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第08話 絆

「待たせて悪かったわね。助けに来たわ、ミラちゃん!」


 そう言い、変態は部屋の中に入ってきた。

 正直言うと、複雑な気分だった。嬉しいような嬉しくないような…そんな気分だ。

 まさか助けに来てくれるとは思わなかった。

 見捨てられたのだろうと。だって、人形ならこの国になら他にもいるじゃない。

 いくら私を気に入っているからと言ってここまでのリスクを冒してまで取り返そうとは思えなかった。

 何でそこまで…。


「人形術師!貴様何を考えている!こんなことが許されると思っているのか!」


 おっさんはあの変態人形術師を睨む。


「あなたが私のミラちゃんを誘拐するからよ。ニック伯爵、あなたやって良い事と悪い事も区別できないの?」

「誘拐だと!?これは私の人形だ!私が買った人形だぞ!取り返して何が悪い!」

「え!?そうなのミラちゃん!?」


 いつの間にか体の麻痺がなくなっていた。一定の距離以内にいるからか。


「確かにその通りですけど、私はこの人が嫌で城を抜け出したんですよ。」

「!喋った!何故今まで喋らなかった!?」

「そこの主の契約魔術のせいで、喋れなかっただけです。」


 私はそう言った直後、魔術を発動させる。氷結魔術≪氷結(フリーズ)≫だ。

 この魔術は下級の魔術で周囲1メートル以内の範囲を凍らせることができる。けれど、威力全開で出すとおっさんが死ぬので、威力を抑えめで発動させた。

 すると、私を握っていたおっさんの手が凍り始めて、慌てて私を離す。


「いっつ…!これは何だ!?」


 おっさんは何が起こったか分からず凍り付いた手を見つめる。


「氷結魔術ですよ。」


 私はそう言いながら、支援魔術≪浮遊(スカイ)≫を使って、おっさんの前で浮く。


「これでおわかりでしょう?私はあなたのものではありません。」

「ふざけるな!お前は私が買ったんだぞ!私のものだ!」


 わがままか。本人の意思を尊重するとかしないのか。というか、もの扱いするな。


「そうよね~。ミラちゃんは私と仲良しだもんね~。」

「…。」


 少し黙っててもらえないかしら。この変態。


「こんなのは認めんぞ!私が買ったんだ!」

「え~?それなら買った分の代金を私があなたに支払えば問題はないわよね?」

「そういう問題ではない!」


 そういう問題じゃない?だって、私の意思を無視してもの扱いするのだもの。


「う~ん。ならこれならどう?ミラちゃんにどっちがいいか選んでもらいましょう。それなら納得するでしょ?」

「…フン!いいだろう!」


 …は?どいうこと?なんでそうなった?

 お前ら私の話聞いてた?耳クソでも詰まってるの?

