第06話 誘拐されました。
拝啓。
お父さんお母さん、お元気でしょうか?
そちらの季節は今どうなっていますか?
私は元気です。
異世界に人形として転生してしまいましたが、何とかやって行けそうです。
ただ、私には一つだけ不満があります。
それは…。
あばばばばばばばばばば。
ちょ、体が痺れて動かないんですけど!?
このクソったれ契約魔術はどうにかならないの!?
クソっ…。最近こんな目にばかり遭う。
それもこれもあの変態人形術師のせいだ。
…いや、私の軽率な行動のせいか…。
「ミラちゃん、大丈夫!?」
そう言いながら、変態人形術師は慌てて私の元へと駆け寄ってくる。
大丈夫じゃねーよ。見て分かんねぇのか。お前、目にどんぐりでも詰まってんのか?
今の私、海岸に打ち上げられた魚みたいになってるんだけど。
なんでこうなったかは、話を少し遡ると――。
◇◇◇◇
私たちは今森にいる。
あの変態と契約魔術を交わして数週間が経っただろうか。
何故私たちが森にいるのかというと、あの変態の知り合いの老婆の主人がどうにも最近病気になったらしい。
老婆は主人の病気を治すためにはこの森にある薬草が必要だという。
老婆には当然戦うための力がないので、その森には行けない。体力的な意味でも。
その森には、魔物が潜んでいるからだ。そこで、あの変態に頼ったというわけだ。
私には一切関係ない。けれど、あの変態はそれ快く承諾した。
変態曰く「困っている人を助けるのは当然のこと。」とか抜かしていた。
私は同行を拒否したが、「ミラちゃんも一緒に行こう!」と契約魔術の強制で無理やり連れてこられた。
「ミラちゃんも一緒に探して!」
「嫌ですよ。主1人で頑張ってください。」
「ミラちゃんも探して!」
チクショーーー!
体が言うことを聞かない~。
この契約魔術は本当にクソですね。
支援魔術≪浮遊≫を使って私は目的の薬草を得るために、草の上を浮遊して探していると突然何かに咥えられた。
黒い狼のような魔物に咥えられたらしい。いや、ちょっと待って。
このままだと私食べられるんじゃないの?
人形っておいしいか?いや、味の問題ではないのかもしれない。
私には魔力がある。それも周りが言うには私は魔力量が多いらしい。
魔力目的で襲っているのかもしれない。魔力を得るために。
魔力目的じゃなかったとしても、玩具として利用されるのかもしれない。
猫が猫じゃらしで遊ぶ感覚のような。
とりあえず、この魔物に魔術ぶち込むかと考えていると…。
「ミラちゃん、どこ~?」
変態の声が聞こえてくる。
魔物の耳がピクッと反応する。その瞬間、魔物は疾走する。
え?ちょ、今そんなに距離を取ったら…。
あばばばばばばばばばば。
突然私の体は痺れに襲われる。
体が動かない。契約魔術の一定の距離以上から離れてしまったからか。
体が痺れているせいで、魔術が使えない。
あの変態が声かけなければ、今頃魔術を使って脱出できたのに…。
あぁぁぁぁぁ…。
そんなことがあって、現在に至る。
「ミラちゃん、大丈夫?」
「大丈夫じゃないです。主のせいで死にかけました。」
「えぇ!?ごめんね…。」
あの後、変態に助け出された。
あ、ミラミラとさっきから呼ばれているけど、私はこの変態によって勝手に名前をつけられた。
ただの名づけではない。魔術的な名づけだ。
契約魔術≪命名≫と呼ばれる魔術だ。この魔術は、名前のない生き物に対して使うことができる。
この契約魔術によって名付けられた存在は、名付け親との繋がりができる。簡単に言ってしまば、名付け親は名付けた存在がどこにいるのかをいつでも把握することができる。
忌々しいことだけど、今回はこの契約魔術のおかげで助かったわ。位置が分かるから離れていても安心ね。
………。
ってそうじゃない!!
