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カエル池の出来事

 いつも決まった時間に決まった場所で店を開くケータリングカーがあり、その店では美味いエスプレッソを飲むことが出来るというので評判だった。備え付けられたラジオから流れる音楽と辺りに漂うコーヒーの香りに誘われるかのように、一人の客が店を訪れていた。

 客は若い青年だった。真っ黒なコートに身を包み、店主に渡された紙コップを大事そうに受け取ると、一口飲んで愛想良く話しかけてきた。

「さすが評判のお店だね。おじさんはこの辺りで店を始めてから長いのかい?」

「そうだね。もう十年くらい前からになるかな。その間にこの辺も随分変わったけれどね。」

 懐かしそうに店主が語る。

「昔はここから少し行ったところに池があってね。この季節になるとよく近所の子供たちがスケートをして遊んでいたものさ。」

「へえ、そうなんだ。こんな街中に池があったなんて、信じられないね。」

「みんなそう言うよ。だけど、スケート遊びをしていた少年達が池に落ちる事故が起きてね。氷の一部が融けて割れやすくなっていたんだろうけど、それが原因で池は埋め立てられてしまったよ。」

 そう言うと店主は、青年にその当時の話を聞かせるのだった。



 カエル池には、今年も例年と同じように厚い氷が張っていた。

「ロイ。君は知っているかい?この池に住む女の幽霊の話。」

 そう言って口を開いたのはジョーと呼ばれている少年だった。

「そんな話聞いた事がないよ。またいつもの出任せだろ?なぁ、みんな。」

「なんだ、ロイ。君は知らないのか?そうか・・・。まあ、そんな話は知らない方が良いさ。」

 そう言って、強引にこの話題を終わらせようとしたのはチョロと呼ばれている少年だった。その口ぶりからすると、チョロはこの池に住む女の幽霊について何か知っているようだった。

「そうだね。あれは相当怖い話だから、弱虫なロイは知らなくて良かったと思うよ。その話を聞いたらきっと、夜一人でトイレに行けなくなるからね。」

 ハカセと呼ばれている少年がそう付け加える。

 そうしたやり取りは短時間の内に行われたのだが、それと気付いた他の少年達は、誰もがみんなその話を知っているような素振りをし始めた。中には秘密を知らないでいるロイの事を憐れむように眺める少年や、自分が秘密を共有している立場にある事を誇らしげに示す少年もいた。

「そうだね。あれは恐ろしい話さ。まったく君は知らなくて幸せだよ、ロイ。」

「僕なんか、夜一人でいる時に限って思い出してしまうんだ。あんな話なんて聞くんじゃなかったって後悔する事もあるくらいさ。」

 少年達の間にそうした空気が浸透し始めた頃、ジョーが突然こんな事を言い始めた。

「ロイ、悪かったな。さっきの話は聞かなかった事にしておいてくれ。」

「何だよ、それ。自分から切り出しておいて、急にやめるなんて卑怯じゃないか。みんなだって本当はそんな話、知らないんだろ?」

 ロイはジョーに向かってというよりも、周りにいる少年達に問い質すようにそう言った。誰か自分の味方をしてくれないか辺りを見渡すのだが、誰もがこの成り行きを面白そうに眺めているだけだった。

