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村の悪意

「ルシアさん、あんたよく家の外に出て来れるね」


 冬が訪れる前だというのに、その日は日差しが暖かかった。ぽかぽかとした秋の昼下がり。家の掃除を終えて洗濯物を取り込もうとしているルシアさんに、通りかかった村の女が顔を顰める。


 私はというと「少しは太陽に当たらないとね」とルシアさんのもっともな提案で、日光浴中。ルシアさんの目の届く範囲に置かれた木箱の中で「日陰に入れて欲しい」と願っていた。


「……お陰様で、体も随分と良くなりましたもので」


「フン、卑しい女の分際でこの村に置いて貰えてるんだ。動けるようになったっていうんなら、村の仕事も手伝って貰うよ」


 村の女性は吐き捨てるように言って、去って行く。それをルシアさんは深々と頭を下げて見送った。村長の妻、とかそういう立場のある女性には見えない。あのフェーナとかいう女の方が身なりはよかった。しかし、そういう相手にもこの低い態度。


 ……この一家、どうにもこの村での扱いが悪い。

 そしてそれを仕方ない、と受け入れているところから、何か理由があるのだろうと思うが……。


「さて、お嬢様。それじゃ、そろそろお家に入りましょうね」


 私の木箱に向かって柔らかく微笑むルシアさん。先の女性にぞんざいに扱われたことに対して何も感じていないわけではないだろうに、それを赤ん坊には伝えないようにしている。


 善良な女性だ。

 何か疵があるにしても、けして先ほどのように扱われていい女性ではない。


 私はぽつりぽつり、と自分の中に浮かぶ感情に、しかし実際、今の赤ん坊の身で何ができるのかと振り払った。








 冬支度というものがあるらしい。


 王宮か戦場という極端な場所でしか生きてこなかった私であるから、村での越冬のための装備がどの程度必要なのか、お恥ずかしながらよくわかっていない。


「たくさん、食べ物と、薪と、あと内職の道具も用意するのよ」


 と、赤ん坊の私にせっせと説明してくれるのはソニアだ。私が理解しているとは思っていないが、話すことで自分の頭の中を整理しているのだろう。


「……食べ物は、本当なら村で全部まとめて管理するんだけど、あたしたちは村の分は、集めるのは手伝っても、分けては貰えないから、がんばらなきゃ」


「オギャ(え、何その村八分)」


 ぼそりとソニアが呟く内容に絶句する。


 それ村にいる意味が全くない……いや、まぁ、集落に家を構えることである程度の防犯は……できていると信じたい。


「あ、でも、天使さまはだいじょうぶだよ。ちゃんとご飯があるから」


 私のことはお屋敷側は忘れてはいないが、重要視はされておらず、二週間に一度食料が届きはするものの、赤ん坊一人の二週間分の食料ぎりぎり、という程度。この一家に回せるだけの食料はない。


「(私の食料が確保されてても養育する人材がいないと駄目だと思いますが!)」


 この村の冬がどの程度厳しいのかわからないが、村というコミュニティにありながら食料をまさかの自給自足。


 ……村人を半数病魔で死なせても、その分の食料がこっちに回ってくるということはなさそうだ。


「あー、う、あぅ、あー。そー」


 かくなる上は、もはや赤ん坊だからと黙っているわけにはいかない。

 私は必死にソニアに手を伸ばす。ちょっとソニアの名前を言ってみたが、まだきちんと発音はできない。


「え?あれ?天使さま?今……ソニア、って言ったの?」


「う、う」


 お、しかし伝わった。神よ、感謝します。


 ソニアは感激したように私を抱き上げる。幼子には重いだろうが、普段水汲みをしているソニアは案外力があった。


「そー、にゃ。そー、あー」


「あっち?でも、あっちはお外で……」


「あー、あー」


 一度こちらが「言葉を話そうとしている」と伝わると、ソニアの方の理解力が高くなる。


 子供と言うのは一つのことに夢中になると、そればかりに集中する。私と意思疎通が出来ていることに嬉しくなったソニアは、私を連れて外に出るということに、普段の彼女であれば躊躇っただろうが今はそれがなかった。


 私はソニアを森の中に誘導する。この森をじっくり探索したことはもちろんない。ないが、森の中の微弱な魔力を感じることはできる。


「あ、あ、そーにゃ」


「え?なぁに?天使さま。このきのこがどうしたの?」


 私が指差したのは茂みの中にひっそりと生えている黒いキノコだ。


 説明しよう!この黒いキノコ!トリュフロという魔力を持つ貴重な……毒キノコだ!


 毒を持ってはいるものの、神官に浄化させ毒素を抜くと、とてつもない良い香りの絶品キノコになる!普通に一般市民は食えないが、貴族社会では浄化させた手間と、「普通の人間は食べられない」という選民意識、人工栽培できず天然ものでしか発見できない希少価値からとんでもない高値で取引されている!


 前々世で私も大好きだったトリュフロ!

 

 製造過程というか、浄化させたり長距離を運搬する過程で乾燥されることが多いトリュフロを、生で見るのは実は初めてだったりする。図鑑で見たので間違いないが。


 村でやっている内職を引き取りに商人がやってくる。このキノコ一つでも売れば良い値段になるだろうが、都で高額で売られているペンシャル絨毯も現地では売値の半額以下で引き取られていることを考えるともう少し量を確保しておきたい。


 無論、毒キノコなので扱いは丁寧にせねばならない。私はソニアの体の周りに魔力で守りをして、キノコの周辺にも毒を他にまかないように魔力コーティングする。


「このキノコ、食べられるの?」


「あ、うー、うー、だー。うー、うー(それは駄目です。売ってください)」


 しまった。

 ソニアは私のこの行動を、少しでも食料を確保する為のものだと判じかけている。


 キノコじゃなくて手っ取り早く鉱物とかがあればよかったのだが……そう都合よく鉱山なわけがない。


「ソニア!」


 さてこの問題をどうするか、と私が焦っていると、ソニアを追いかけてハンスくんがやってきた。


「ソニア……お前、この前魔物に襲われたばっかりで……それに、お嬢様を森の中に連れていくなんて……!!」


 私の心配はソニアの次であるあたり、使用人としてどうなのかと思わなくはないが、家族が最優先なのは人として仕方ない。


「ハンスおにいちゃん、あのね、天使さまが、これ見つけてくれたの!」


 しかしソニアは私が意思疎通を図った事、そうしてここへ来た事が彼女の中で大発見、とても素晴らしい出来事だったので、兄の怒気より自分の興奮が勝っていた。


「これ……?トリュフロじゃないか!」


 あ、そうだ。ハンスくんは料理人見習いだった。


「知ってるの?」


「お屋敷で……奥様が好むようにと出されているからよく知って……なんでこんなところに」


 さすがあの気持ち悪いコルキス。私の好物をよくご存知だ。それをあの気の毒な女性にも当り前のように食わせていたとか、もう本当、さすがとしか言いようがない。


「……これを売れば、冬が越せる」


 ぼそり、と呟いたハンスくんの目には涙がうっすらと浮かんでいた。


 キノコを持ったソニアを抱きしめ、そのまま崩れ落ちる。


 私はそこで初めて、あぁ、本当に、この一家はこの冬にこの村で死ぬしかなかったんだな、と実感した。




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