そもそも、あの変態が声をかけなければ脱出できていたのだ。それどころか契約魔術≪主従≫がなければ、体が痺れて動けないなんてことはないのよ。
一体どうしてこうなった?誰のせいよ。
感情的になって、詐欺師の男を追い回そうとしたのは誰?
そう、私だ…。
追い回すことのリスクを考えずに軽率な行動をして、一度ならず何度も詐欺師の男を追い回した挙句、痛い目を見たのは誰?
そう、私だ。
全部私のせいだぁ――――――!!
あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ…。
私は頭を抱えてうずくまる。
過去に戻れるのだとしたら、私は迷わず過去の自分をぶん殴ってでも止めていただろう。
それぐらい後悔していた。
あ、何か変態が言ってる。
「ミラちゃん、危ない!後ろ!」
あの変態が困惑した顔で杖を構えながら言った。
え?後ろ?
何言っているのよ。後ろに何があるのよ。
そう思い、私は後ろを振り返って確認する。
私の視界が暗闇に覆われた。
◇◇◇◇
うぐっ…ふぐっ…ううっ…。
酷い目に遭った。どうして最近酷い目にばかり遭うのか?
納得いかないわ。
泣きたい。ていうか、もう泣いている。
この体汗とかはでないのに、涙は出てくるのだ。
あの後、ヘドロみたいな魔物に食われかけた。そのせいで、服も体も泥まみれである。
あの変態が水流魔術で洗い流してくれたおかげで泥は落ちた。濡れた服も体も風嵐魔術で乾かした。
魔術って便利ね。日常生活でも活用できそうだ。
さっきから水流魔術やら風嵐魔術とか言っているけど、この世界の魔術は11種類存在する。
光聖魔術、闇蝕魔術、氷結魔術、火炎魔術、雷電魔術、風嵐魔術、水流魔術、地動魔術、傀儡魔術、支援魔術、契約魔術が存在する。
結構数が多いわね。
名前でなんとなく分かると思うけど、光聖魔術はゲームで言うなら光の魔術、闇蝕魔術は闇の魔術、氷結魔術は氷の魔術、火炎魔術は火の魔術、雷電魔術は電気の魔術、風嵐魔術は風の魔術、水流魔術は水の魔術、地動魔術は大地の魔術、傀儡魔術は傀儡を召喚する魔術、支援魔術は非攻撃型の魔術、契約魔術は制約をする魔術ね。
支援魔術は幅広い。透明になれる≪透過≫や≪浮遊≫、≪回復≫などの術者をサポートする魔術だ。
魔術には4つの段階が存在する。
下級、中級、上級、超級だ。段階が進むにつれて、魔術の範囲や威力が変化していく。つまり、超級に近づけば近づくほど魔術の威力と範囲が増す。
といっても、超級に近づくほどそれ相応の魔力を消費しなければならない。超級の魔術をポンポン打てる魔術師はそうそういないらしい。
あの変態人形術師、サラ・マリー・グリーンはエルフとダークエルフのハーフらしい。だから、耳が長いのね。
中級までの魔術を行使することができるみたいだ。
何故中級までしか修めていないのか?それは、この国では、中級までの魔術しか教えられないかららしい。
上級から先はこのアリアゴール王国では教えられる魔術師がいないらしい。この国自体そこまで大きい国ではない。魔術に特化した国ではなく、人形の名産国として知れ渡っているみたいだ。
ライゼフ魔導国という国であれば、超級の魔術まで教えられる魔術学院があるらしい。まぁ、中級の魔術でも充分強力だから必要ないけど。
あの変態は11種類の魔術の中級まで使うことができる。普通、魔術師というのは偏りが生じるらしい。
例えば、火炎魔術と支援魔術しか使えない魔術師、光聖魔術と闇蝕魔術、地動魔術しか使えない魔術師などなど。
11種類全ての魔術を使える魔術師はそうそういないみたいだ。
なるほど、通りで強いわけだわ。そりゃ、勝てるわけないわよね。
この女はこの国の国王にその実力を買われて、宮廷魔術師をやっているそうだ。といっても、変態曰く名ばかりだそうだが。
宮廷魔術師の癖に、雑用みたいなことばかりしてるのよね。冒険者みたいなことをしたかと思えば、警察みたいなことをしたり、町で知り合った見知らぬ人を助けたりなど…。
普通、宮廷魔術師と言ったら、宮廷にいて国王の子孫に魔術を教えたりするものじゃない?