 うわ、何か2人ともこっち見てくるし…。勘弁して。

 これが究極の2択ってやつかしら?どっちを選んでも地獄な気がするのだけれど…。

 え?これ選ばないと駄目なパターンのやつ?クソッ…。

 本音を言うとどちらも選びたくない。人は信用できないし…。でも、選ぶとするなら…。


「じゃ、じゃあ、主の方で…。」

「!」

「……!」


 変態が天を仰いでガッツポーズしてる…。

 おっさんはそんな信じられないみたいな顔をしている。いや、当然だろ。

 さっきお前のことが嫌いって言ったでしょう。


「…ふざけるな。ふざけるな!おい、人形術師を殺せ!」


 おっさんが変態の周りを取り囲んでいた兵士に命令を下す。兵士は一瞬戸惑うが、伯爵の命令に抗う事はできないので、命令を実行するため行動する。

 変態はそれを察知して、杖を縦に構えて杖の底で床を叩いて魔術を使う。


「氷結魔術≪氷下(フロストダウン)≫!」


 変態の下から術式が浮かび、その術式から氷の吹雪が舞う。すると、取り囲んでいた兵士の下半身が鎧ごと一瞬にして凍り付く。


「何じゃこりゃ!?」

「う、動けねぇ!」

「冷てぇ!」

「帰りてぇ~…。」

「今日の夕飯何だっけ…。」


 兵士が慌てふためく。


「見苦しいわよ。ニック伯爵。これで終わったのよ。」

「クソッ!クソッ!」


 おっさんは壁に立てかけてあった剣を取り、剣を構えて走ってくる。

 本当に見苦しいな。素直に諦めなさいよ。しかし、変態の方を狙うのかと思ったら、私の方に向きを変えて剣を振り下ろしてきた。


「お前は私のものなんだぁ!」


 マジか。血迷ったか。

 もしかしてあれ?お前を殺して私も死ぬ!的な無理心中?まぁいい。

 右腕を犠牲にして、魔術で―――。


「ミラちゃん、危ない!」


 彼女が私の前に出て、私を庇っておっさんに斬られた。


「え?」


 彼女が膝をついて倒れそうになるが、それを何とか堪え、おっさんの方に向き直る。

 

「うぅ…。≪氷弾(アイスカノン)≫…。」


 彼女がそう唱えると、彼女の術式から氷の塊が発射される。

 それはおっさんの顔に見事に命中して、おっさんは気絶して仰向けのまま倒れる。

 その際、彼女の後姿を確認したが、背中が斬られており、血が出ていた。

 

 彼女は私を庇ったのだ。

 私の命を助けるために?自分の命を顧みずに私の命を助けようとした?

 ……何で……何でそこまで他人のために命を懸けられるの…意味が分からない…。


「ミラちゃん、大丈夫?」


 彼女は微笑みながらそう言った。

 理解が追いつかない。疑問が頭の中を駆け巡る。


「…な、何で私を庇ったんですか…?」

「?私はミラちゃんを助けるために来たの。だから、庇ったのよ。」

「そういうことではありません。主が庇わなくても、あの程度であれば私は死にませんでした!何で自分の命を危険にさらしてまで助けたんですか!」

「私がそうしたいと思ったからよ。ミラちゃんにもしものことがあったら大変じゃない。私はミラちゃんの味方でありたいと心に誓ったの。だから、庇ったのよ。」


 意味が分からない!意味が分からない。意味が分からない……。

 何でそこまでしてまで…私なんかの味方に…。あんたに対してあんな態度を取ったのに…。

 私を騙して利用しようとしているの?私はもう…。


「……嘘ですよ。人間はそうやって甘い言葉で騙して裏切るんです!信用できません!主だって…。」


 そうだ。人間は噓つきばかりだ。口では体のいいことを言っても、結局は口だけなのだ。状況が変われば平気で裏切ったりする。


「…私はミラちゃんの過去を知らないわ。何で、そこまで人が嫌いなのかもわからない。でも、私の力で助けることができるなら、たとえミラちゃんに嫌われたとしても、私は命を懸けて何度だって、助けるわ。だって、困っている人を助けるのは当然でしょう?」


 やめて!やめてよ…。もう人は信じない。

 前世の私は人を信じて、騙されて、裏切られて…もうあんな辛くて苦しい思いはしたくないのよ…。

 だから、もう…やめて…お願い…。


「ミラちゃんが人に騙されて、裏切られたのなら…それはすごく辛かったよね?悲しかったよね?もし、ミラちゃんが私をそういった人たちと一緒にしているなら違うわ。」


 彼女は私を抱き寄せる。


「私はあなたを騙したり、裏切ったりしない。命を懸けて誓うわ。私は最後まであなたの味方よ。だから、そんなに自分を追い込まないで。悲しくなるし、苦しくなるだけよ。」


 その言葉に心がフッと軽くなるようだった。

 私の目尻から熱いものがこみ上げ、零れ落ちる。


「う、ううっ…。」


 それは、涙だった。


 私は馬鹿だ。本当はもう分かっていたはずなのに。

 彼女が底なしの善人なのを。でも、それを認めたくなくて。

 騙されることが怖くて…裏切られることが怖くて…。


「いい子いい子。」


 彼女はそう言い、私の頭を撫でた。

 涙が止まらなかった。視界がぼやける。


 私は理性ではなく、心で理解した。


 この変態は、彼女は、サラは、信用できる人間だと。







 