「これは秘密の話なんだ。誰にでも簡単に話せる内容じゃない。余計な事を口にしたばっかりに幽霊の機嫌を損ねでもして、ジョーに災いが降りかかったらどうするんだい?」

 チョロが知った風な口を聞いてジョーの肩を持つ。

「僕も偶然に知った話だから、君が知らなくても恥ずかしい事じゃない。まあ、そんなに気を落とすなって。」

 ロイの肩を叩きながら、ハカセが慰めとも同情ともつかない言葉を口にする。ロイはその手を振り払うと、ジョーに詰め寄った。

「ジョー、僕たち仲間だろ。お願いだから教えてくれよ。代わりに何でも言う事を聞くからさ。」

 ジョーは、さも深刻な問題を抱えている人のように腕組みをして考え始めた。

「僕たちは固い絆で結ばれた仲間だ。これは秘密の話なんだけれど、君が絶対他の誰にも言わないって約束してくれるんだったら特別に話してあげても構わない。どうする?」

 ジョーの言葉は随分と恩着せがましい響きを持っていたのだが、それに気付かないくらいロイはその秘密を知りたがっていた。しかし、チョロが再び口を挟む。

「ジョー!それはあまりにも危険すぎるよ。そんな事をして君に災いが降りかかったらどうするんだ。それに、ロイがこの秘密を誰かに漏らさないとも限らないだろう?」

「ロイは僕らの仲間だ。約束を破るような真似はしないさ。そうだろ、ロイ。」

「ああ。絶対に誰にも言わないよ。」

 真剣な表情でロイはジョーに向かって頷くのだった。

「そんな事を言って、口では何とでも約束出来るからな・・・。これは絶対の秘密なんだぞ!」

 チョロがまた余計な口出しをしたせいで、ジョーの決心が一瞬揺らいだように見えた。

「そうだロイ。いつか君が見せてくれた万年筆があるだろう?君は秘密を教えてもらう代わりに、あの万年筆をジョーにあげるんだ。ジョー、君はあの万年筆を随分と欲しがっていたよね。君は万年筆を手に入れられる。代わりにロイに幽霊の話をする。もちろん、どんな災いが君に降りかかってもロイを恨んでは駄目だよ。どうだい?」

 さっきから黙って何かを考えていたハカセが、突然そんな提案を申し出た。

「それは素晴らしいアイデアだ!それならジョーも文句無いだろう?ロイも秘密を知ることが出来る。全て上手くいくぞ!まったくハカセ、君は頭がいいな。」

 チョロが大声で賛同を示すと、誰もがまったく素晴らしいアイデアだと口々にハカセを褒め称え始めた。ジョーの方でもハカセの提案に異存はなさそうだ。

 それを聞いて困ったのはロイだった。問題の万年筆はパパが大切にしている外国製の物で、一度だけこっそり持ち出してみんなに披露した事があったのだ。みんなには、この万年筆は親戚のおじさんから自分が貰ったものであると言っておいたのだが、よりにもよって今回、それを差し出す破目になるとは予想もしていなかったのだ。

「ジョー、それだけは勘弁してくれよ。あれはおじさんから貰った大切な物なんだ。他の事なら何でもするよ。そうだ、珍しい外国の硬貨を君にあげよう。以前から欲しがっていたじゃないか。」

「ジョーは自分の身に災いが降りかかる危険を犯してでも君に秘密を打ち明けようとしているんだよ。それなのに、君ときたら僕らの友情よりも万年筆の方が大事だと言うんだね。」

「ロイ、君にはがっかりしたよ。僕たちは仲間だと思っていたのに・・・。」

 チョロとハカセが非常にガッカリした表情でそんな事を言い始めるので、周りの少年達も口々に同様の非難をロイに浴びせ始めるのだった。

「みんな、そう責めるなよ。あの万年筆はロイにとってすごく大切な物だろうから、それを簡単に手放す事なんて出来る訳がないだろう?ロイ、これはお互いにとって重要な取引だ。ゆっくり考えてみて、もしも気が向いたら声を掛けてくれ。僕はいつでも待っているから。」

 そう言うと、ジョーはロイを残してその場を立ち去ってしまった。その後を追うように、他の少年達もどこかに行ってしまった。

 一人取り残されたロイは、しばらくの間その場から動くことが出来なかった。本当の事を言うと、池に住む女の幽霊の話なんて最早どうでも良くなっていた。それよりもみんなから除け者にされた事が悔しくて仕方が無かった。

