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「このじいさまは秀吉!」

前作「おれは鶴松、江戸城を攻撃する」と「豊臣秀矩は行く」を書き直しました。



「なに、この者を家来にと?」


 じいさま、いや父上は目を見開いた。大坂城の一室である。

 おれと父上の前に座る小西行長三四歳、この時代ではすでに初老。戸惑ったような顔で秀吉の顔を見つめ、成り行きを見守っている。

 おれは……、三歳。

 周りからは若様とか若君とか呼ばれている鶴松だが、中身は二十歳の現代人でフリーターだ。かねてよりの計画を実行に移すべく、登城した行長に声を掛け、無理やりじいさまの前に連れて来たのだった。



 史実で鶴松は天正十七年五月、豊臣秀吉の嫡男として生まれ。長寿を祈って「棄」と名付けた後、「鶴松」と改名された。

 当時は単に若君などと呼ばれていたようだ。

 しかし病弱な鶴松は三歳で亡くなり、五三歳というあの時代としては高齢な秀吉の落胆はそうとう大きかった、となるはずだったのだが……



 事の始まりを話すと、ある日おれはネットオークションで古いパソコンを手に入れた。かなり汚れていたけど、どうせおもちゃにしていじり潰すつもりだ、関係ない。試しに電源を入れて、何気なく鶴松と打ち込んだらその直後、転生してしまったのだ。

 エンターキーを押して、めちゃくちゃ遅いじゃないかとモニターを見つめていた時、


 ――あれっ――


 部屋の壁が回るようにゆがむ不思議な感覚、それが異次元へ旅立つ始まりだった。

 軽くめまいがしたような感じで気が付く。


 ――なんだ、このかったるさは――


 やけに身体が重い、それに、テーブルの前で椅子に腰かけパソコンに向かっていたはずのおれが、布団の中に居るではないか!

 まさか、病院?

 だったら白衣のナースは……。

 そっと周囲を見ると、神妙な顔をしてうつ向き、取り囲んでいる連中がいる。おれの部屋でもないし、病院にしても変だ。なぜか全員が和服を着ている。

 それにしても布団の重さなのか、ただひたすらに身体が重い。やっぱり気を失って、知らぬ間に病気にでもなったのか。

 いや、いきなり病気なんてことは無いはずだ。自慢じゃないが、おれはこれまで病院と言えば歯医者くらいしか掛かってない。それにここは明らかに畳の部屋だ。

 ついにいらいらしてきた。


「くそっ!」


 と膝を曲げ、思いっきり掛け布団を蹴り上げた。


「ああ、軽くなった!」


 それを眼にした、周囲を取り巻く者たちの驚くまいことか。


「おお!」

「若君!」

「若様が目を覚まされましたぞ!」

「なんと、回復なされた」


 もうとんでもない騒動になった。

 そして血相を変えてすっ飛んできたのが、得体のしれないじいさまだった。


「おう、おう、おう!」

「ちょっと、やめてくれ」


 こんなじいさまに抱きつかれるのはあまりぞっとしない。

 さらにはなんとキスをし始める――


「くそ」


 思いっきり突き放そうとしたが、なぜか力が出ない。

 だが、じいさまともみ合っている内に自分の手足を見て、否が応でも事情が呑み込めてきた。

 これは!

 二十歳にもなるおれの身体が、幼児になっちまっているではないか。

 しかし、なんなんだこのじいさまの剛腕は!

 ついに皆の見ている前でおもちゃにされてしまった……



 それにしてもこのでかい建物は一体何だ。まるで国宝級のふすまといい、高級そうな調度品の数々。豪壮で由緒正しい寺の内部のようではないか。さらにじいさまにかしずく者どものなんと多い事か。このじいさまは教祖なのかそれとも独裁者なのか。


 おれを軽々と抱いたじいさまが長い廊下をずんずんと歩いて、広間に入る。するとそこに居並ぶ者達が一斉に平伏する圧巻の光景を目の当たりにした。

 ここに至っておれの頭の中はフル回転した。ひょっとして、これはまさかの転生?

 しかもこのめちゃくちゃ古い、時代がかった感じの内装とここに居る連中の仕草。この時代は、やはり。散々考えた末、最後に脳裏の片隅に沸き上がって来た仮説。


「このじいさまは秀吉!」

「ん、何か申したか?」


 じいさまが秀吉という言葉に反応して、おれを見た。

 間違いない、ついにこのじいさまは秀吉であるとおれは理解した。という事は、この状況だと……。病床から奇跡の復活を遂げたおれは、なんと鶴松に転生してしまったんだ!


「そうか、転生とはこのことか。まさか自分の身に起こるとはな」

「何をぶつぶつ言っておる。ほれ、いずれそなたの家臣となる者達じゃぞ」


 秀吉はおれを床に下ろし、前に押し出した。そこにずらっと並んで居住まいを正し、腰に脇差を差して座る侍たち。現代人のやわな顔つきとは違う、なんと眼光鋭い者共ではないか!