 あれから数週間経っただろうか。

 私たちはあの後、あの城を出た。

 どうなったかまでは知らない。ただ、あれからあのおっさんからの干渉はなかった。

 不思議なことだ。あんなに執念深かったのに…。あの伯爵の城を襲ったのに、私たちは何のお咎めもなかった。

 それにしても、いやー泣いたわー。年甲斐もなく、泣いてしまった。いや、この世界でも泣いたことがあるが、まさか涙が枯れるほど、あんなに泣いたのは初めてだ。

 ちょっと恥ずかしい。でも、いいわ。何かスッキリしたわ。

 サラは信用できる人間だ。

 危険を冒してまで、私を助けてくれた。言葉だけでなく、行動でそれを証明した。

 それがとても嬉しい。

 

「むへへ…」


 彼女は私を膝にのせて、頭を何度も撫でながらニヤニヤしている。

 誰かの膝に乗るという行為は、以前の私なら契約魔術の強制がない限り、絶対にやらなかっただろう。それぐらい、彼女に気を許している。

 今私たちはサラの住んでいる家の彼女の部屋にいる。

 彼女の部屋は実に質素だった。生活に必要な物だけが、部屋に置かれていた。

 人形好きというからには部屋には大量の人形があるものだと予想していたのだが、部屋には人形は1体も見当たらなかった。それどころか、女性の部屋とは思えないほど、ほとんど何もなかった。

 

「…主の部屋は質素ですね。」

「ん~?私は自分の家にはほとんど帰らないから必要な物だけ置いてるって感じね。」

「そうなんですか…てっきり人形まみれなんだと予想してました。」

「あはは…そうね。確かに人形は好きだけど、ここには置いていけないわ。」

「何故ですか?」

「だって、人形たちがかわいそうじゃない。この家にはほとんど帰らないもの。」


 何それ。あれか、人形に溺愛するタイプの人間なのか、彼女は。

 彼女とそんな会話をしていると…。


 チリンチリン!


 彼女の玄関の扉の前に設置してあった呼び鈴が鳴る。


「誰か来たみたいね…。一緒に行きましょう。」

「分かりました。」


 私は≪浮遊(スカイ)≫を使って、彼女の肩に乗る。

 私たちはそのまま部屋を出て、玄関へと向かう。そして、玄関の扉を開けるとそこには鎧を着た騎士がいた。


「お初にお目にかかります。サラ・マリー・グリーン様。私、王国直属の騎士団の団長をやっておりますダミアン・パット・リーヴスと申します。以後お見知りおきを。今日はサラ様にご用件があり、馳せ参じました。」

「初めまして。それで、どういったご用件ですか?」

「はい。実は国王陛下より、宮廷魔術師サラ・マリー・グリーンは至急、宮廷へと出向くようにとのことです。」

「え?あ、はい。分かりました。準備するので少々お待ちください。」

「分かりました。私はここで待機しておりますので、準備が整い次第、私にお声をかけていただければ幸いです。」

「はい。」


 彼女はそう言い、玄関の扉を閉める。

 私は彼女の肩から降りて、≪浮遊(スカイ)≫で彼女の傍を浮遊する。そして、私は彼女と見つめ合う。


「…。」

「…。」


 数秒間の沈黙の後、彼女は頭を抱えてしゃがみ込む。


「ど、ど、どうしよう!?これってあれだよね?リック伯爵の件のことだよね?」

「た、多分そうですね…。」


 いや、このタイミングなら絶対そうでしょう。

 お咎めはなかったっと思ったらこれだよ!

