんは家族を起こし、ルシアさんはソニアを、ハンスくんはルークを抱える。


「天使さま!」


「っ!!」


 ソニアは私を誰も抱き上げなかったことで悲鳴を上げた。


「おぎゃあ!!(いや、私は家族じゃないので優先順位下で構わんから逃げろ!!)」


 客観的に判じて、たとえば私がここで殺されたとしても私に興味のないコルキスが何か罰を与えるとは考えにくい。「そうか」の一言の後に、次の赤ん坊を探してくるだろう。


 だからハンスくんはここで全力でご家族を守るべきだ!


 ハンスくんと目が合った。逃げろ!と必死に目で訴えると、伝わったのか、青年は唇を噛んで、出て行った。ソニアが何か叫んでいる。ルシアさんも後に続く。


「ちくしょう!!」


「追え!」


 盗賊たちは布団から抜け出し、剣を抜いてハンスくんたちを追った。


 ……なぜ?


 そこで私に疑問が浮かぶ。

 村を襲う盗賊。

 目的は、略奪だろう。


 であれば、村人が反撃してこない限りは、殺すより盗む方を優先する。ハンスくんたちが騒いで村中に知れ渡ることを恐れ、口封じのためとしても、もう今からでは間に合わず、それなら一刻も早くこの家で盗めるものを盗んで逃げるだろう。


 しかし盗賊たちは、見るからに金のかかった私の木箱には目もくれず、ハンスくんたちを追う事を優先した。


 外から「盗賊だ!!」と叫ぶハンスくんたちの声が聞こえる。


 ……だが、それだけだ。


 村からは、ハンス一家の声しかしなかった。まるで村中がまだ眠り続けているような、不気味な静けさ。


 助けてくれ!とハンスくんの叫ぶ声がする。

 ここを開けてください!とルシアさんが戸を叩く音がする。


 ソニアとルークの泣き叫ぶ声がした。


 けれど、村人の声は何一つしなかった。


「お、このガキか?こいつを村長に渡せば、この家のモンは全部おれらのものってわけだ」


 異変を感じながら動けずにいる私を、盗賊の一人が覗きこんだ。


(あぁ、なるほど)


 すぅっと、私の心が冷える。


 外から、ルシアさんがルークを呼ぶ、悲鳴と共にルークの断末魔のようなうめき声が聞こえた。

 まるで狩りでも楽しんでいるかのような、盗賊たちの笑い声が続く。


 この村の新たな収益源、それは私だった。


 不幸にも、本来私を預かった善良な一家が、盗賊に惨殺される。生き残った私を、親戚筋の村長一家が引き取る。これまでコルデー一家に届けられていた品は全て村長一家の物になり、貴族の娘の養父母にもなれるわけだ。

 

「天使さま!」


 ……は?


 盗賊が私に手を伸ばしかけた時、その腕が止まった。


「っ、このガキ……!」


「て、天使さまに触らないで!!」


 ソニアは手に料理の為のナイフを持っていた。刃物はまだ危ないとハンスに言われながら、時々使っていた料理ナイフに血が付いている。


 私を掴もうとしていた男を刺したのだ。


 男は激高し、ソニアを殴りつける。小さな体は壁まで吹き飛び、それだけでは満足しなかった男が足で何度もその体を蹴り付ける。


 止めろと、私は叫んだ。赤ん坊の泣き声が響く。


 なぜ私は赤ん坊なのだ。

 どうして、こんなに近くにいるのに、何もできない。


 病魔たちは一匹も姿がなかった。

 私は何もできず、ただソニアが蹴られる音を聞く。


 男が悪態をつき、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、ソニアを蹴った。 


(やめろ!!その子は私を助けようと戻ってきただけだ!ただの子供だ!!)


 なぜ戻って来たのか。

 ただの子供が、盗賊に勝てるわけがない。


 私は身を捩って、箱から転がり落ち、動かなくなったソニアの元へ這った。

 両足があってはならない方へ向き、顔中が潰されている。


 ソニアの小さな声が、かすれた声が、聞こえた。


「だ、い、じょうぶ。て、ん、し……さま。なか、ないで」


 なぜ私を案じるのか。


 どうして、今痛いのは自分だろうに、どうして、命乞いでなく、私を気遣う言葉を吐くのか。


 私はソニアの頬に手を伸ばし、ぎゅっと、目を閉じた。



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