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ぼくは勇者だよ

作者: 柿太郎

「よしお君、きみは勇者じゃよ」

 目の前のおじいさんがぼくにそう話しかけてきた。

「世界を救って欲しいんじゃ。いいかのう?」

 ぼくもちょっと不安だったんだけど勇者になってみたいとは昔から思ってみたし、ゲームとか結構得意な方だからいけるかなって思って二つ返事で答えたんだ。

「いいよ。任せてよ!」

 そこからの話は早かった。

 鉄の剣だけ渡されて街の外まで連れてこられたんだ。

 街は3メートルくらいの高さの壁で囲まれていて、壁の上には弓を持った人達が外を見張っていた。

 ぼくが壁の外に出ると大きな門が閉められて、もう戻ることはできなくなってしまったんだ。

 でも不安なんてなかった。

 ぼくは勇者だからね。

 初めて手にした鉄の剣はすごい重くて振り回すだけで、そこらに生えてる雑草をスパスパ切ることができたんだ。剣を持っているというだけで強くなった気がしていた。

「しかし世界を救ってくれといっても何すればいいんだろう?」

 ぼくは悩んだ。

 ゲームなら魔王でも倒しに行くんだろうけど、それならどこに行けばいいのかなってね。

「とにかくレベル上げしないとダメかな。モンスター倒してレベル上げよう!えいえいおー!」

 街の外は平原になっていて、門から道が(道といっても草が生えていないだけのではあるが)続いていた。

「つぎの街まで続いているのかな?」

 ぼくは道なりに進みながら、雑魚モンスターを倒すことにした。

 街から遠ざかるほどに草木が茂り視界は悪くなった。

 見渡しが悪い場所で、道の脇の雑草がガサガサと音を立てたから、ぼくは剣を抜いて音のする場所を注意したんだ。

 草陰から大きなネズミが現れた。

 その姿を見て背筋がぞっとしたよ。こんな大きい相手に勝てるのかなって思って。

 なにせ象くらいの大きさのネズミだから……小さいハムスターなら可愛いけどそれが大きくなると可愛さは失われていたんだ。


「来るなら来い!僕は勇者だぞ!」


 声を上げて威嚇した。

 剣もいつでも振り下ろせるように頭の上に準備してね。

 ドクンドクンと自分の心臓が脈打っている音だけが気になっていた。

 ネズミは、ぼくに気が付くとゆっくりと近づいてきた。

 巨大な黒い毛の塊が近づいてきても、まだぼくは動かなかった。

 鼻先がぼくの胸にぶつかる。

 近くで見るねずみの毛の中にたくさんの蠢く小さな目玉があった。

 それらがこちらを見て「プチュー。プチュー」と鳴いているのを見て、ぼくは反射的に剣を振り下ろした。


「ぴぎいいいいいいいいいいいいいいい」


 剣はネズミの頭に刺さった。

 刺さったんだけどネズミが奇声を発しながら走り出したものだから、ぼくは刺さったままの剣に引っ張られる形でネズミの上に乗ってしまい下りられなくなってしまったんだ。

 ぼくは爆走するネズミから振り落とされないようにしがみついていることしかできなかった。

 ネズミが止まったのは森の中だった。

 周りには見たこともないような巨大な木々が生えていて道らしい道はなくなっていた。

「元の道はどっちだろう?」

 ぼくはどこから来たのかわからなくなってしまったんだ。

 ネズミは死んでいた。

 頭に剣が刺さったまま走り回ったせいで、脳が潰れてしまったんだと思う。

 レベルが上がったのかな?

 なんだか少しだけ強くなったような気がした。

 こんな大きい生き物はパパだって倒せないぞ!ぼくは勇者だからできたけどね。えっへん。

 ぼくは行くあてもないから森の中を適当に歩き回ることにした。




 一日目

 森を彷徨うが進展はない。

 獣道でも見つけれればいいがそれもなかった。

 空腹からネズミの死体を食べた。

 毛の中にあった目玉は巨大なノミのようだった。

 肉を切り取る際に近くのノミは剣で潰した。


 二日目

 森を彷徨う。

 ネズミの死体を中心に周囲を探索しているが進展なし。

 のどが渇くと近くの草の茎を斬って汁を吸い出すように飲んだ。

 巨大な草だから十分な水分が取れる。

 森には巨大な生き物が闊歩しているようだ。地震のような振動が続くと思ったら巨大な生物の歩くことで起こる揺れなのだということがわかった。


 三日目

 ネズミが腐り始め嫌な臭いがし始める。

 なるべく中心のまだ食べれそうな肉だけを削いで食べる。

 生のまま食べている。

 火を起こす道具は持ち合わせていないしそんな知識もなかった。仕方がない。

 ネズミが腐り始めたことから行動範囲を変えることを考える。

 一先ず北に進もう。

 木の根元に生えている苔の位置で方角が分かる。


 四日目

 北に進む。

 南半球なら南か?