 サラ曰く宮廷魔術師は国王から呼び出されることはよっぽどのことがない限り、まずないのだという。

 そう、よっぽどのことがない限りは。やべぇよ…。


「お、落ち着いて下さい、主。ま、まだあわ、あわ、あわわわ」

「ミラちゃんが落ち着いて!?」


 動揺しすぎて、口が回らないぜ!しかし、どうしましょう。

 行くも地獄、行かぬも地獄。…行くしかないわよね…。


「…行きましょう、主。行かないと悪化するかもしれません…。」

「そ、そうよね。行くしかないわよね。行って、ごめんなさいしましょう。それで許してくれるか分からないけれど…。でも、国王陛下は優しい方だし…だ、大丈夫よ!」


 その発言に不安要素があるんですが…。


 こうして私たちは宮廷へと向かったのだった。






 宮廷へは支援魔術≪転移(テレポート)≫を使って移動した。

 転移した先には豪華な城が視界に広がっていた。流石に国王が住むだけあって、ニック伯爵が住む城よりも大きかった。

 そりゃそうよね。伯爵と国王では地位が違いすぎるもの。

 私たちは城の中へと入り、騎士団長からある一室へと案内され、その部屋に入る。

 そこにはニック伯爵と王冠を被り、王様が着ているような赤いマントを羽織っていた老人が対面するように座っていた。恐らく、あの老人が国王だ。

 騎士団長はその老人に一礼した後、発言した。


「国王陛下、サラ・マリー・グリーン様をご案内しました。」

「あぁ、ご苦労だったな。もう下がってよいぞ。」

「はっ!」


 騎士団長はまた一例をした後、部屋を出ていく。


「さて、久しいな。サラよ。」

「はい、国王陛下もお元気そうで何よりです。」

 

 サラはそう言い、一礼する。私はいつも通り彼女の肩に乗っている。


「そう畏まるな。とりあえず、そこへ座れ。」


 国王はサラにある席に座るように顎をしゃくる。その席は、ニック伯爵の隣の席だった。

 彼女は一瞬固まるが、その席へと着席する。ニック伯爵は無反応だった。というか、借りてきた猫のようにおとなしい。


「よし。これで揃ったな。今日集まってもらったのは他でもないニック伯爵邸への襲撃の件についてだ。」


 ですよね~。やっぱり、その件のことよね…。サラもその言葉に動揺を隠しきれない表情をした。


「この件に関してだが、私は概要しか知らん。改めてお前たちから説明してもらいたい。」

「わかりました。では…」


 両者が交互に説明をする。そして…。


「…ふむ。なるほどな、よくわかった。それで、ニック伯爵はサラをどうしたのだ?」

「はい。この人形術師には責任を取って頂きたいと思っております。」

「具体的には?」

「はい。サラ・マリー・グリーンの宮廷魔術師の剥奪、神人形(オートドール)の譲渡でございます。」


 うへぇ…。このおっさんまだ諦めてなかったのか。


「なるほどな。サラはどうだ?何か言いたいことはあるか?」

「はい。ミr…神人形(オートドール)の件ですが、彼女は彼女自身の意思で私の傍にいます。伯爵の元にいることに嫌気をさして、私の元にいるのです。剥奪は構いませんが、譲渡だけは認められません。」


 ニック伯爵が忌々しそうに、サラを睨む。国王は目を閉じて、腕を組み、少しした後、再び開眼する。


「……両者の言い分は分かった。結論から言おう。今回の件、サラの責任を不問とする。サラはニック伯爵に神人形(オートドール)の購入代金の支払い、そして今後、両者間の接触を禁ずる。」

「なっ…!」

「…!」


 話が分かるじゃない、このおじいちゃん。


「な、何故ですか…!?」

「ニックよ、お前は少々癇癪を起しすぎだ。その性格のせいで神人形(オートドール)に拒絶されるのだ。元はと言えば、お前の強引な行動が原因だろう。話し合いで解決していればこんなことにはならなかった。お前はこれを機に反省をしろ。それとも、私の命令が聞けぬと言うのか?」

「い、いえ、そのようなことは……わかりました…。」

「話は終わりだ。ニック伯爵はもう下がれ。」

「………はい。」


 ニック伯爵は席を立ち、一礼した後、部屋を出ていく。


「国王陛下、感謝します。」

「よい、私もお前には幾度も助けられた。これはその礼と思っておけ。それに、困っている人を助けるのは当然のことだろう?」

「…!ありがとうございます!」

「うむ、もう下がっていいぞ。」


 サラは席を立ち、一礼した後、扉の方へ向かう。すると、国王は私に向かってこう言った。


神人形(オートドール)…確かミラと言ったな。サラは根っからの善人で騙されやすく、危なっかしいやつだ。お前が支えてやってくれ。サラを頼むぞ。」

「…はい!」

「うむ、愉快、愉快。」


 そんなことは分かっているわ。

 私は彼女に救われた。感謝してもしきれない。だから、私も彼女の力になれるように支える。


 私は彼女と共に生きていく、そう決意した。


 


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