 

 ――わわわ、えらいこっちゃ――


 これは転生だ、転生だ、転生しちまったんだ!

 だが、こうなったらもうやってやるっきゃない。

 ここは勝負だ、負けてなるもんか!

 戦国時代で、秀吉が居て、この建物が大阪城だとすれば、次に出てくるおれの好きな武将の名は真田幸村だ。

 歴史好きなおれが千載一遇のチャンスに恵まれたんじゃないか。

 とっさに腹をくくったおれは、数歩前に出ると、皆の視線を跳ね返すように声を張り上げた。


「幸村はおるか」


 一瞬しんとなった広間は、やがてざわざわとし出した。三歳児鶴松の口から、皆が思ってもいない言葉が出たのだ。

 するとすぐ前に居た武士が声を出した。


「幸村殿は今ここにはおられませんが、何か御用でも御有りなのでしょうか?」

「そなたの名は何と言う?」


 おれは上から目線で声を出した。


「小西行長と申します」


 その侍は幼児鶴松を前に、かしこまって答えた。


「おう、そなたが行長殿か」

「あ、はい」

「今は特に用は無いのだがな……」


 この突然の信じがたい会話に、広間のざわつきは一層強まった。

 振り返ると秀吉が目をぎょろつかせておれを見ている。

 今日の処はここまでにしておこう。おれは元の位置に戻った。秀吉も皆と同じで、口を開けたり閉めたり、言葉に詰まっていた。



 暫くしてやっとじいさまから解放されると、着物だから目立たないが、今度は豊満な中年女性にバトンタッチされた。

 この方はひょっとして淀殿では。

 だがそんなことはどうでもいい。じいさまの連続キスから解放されただけでもありがたい。

 そして秀吉が小田原征伐から奥羽仕置と忙しくしている間、おれは淀殿と大阪城に居た。おじんの父上と違い母上はきれいな方だった。

 三歳のおれがどんないい思いをしたか、ここで深くは触れないでおこう。



 いずれにせよ、おれはこの時代に鶴松、幼名は棄として生きていくしかないのか、そう考えて始めていた時だった。

 昼間だから夢では無いが、白日夢でもない。おれの前に一人の女性が現れた。いや現れたのだと思う。そこがはっきりしないのだが、その女性がおれに話しかけて来た。


「びっくりした?」

「えっ」

「ごめんね、驚いたでしょう」


 思わず周囲を見回す。

 たまたまその時はおれ一人だったが、


「あ、の……」


 その女性は洋服らしいものを着ているのだが、夢でも見ているようだ。何度も言うが、女性がそこに居るような居ないような、何しろはっきりしないのだ。


「私の名はトキ、本当は二人なんだけど」

「…………」

「たぶんあなたは混乱すると思うから、今は一人だけで話をするわね」


 おれの頭がおかしくなった訳はない。女性ははっきりした口調で話しかけて来る。


「ちょっとした暇つぶしで、あなたを転生させてしまったの」

「はあ!」


 どうもこの女性は超人的なというか、人知を超えた存在らしいことが分かってきた。現におれがこの世界で秀吉と一緒に居ること自体が、それを証明しているんだ。この女性がおれを戦国時代に転生させてしまったという事を、信じるしかない。それにしても暇つぶしとは……

 少し落ち着いたおれは一番肝心なことを聞いてみた。


「あの、トキさん」

「トキと呼んでいいわ」

「じゃあトキ」

「なあに」


 ――やけに色っぽいな――


「……あ……の」

「何でも聞いてくれていいわよ」

「えーと、おれは元の時代に戻れるんだろうか?」

「もちろんよって言ってもいいんだけど、厳密には……」

「え?」


 この微妙に空いた間が意味深なんだが、それが分かるのはまだ先になる。


「いえ、戻れるわよ」


 若干取り繕った素振りが微妙な感じで気になったが、


「そうか、よかった」

「今すぐ帰りたいの?」

「……ちょっと待って」


 じゃあ帰るのかと聞かれて躊躇した。歴史好きで信長の野望とか太閤立志伝とか、シミュレーションなんかやりまくったおれだよ。たった今ものすごく刺激的な経験をしているんだ。しかも秀吉の嫡男に転生なんて、こんな結構な話はちょっとないではないか。


「あの、もう少しこの時代に居てもいいかな?」

「あなたの好きなだけ居ていいのよ」

「そうか、じゃあもう少し――」

「鶴松!」


 やばい、じいさまが来た!


「トキ、今度話したい時はどうしたらっ――」


 って消えてしまった。いや、おれの脳裏から消えて行ってしまったという感じだ。

 という訳で、おれはこの時代に鶴松として生きて行くことを決意した。

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