ついてない、生まれ変わって、二度目の人生終了
薔薇の剣帝は吐血した。
どろりとした、やけに粘っこい血塊が喉から出て、真っ白いシーツを汚す。
(そろそろか)
息をするたび、肺が焼かれるような痛みがあった。
寝台のあちこちには痛みを少しでも和らげられればと、騎士ヨナーリスが国中からかき集めた魔法道具が置かれている。
道具だけではなく、絨毯や天井の隅々にも、呪いを緩和しようとした魔導師ゼラスの魔法陣が張り巡らされていた。
しかし一つたりとも、ローザの身を楽にすることはできなかった。
ローザが血を吐き、薔薇色の頬を青白くするたびに、ヨナーリスとゼラスは絶望し無力さに打ちのめされていたが、ローザは二人が無能だとは思わない。
(この呪いは自業自得というもの)
2年前、父であった皇帝を殺して王座についたロゼリア姫は、薔薇の剣帝となった。
実の父をこの手で殺めた。
どう言いつくろっても、どんな理由があろうとも、人道に反している。
夫を殺された正妃がローザを呪ったのも仕方のない事。
16歳の誕生日を明日に控え、悲しみに暮れる家臣たちの声は遥か遠い。
「姉上……」
ふと、枕元で声がする。
弟のカールだ。一つ違いの青年はローザと同じ燃えるような赤い髪をぐしゃぐしゃにして泣いている。
「どうした。カール。また大司教にいじめられたか」
ローザはゆっくりと手を動かして弟の頭を撫でる。
「いいえ。いいえ、姉上。バッカス大司教は今、姉上のために祈っています」
あの陰険で根暗な男が、そんな殊勝なことをするものかとローザは笑い飛ばした。
「それともまた隣の国のバカ王がうちの龍脈にちょっかいかけてきたか。どこかで飢饉でも起きたか。それとも、」
弟が何を悲しんでいるのか、悩んでいるのか、喋れるうちに聞いて、相談に乗っておかねばならない。
自分と違い、心優しく大人し性質の弟は王になどなりたくなかったはずだ。
それなのに、自分が死ぬから、弟は「あとはお任せください」と言うしかなかった。
「大丈夫です。姉上、大丈夫です……ヨナーリス先生や、ゼラス様、それにたくさんの優秀なひとたちが、僕を助けてくれます。だから、姉上、僕のことは心配しないで、いいんです」
ぎゅっと、カールが姉の手を握った。
「そうか。立派になったな」
「はい。姉上のような、立派な、王になります」
ローザは自分のようにはなるな、と言いたかったが、声が出ずゴポリ、と血を吐いた。
「姉上!!」
「……ヨナは、どこだ」
いよいよらしい。
慌てる弟にローザは騎士の所在を尋ねた。
「……せ、先生は……今こちらに向かっています」
「そうか」
嘘だとわかった。
己が死の床についてから一度も、ヨナーリスは姿を見せてはくれなかった。
貴重な魔法具や薬が各地から送られてくる。
あの騎士からの物だ。
どうしようもないというのに、あの頑固な騎士は「何か救う手段があるはずだ!」と諦めなかった。
ヨナーリスは15歳年上の騎士で、ローザとカールの剣の師でもあった。
「あの腐れ親父がまともだったら、私はヨナに嫁げたんだがなぁ」
「10歳のころから仰ってましたよね、姉上。先生、困ってましたよ」
「この国の法律だと結婚は18歳からだったから……どのみち無理だったか。……生きてるうちに法律改正すればよかった」
ッチ、と心底残念そうに舌打ちすれば、カールが苦笑した。
ローザは弟のそんな様子が愛しくて、最後に何か言おうとしたけれど、それは言葉にはならなかった。
それっきり、ローザが声を発することはなかった。
*
「……っていう、前世をなぜ今思い出すのか」
突然ですが、燃えています。
「……ぅ」
東京都某所にある自宅にて、十六歳のオンリーお誕生日会の飾りつけをしていた春野 咲は「え?今?」と突っ込みを入れた。
なにか焦げ臭いな、と思ったらあっという間に火が回って煙が充満した。
築四十年以上、真冬の風が冷たい中、木造のアパートはよく燃えるというのは聞いたことがある。
今まさに、火災に巻き込まれて儚く死ぬというその時に、咲はなぜか前世の記憶が蘇った。
「16歳……の、誕生日に……死ぬ。ちくしょう、こっちの世界でも呪いは継続か……ッ!!」
咲は4歳のころに児童養護施設に預けられた。
衣食住は保証されていたが、物寂しさを常に感じていた。
家族というものに憧れて、優しい親は持てなかったから、大人になったら、自分の家族を持とうとそれを夢見て来た。
中学を卒業し、15歳で施設を出て就職した。
これからお金を貯めて、たくさん楽しいことが始まるのだと思った矢先のこの火災と、思い出される前世の記憶。
突然のことに戸惑いと、そしてあっけなく終了する人生に悔しさはあるが、咲の胸にはその他にもっと優しい感情もあった。
「カール……、ヨナ。そうか、私には家族がいたな」
春野咲の人生に足りなかったものを、自分は確かに持っていた。
今いるこの日本ではなく、それどころかこの地球ではない世界。便宜上異世界とさせて頂くが、とにかく。前世は異世界で、ちょっとヤンチャしていた。
具体的には、才色兼備のナイスバディなプリンセスだったのだけれど、父親……つまりは皇帝陛下がクソアカンかったので14歳の時に家臣とか色々味方につけて退位頂いた。
ついでにこの世からも退去頂いて、その時に何を血迷ったか、DVを受けていた筈のお妃様が「お前など産むのではなかった!」と仰って恨みを買った。
どうやったのかは知らないが、その後、自分は呪われて、血反吐を吐いていたけれど、心配してくれる家族がいた。
「最期になったけど、思い出せてよかった」
春野咲は呟いて、そして目を閉じた。