 どのくらいそうしていたのだろう。ある一つの決意を固めたロイは、ジョーの元へと近づいていった。

「どうした、ロイ。」

「ジョー。これから僕は家に帰って万年筆を持ってくるよ。だからしばらくここで待っていてくれ。」

「・・・そうか。よし分かった。君が約束を果たすなら、僕はどんな災いでも甘んじて受ける覚悟だよ。これで僕らは本当の親友さ!」

 そう言うと、ジョーはロイに右手を差し出した。ロイは和解の印としてその手を握った。

「やったぞ、みんな!ロイは僕らの友情の為に大いなる決断を下したんだ。彼に拍手を贈ろうじゃないか。」

 そう言ったのは、ハカセだった。

「これで君は完全に僕らの仲間だ。君は立派な男だよ。」

 拍手をしながらチョロもそう言ってくれた。

 みんなの声援に後押しされるようにして、ロイは自分の家へと戻るのだった。もちろん、パパには内緒で万年筆を持ち出すために・・・。



 ロイは、「ただいま」も言わずに玄関の扉を開けると、家の中へと忍び込んだ。彼の頭の中はこれから行うべき計画の事で一杯だった。この時間、パパは会社に出掛けていて家にはいない。キッチンを覗いてみると、ママは夕食の仕度に取り掛かっていて、ロイが帰ってきた事にまったく気がついていない様子だった。

 問題の万年筆は、二階の書斎に置いてある大きな書き物机の、一番上の引出しに保管されていた。書斎へは勝手に入る事を普段から禁止されていたのだが、パパの留守を見計らって何度か忍び込んだ事があるので間違いなかった。

 書斎に向かうには、二階へと続く階段を通らなければならない。普段歩き慣れている階段が、今日は聳え立つ山のように見えた。ママに気付かれないように、一段一段を慎重に、僅かな物音さえ立てないように注意しながら登っていく。

 途方もない時間がかかったような気がしたが、どうにかママに見つからずに辿り着く事が出来た。しかし、油断は出来ない。全ての作業を素早く、そして正確に行っていく必要があった。

 一階で何か変わった物音がしないかどうか注意を払いながら、万年筆がしまってある書き物机に近づき、引出しに手を伸ばす。僅かな音さえも立てぬように、少しずつ、少しずつ。

開け放たれた引出しの中で、万年筆は窓から差し込む光を受けて鈍く光っていた。まるで貴重な宝石でも扱うように取り出された万年筆は、手の中でずっしりと重く感じられた。持っていたハンカチで厳重に包み込むと、素早くポケットの中にしまいこむ。間違いなくそこに納められている事を何度も触って確かめてみる事もした。

 引出しを元通り閉じて、僅かな痕跡すら残っていない事を確認し終えると、ロイは書斎を後にしたのだった。世界一の泥棒でもこれほど見事な仕事は出来ないだろうと思えるくらいの出来栄えだった。後は誰にも見つからずに家から出るだけで良い。

 忍び込んだ時と同じように、慎重に階段を下りていく。無事玄関まで辿り着いて家を後にしようとした、その時。

「あら、ロイ。帰っていたの?それならそうと声を掛けてくれればいいのに。黙って家に入るなんて、まるで泥棒みたいよ。」

 ママの声がロイの背後から聞こえてきた。

「僕、ちゃんと“ただいま”って言ったよ。ママが気付かなかったんじゃない?」

 ロイは後ろを振り向くと、自分でも驚く程見事な答えを咄嗟に口にしていた。

「そうね。夕食の仕度をしていたから気付かなかったんだわ。また出掛けるの?」

「うん。ちょっと忘れ物を取りに帰ってきたんだ。みんな待っているから出掛けるよ。」

「外は寒いから、これを持っていきなさい。温かい飲み物が入れてあるから。日が暮れる頃までには帰ってくるのよ。今日はロイの好きなシチューだから。」

 そう言ってロイに水筒を渡すと、ママは何事もなかったかのようにキッチンへと戻って行った。

 ママの姿が見えなくなると、ロイは滅茶苦茶に走ってカエル池へと向かった。今までに感じた事がないくらいに息が切れて、心臓がドキドキしていた。それにも構わず走り続けた。少年達がこちらに向かって手を振っているのが見える場所に来るまでずっと。