そのことを指摘してみたら理由が判明した。
どうやらこの変態、魔術を扱える才能はあるけれどそれを人に教えられる程の技量がないらしい。
試しに魔術ついて教えを請いたら…。
「火炎魔術はね?こう、ぶわっ~って出すのよ!術式はこんな感じ!」
小学生かな?
語彙力がなさすぎる…。
確かにこれは教師としては使い物にならないわね。
私たちは今、繁華街にいる。私はいつも通りこの変態の肩に乗っている。
この変態の買い物に付き合わされている。
拒否しても契約魔術で強制されるため、諦めて同行した。それにしても、この国は至る所で人形を目撃する。
人形の名産国と呼ばれているだけのことはある。そのため、人の肩に人形が乗っていても通行人は誰も気にも留めない。
人形を至る所で見るからこそ、違和感がないのね。
そんなことを考えていると―――。
「あ、痛い!持病の激痛が!」
そう言って蹲る男が目の前にいた。
「だ、大丈夫ですか!?」
変態が心配そうにその男の前に駆け寄る。
「うぅ…痛い。そこの御仁。実は私は貧乏でして、病気を治療するお金がないんです…。恵んでもらえませんか?」
明らかに詐欺じゃねーか。ムカつくな。
どう見ても、貧乏そうではなかった。服装自体は裕福そうに見えないが、貧乏そうにも見えなかった。
貧乏であるならばもっと服装はボロボロだもの。それにこいつの顔、額に汗1つすらかいていない。
激痛があるのならば、汗1つかかないなんてありえない。
こんなのに騙されるやつなんているわけが――――。
「え、えぇ!?それは大変ですね。私で良ければ、お金渡しますよ!」
いたわ、こ こ に。嘘でしょ?
こいつこんなにちょろいのか。今までよく生きてこれたな。
「ふぇ?」
変な声が出た。何かが私の体を掴んだのだ。
自分の体を見てみる。どうやら、後ろから誰かの手で鷲掴みされたらしい。
視界が一瞬歪む。一瞬、何が起きたか理解できなかった。
視界に移る街並みが過ぎ去っていく。その出来事に理解が追いつく。
誰かが私を持って走っているのだ。それも高速で。これは支援魔術だろうか?
え?ちょ、待って?誰が私を持ち出したの?
チラリと見てみたが、誰だか分らなかった。知らない男だった。
え?これってまさか…誘拐?
あ、やばい。契約魔術のせいで一定の距離以上を離れると…。
あばばばばばばばばばば。
またこの体が痺れる感覚だ。最悪だわ。
誘拐犯をボコるのなんて造作もないことのはずなんだけど、今は契約魔術のせいで体が動かず魔術が使えない。おまけに喋れない。
変態はまだ気づいていない。距離がどんどん離されていく。
あ、あ~。誘拐される~。体が動かない~誰か~…。
目の前が真っ暗になる。どうやら、袋に入れられたらしい。
あークソ。本当に最近こんなことばかり起こる。
はぁ…。
私は何者かによって誘拐された。
「あれ?ミラちゃん?」
少女はそう言い困惑しながら周りを見渡す。
本来なら肩に乗っているはずの愛くるしい人形がいなかったのだ。
契約魔術で距離制限がある以上遠くには行けない。そのはずなのにどこにもいなかった。
少女は、状況が理解できないまま途方に暮れる。