永禄八年・秋
万が築山御殿へ奉公に上がって、はや数ヶ月。
十六歳の侍女が女主人へ向ける敬慕の念は、ますます強くなる。
胸中の炎に万はいつしか慣れ親しみ、埋み火へと転じさせるすべを覚えた。しかし熱量は衰えること知らず、上がる一方。
少女を前へ前へと駆り立ててやまない、正体不明の欲求。万はその衝動を『仕え人としての、主への忠節』と信じ込んでいる。
〝違う何かではないのか?〟──疑って、己が心底を覗くのは怖い。
改めて確かめる必要など、あるはずも無い。……そう。あるはずも、無い。
万は自分を説き伏せる。
そんなことより。
御前への献身で、他の侍女たちには負けたくない。
御髪上げは勿論のこと、万はとうとう、お湯殿の世話役まで買ってでた。
「こなたに、はした女のような仕事をさせるのは……」
万の申し出を受け、御前は初め、躊躇した。
御前の優しさ、心遣いが嬉しい。
女主人の背を流す行為は、万にとってはむしろ褒美に等しいのに。
築山御殿の湯殿には、当時として珍しく浴槽が置いてあった。
浴室に濛々と立ちこめる湯気の中、万は御前の豊麗な身体へ湯をかける。熱水をはじく御前の肌は、ニ人の子を生んだとは思えないほどの瑞々しさだ。
万の眼前にある、築山御前の黒い髪と白い肌。それはあたかも、黒い大蛇と白い大蛇が絡み合い、うねり合っているかの如き、妖しい光景。
眩しい。
御前の肌を滑り落ちる水滴が、輝いている。真珠のように。無限に生まれ、刹那に消えていく小さな宝玉──
万の頭はクラクラし、動悸が激しくなる。感情が、切迫する。
(なんだか身体が熱い)
浴室内の高温、そして湿気に当てられてしまったに違いない。もっと、奥方様への奉仕に集中しなければ。──誰よりも忠義一途な侍女は、そう自分に言い聞かせつつ、主人の裸体へ怖ず怖ずと手を伸ばした。