 少年達は興味津々といった様子で向こうから走ってくるロイの方を見ていた。ロイは家から持ち出した万年筆をポケットから取り出すと、慎重な手つきでハンカチの包みを解いていった。

「じれったいな。僕に貸してくれよ。」

 チョロが横から万年筆を奪い取ろうとするのを、ロイは見事にかわし得意げにこう言った。

「ほら、約束どおり万年筆を持ってきた。さあジョー、僕に秘密を話してくれ!」

「分かったよ。君が約束を果たす男だって事は証明された。今度は僕が約束を果たす番だ。ここにいるみんなが証人だ!いいね。」

 ジョーは約束どおり万年筆と引き換えに池に住む女の幽霊の話を聞かせてくれた。ロイにとってはそんな話はこの際どうでも良かった。こうして再びみんなの仲間に加われた事が何よりも嬉しかった。



 そんなロイの昂揚した気分は長くは続かなかった。パパの万年筆を勝手に持ち出し、それを友達にあげてしまったのだ。パパが知ったらすごく怒るだろう。時間が経つにつれて自分が犯した事に対する後ろめたさがどんどん募っていき、三人で夕食を食べる頃には、どうしようもなく憂鬱な気分だった。

「どうした、ロイ。今日はやけに元気がないな。何かあったのか?」

「そうよ、ロイ。今日はあなたの好きなシチューなのに、ちっとも食べていないじゃない。どこか具合でも悪いの?」

 ロイの様子がおかしいことに気がついたパパとママが声を掛けてくれた。

「ううん。何でもないんだ。きっと、カエル池で遊びすぎて疲れたんだと思うよ。」

ロイはパパの顔を見ないようにしてそう答えた。ママに嘘を吐いた時のように、驚く程自然な答えを自分でも口にしていた。

「カエル池か。懐かしいな。パパも子供の頃は、あそこでよくスケート遊びをしたものだよ。日が暮れても家に帰らずに滑っていたから、よく怒られたな。」

「・・・そうなんだ。」

「そんな時には決まってこう言われたものさ!“そんなに遅くまでカエル池で遊んでいたら、池の幽霊に連れて行かれるよ”ってね。」

 ロイは一瞬、自分の耳を疑ってしまった。今日、あれほどの危険を冒してまで手に入れた秘密を、パパも知っていると言うのだから。

「パパ!パパもカエル池の幽霊の話を知っているの?」

「嫌だわ、夕食の席で幽霊の話をするなんて。私聞きたくないわ。」

 ママは明らかに嫌そうな顔をしていたが、ロイが熱心にその話を聞きたがったので、それに応えるように、パパは話し始めてくれた。

「その昔、この街にとても綺麗な女の人がいてね。どれくらい綺麗かっていうと、そうだな・・・」

 パパはママの方を見て、ウィンクをしながらこう付け加えた。

「ちょうどママみたいな感じかな。」

「まあ!パパったら。それで、どんな話なの?」

 先程まで嫌そうな顔をしていたママだったが、パパの一言に急に態度が変わったようだった。

「その女の人は心も綺麗でね。大勢の男たちが彼女に結婚を申し込んだんだ。結局、彼女の心を射止めたのは、隣町からやって来たある男でね、二人は一年後に結婚をする事を誓い合ったのさ。ところが、その男には彼女の他に結婚を約束した相手がいた。それはこの辺りで一番の金持ちの娘でね。財産に目がくらんだ男は金持ちの娘と結婚してしまい、二度と再び彼女の前には現れなかった。男の不義を知ったその女の人はひどく悲しんで、冬のカエル池に身投げしたのさ。彼女の遺体を捜そうと街の人が集まった時には池は厚い氷で覆われていてね、結局彼女の遺体は見つからないままだったそうだ。それ以来、氷の下からこちらを窺う女の顔を見たとか、池から女の手が伸びて氷の下に引き摺り込まれそうになったとか、そういう噂が囁かれるようになったって訳さ。これがカエル池の幽霊の話さ。どうしたロイ、顔色が悪いぞ!さては・・・」