 食事は草の柔らかい部分だけ食べて飢えをしのぐ。

 周りにはただ森が続くだけだが、道らしいものがないせいで、いちいち藪を剣で切り開いて道を広げないと進めない。

 ここはどこだ?

 いや初めからどこかわからないか……。


 五日目

 たまに木々が潰された広い場所がある。

 潰れた生き物がいたので、剣で肉を切り食べた。

 この場所が足跡だとわかるのはすぐ後だった。

 地震の揺れが続き恐ろしい速さで通り過ぎていく巨大な影……。

 この生き物が通った跡か……。

 その日は木の下でおとなしくしていた。




 ぼくはもう何日も同じ場所をくるくる回っている気持ちになっていた。

 ボーイスカウトに入っておけばよかったと思ったよ。

 ママに入らないかって聞かれた時も面倒くさいからって断ったんだけど、今となっては少し後悔してるかな……少しだけだけどね。

 夜になると空は満天の星空で天の川が見えた。

「きれいだなー。カメラでもあれば撮っておきたかったよ」

 都会では見ることのできない星空になんだか心が洗われる気がしたんだ。

 森の中はいろいろな動物がいた。

 ぼくも生きるためには戦わないといけない。

 ネズミを倒したからレベルは3くらい上がっていると思うし大抵の相手には勝てると思うけど、やっぱり戦う時は緊張した。

 大きな蜘蛛がこちらに向かってきたんだ。

 大型犬くらいの大きさで、足音を立てないで近づいてくるから初めはわからなかったよ。

 気づけたのは偶然かな。

 いや勇者の直感かも知れない。

 蜘蛛はぼくに糸を飛ばしてきたんだ。

 ピューって体に向かって飛ばしてきた糸をぼくは剣で受け止めた。

 糸は剣にくっついて取れなかったけどどうせ近づかなきゃいけないから関係なかった。

 ぼくは走って蜘蛛に近づいて、その胴体に剣を突き刺したんだ。

 レベルは2くらいは上がったんじゃないかと思った。

 ネズミの時はなんだか実感がなかったんだけど、生き物を殺してしまったという罪悪感と興奮がぼくの中に広がったんだ。



 10日目

 頭がかゆい。

 体もだ。

 何日も洗っていないから仕方がない。

 夜になると見える星空がここが別の世界だと叩きつけてくる。

 月が存在しないのだ。

 流れ星がやたらと見える。常に流れている状態だ。


 十一日目

 蜘蛛を殺した。

 腹の肉はエビの味がした。

 ここまで生肉を食べていても腹を崩すことはないが新鮮な肉だからなのかどうなのか……。

 森から出る方法がわからない。

 北に何もなければもうどうしようもないだろう。


 十五日目

 恐れていた事態が発生した。

 剣が折れたのだ。

 根元からぽきりと折れた。

 薮を刈っている際に折れてすっ飛んで行った。探しても見つからない。

 なにか道具を作らなければ道を進むのも難しくなるだろう……。


 十六日目

 木の枝を削って槍のようなものを作った。

 それくらいしか作れない。

 薮を進むことは困難になるだろう。

 これからは進みやすい道を探すしかないが、そんな道がないことが問題だった。

 石を砕いてナイフにできればいいが、耐久性はないだろう……。

 蜘蛛の死体を食べる。肉に蠢く蛆虫が邪魔だ。火が欲しい。


 二十日目

 巨大な川にたどり着いた。

 向こう岸までどのくらいあるのか500メートルはあるんじゃないだろうか。

 海に近いかと思い水を掬って飲んでみるが塩分は感じられない。

 濁流だった。

 汚い泥水だ。

 川の中にも巨大な生き物がいるのだろう。

 渡るのは無理そうだ。



 ぼくは川に沿って進んでいた。

 川の近くなら集落でもあると思ったんだ。

 やっぱり道なんてなくて、川岸も歩きにくかったから森の中を進んだ。

 森からでも川は見えるからね。

 飲み水が簡単に手に入るようになったのは助かったよ。

 今までは水溜りとか探してどうにかしてたから手間が省けたのは大きいね。

 歩いているとカニの大群を見つけた。

 巨大なカニが至る所にいる。

 テレビで見たことのある産卵の季節ってやつかも知れない。

 周囲の木々の上にも草陰にも見渡す限りすべての場所にカニがいてどこかを目指して歩いている。

 川から出てきて森を目指しているのかな?

 ぼくは木の陰に隠れてカニがいなくなるのを待つことにした。

 たまに近づいてくるカニがいてもぼくが作った自作の槍でどうにか撃退したんだ!