「別に怖くなんてないよ。平気だもの。」

 パパはロイの顔色が変わったのを見て、ロイが怖がっていると思ったようだったが、それはまったく違っていた。その話はジョーが教えてくれた話とまったく同じだったからだ。

「ハッハッハ。心配するな、ロイ。今の話はパパが子供の頃からある作り話さ。あのカエル池で死んだ人なんて誰もいないから安心しなさい。」

「何だ、ただの作り話なの。驚かせないでよ。」

 ママは内心怖かったみたいで、ほっと一安心した様子だった。

「さあ、今日はもう遅い。ロイ、早く寝なさい。」

 ロイの耳にはもう、パパの言葉は聞こえていなかった。


 翌朝、ロイがカエル池に出掛けると、既に何人かの少年達が集まっていた。その中にジョーの姿もあった。ロイはジョーに近づくと、何も言わずに掴みかかった。

「いきなり何するんだよ、ロイ。」

「分かっているんだろ!昨日話してくれた幽霊の話。あんなの秘密でも何でもないじゃないか。あれはまったくの出鱈目さ。災いが降りかかるなんて上手い事言って、僕を騙したな。万年筆は返してもらうぞ!」

 ロイの剣幕に一瞬呆気に取られた様子の少年達であったが、やがて馬鹿にしたようにみんなが笑い出すのだった。

「何がおかしいんだ。」

 そう問いかけるロイに対し、チョロが口を開く。

「もう少し楽しめると思っていたのに、こんなに早くばれるなんて、つまらないな。」

「まったくだ。あんまりお前が必死だから、笑うのを我慢するのに一苦労だったよ。」

 そう言ったのはハカセだった。

「“ジョー、僕たち仲間だろ。お願いだから教えてくれよ。代わりに何でも言う事を聞くからさ”だぜ。何度思い返してみても笑える台詞だったよ。」

「それもこれも、僕の迫真の演技があってこそさ!そうだろ、みんな。」

 ジョーはそう言うと、ポケットから万年筆を取り出してロイに投げ返した。

「ほらよ、誰がこんな物欲しがるか。これがお前の親父の物だって事は、ここにいる誰もが知っていたのさ。僕たちはお前が万年筆を持って来る度胸があるのかどうか、それを賭けていたのさ。ロイ、お前のおかげで随分儲けさせてもらったぜ。感謝するよ!」

「ジョーの一人勝ちだなんて、まったくついてないぜ。」

「本当だよ。まあ、随分と楽しませてもらったから、悪くないさ。」

「おいおい、みんな。まあそう言うなって。これから僕のおごりで何か御馳走してやるよ。何て言ったって“僕たちは仲間”なんだからな。」

 ロイを残して少年達は笑いながら立ち去っていった。その背中に向かってロイはこう呟くのだったが、その言葉は少年達の耳には届かなかったようだった。

「お前達、後でどんな災いが降りかかっても知らないからな!せいぜい、氷の下に引き摺り込まれないように気をつけるんだな。」



 街角には、いつも決まった時間に決まった場所で店を開くケータリングカーがあった。店の前には真っ黒なコートに身を包み、片手にカップを持った若い青年が立っていた。

「ご馳走さま。こういう寒い日には温かい飲み物が一番だね。凍りついた体を融かしてくれるような、そんな気がするよ。ところで、ここから駅に向かうにはどう行けばいいかな。」

「そうだな。ここからだと道が複雑でね、地図でも書いたほうが分かりやすいんだが・・・。」

「それだったらこれを使ってよ。」

 そう言って青年はポケットからメモ帳と万年筆を取り出した。

「なかなか良い万年筆だね。外国製かい?」

「ああ。僕の父親から譲り受けた大切な品さ。これには色んな思い出が詰まっているんだ。」

 そう答える青年の手の中で、太陽の光を浴びた万年筆は鈍く光り輝いていた。

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