 もう修羅場をいくつも潜ったぼくならどんな怪物だって怖くないぞ!えっへん。



 二十五日目

 地獄のような光景だった。

 周囲を蟹の化物に囲まれたのだ。

 下手に進めば確実に殺される。

 蟹同士がぶつかるたびにお互いのハサミで攻撃し合っている。

 でかいハサミは当然のように細い木々をへし折ってしまう力があった。

 蟹同士がぶつかるたびに、腕やらなんやらハサミでちぎりあい、それらが地面にばらまかれ嫌な臭いを漂わせていた。

 こちらにこないことだけを願った。


 二十六日目

 蟹は一向にいなくならない。

 むしろ増えていた。

 今日も動くことはできないだろう。

 木の槍では蟹の甲殻を貫くことはできそうにない。

 祈るしかなかった。


 二十八日目

 ようやく蟹がまばらになった。

 なるべくこの場所から離れたほうがいいだろう。

 川からも離れたほうがマシかもしれない。


 三十日目

 森の中を歩いている。

 今日も何も見つかっていない。

 川沿いに進めば集落でもあるかと思ってはいたが……。

 果たして集落があったところで何の意味があるのか。

 初めにいた街の文化のレベルも低そうだった。

 こんな世界じゃ発展のしようもないだろうが……。

 街があったとしても何かあればすぐに壊滅するレベルのものだろう。


 五十日目

 薮を進むたびに服は破れてしまう。

 今や破れまくったジーパンがかろうじて形を保っているだけとなった。

 服はもう存在すらしない。

 肌は黒くなり分厚くなっているようだ。

 藪の中を突き進んでいても体に傷はつかなくなっていた。

 裸足で歩いていても足の裏が固くなり痛みを感じ無い。



 ぼくは遺跡を見つけた。

 森の中にある人口の遺跡を見つけたときは感動したよ。

 きっとコロンブスが新大陸を見つけた時もこんな感動だったんじゃないかな?

 入口は直ぐにわかった。

 中に入ると一人の現地人がいた。

「ぼくは勇者だよ。君は誰かな?」

 ぼくは気さくに話しかけた。コミュニケーション能力の高さでは学校で一番だと思っているよ。

 現地人はじろりとぼくを見るとため息をついた。

「何が勇者だ。馬鹿馬鹿しい。お前も大方別の世界に行きたいと思った口だろう?」

 なんの話だろう?ぼくにはよくわからなかった。

「この世界にはよく地球から人が送り込まれるらしい。らしいといっても俺があったのはお前で5人目だがな。どいつもこいつも別の世界に行きたいと願ったら、ここにいたとぬかしやがる。1人は普通にそこいらの生き物に殺され、3人は自殺した。お前はどうしたい?この世界、どこに行っても誰もいないぞ」

「ぼくは勇者だから世界を救うよ!」

 ぼくがそう言うとおじさんは変な顔をした。

「頭がいかれてるのか……?まあ、好きにするがいいさ。どうせ最後は……」

「とりあえず魔王を探さないとね!どこに行けばいいのかおじさんわかるかな?」

「知るかよそんなこと……」

「知らないかー。頑張って探すしかないね。がんばるぞー、えいえいおー」

「……」

 ぼくは遺跡を出て次は東を目指すことにした。

 東に行くには木の苔が生えているのが北だから、北の左の方に行けばいいのかな?

 頑張って世界を救わないと、ぼくは使命感に燃えていた。



 六十日目

 遺跡を見つけた。

 中には老人が一人。

 老人は自分もこの世界に送り込まれたとほざきやがった。

 そういう存在はよくいるのだという。

「森に剣がやたら落ちていると思わなかったか?」

 そう聞かれたが、そんなものは知らなかった。

「それじゃあ誰か拾い集めた奴がいるのかもしれんな……」

 そんなことは知らない。


 六十一日目

 老人と話す。

「送り込まれては死んでいく。誰も彼も……。来てすぐに殺される方がましじゃろうな。お前さんも気づいているだろうがこの世界に来てだんだんと体が頑丈になってきてはいないか?こんなにも自分は動けたんだろうかと思ったことはないか?ふん。そうじゃろう。お前さんの体は変化してきておるんじゃ。このまま進めばやがて自殺さえできなくなるほど強靭な体になる。何も食べなくても飢えることすらなくなってしまうんじゃ。それが幸せかというと……」


 六十二日目

「目的などないよ。何度も言うようじゃが目的など存在せん。わしは世界中見て回った。居もしない敵の親玉を探してな。最後に残るのはこの死なない体だけじゃった。どこにも何もないんじゃ。そこいらにいる化け物たちにも何の意味もない。殺しても殺しても虚空から湧き出てくる。化け物どもの胃や腸の中身はもう確認したか?ふん。奴らは何も食わん。食った形跡がないんじゃ。それでいてどこかに閉じ込めておくと餓死する。わしらがどこかに行くと虚空から現れるだけの生物じゃ。同じ場所を歩いたことはあるか?毎回同じように同じ場所で同じ化け物どもが湧き出てくる……意味などないんじゃ全てにな……」


 六十三日目

「死ぬ方法を探している。確実に死ぬ方法を……」

 老人の会話はいつもこの言葉で終わった。

 どうするかな。

 この老人の言葉を信じることができるのかどうか……。

 夜になると俺は眠る老人の胸に槍を突き刺した。

 槍はへし折れ、老人の胸には傷ひとつなかった。

 それどころか俺がしたことに無反応のまま、いびきをかき続けている。

 どうするかな……。

 早めに答えを出さないといけないことだけはわかった。



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