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真夜中の公園

 真夜中の公園には決して近づいてはいけないよ。

 夜空に真っ赤な満月が輝いているような場合は特にいけない。そんな夜には決まって、いつもとは違う出来事が起こるのだから。嘘じゃない、本当の事さ。

 コンクリートで出来た蒸気機関車が公園にあるのは見たことがあるよね。そうそう、土管を組み合わせた単純な代物だけれども、煙突や汽笛はもちろん、運転席や客室もちゃんとあって車輪もついているヤツさ。それが汽笛を鳴らすのが始まりの合図。もしも夜中に公園の近くを歩いる時にそんな音が聞こえてきたら、決して後ろを振り向かずに急いで通り過ぎる事!ぐずぐずしていてはいけないよ、怖い目に遭いたくなかったら。ほら、聞こえるだろう?ちょうどあんな感じさ。


 やがて、二つ並んだブランコが振り子のリズムでスウィングしだす。最初は小さく、だんだんと大きく。キーコ、キーコ、キーコ。それに併せて、シーソーがパーカッションのリズムを刻むのさ。キーコ、キーコ、バッタン。キーコ、キーコ、バッタン。

 そうするとほら、昼間はジッと動かないカバやライオンの像が、一つ身震いをしたと思う間もなく、まず目を覚まし始めるだろう。それらに遅れるようにして、今度は普段スプリングに固定されているウサギやリスの乗り物が、その鉄の縛めから解き放たれて軽やかに跳ね飛び回り始めるのさ。もうそうなったら抑えようがない。どこからともなく小さいのやら、大きいのやら、スバシッコイのやら、ノロマなのやら、そういった普段は隠れて見えない連中が、徐々に徐々に姿を現すんだ。大抵は動物の形をしているんだけど、よくよく注意して見てみると、人の形をした影がその中に混じっているから気をつけないといけないよ。そいつらの正体は、地面に吸い込まれて消えてしまった影法師なんだけれど、手近にいる生き物を取り込んでは実体化する性質を持っているから。でも、心配は要らない。狙われるのは自分自身の実在性を疑っているような奴、自分を見失ってしまったような奴、そんな心の弱い奴らばかりだから。君はきっとそんな弱くないよね?


 ところで、公園の中央にコンクリートの山があったのを覚えているかい?イボイボに覆われたコンクリートの山。反対側にはすべり台がくっついているアレさ。その天辺にある、柵で囲まれた四角いスペースがすべり台のスタートなんだけど、そこからは公園の全てが一望出来るようになっている。まさに特等席なんだ。誰もが一度はそこに登ってみたくなる、そういう場所さ。

 だから、真夜中の公園で目覚めた集団は、大きいのも小さいのもみんな揃ってコンクリートの山の麓に集合するんだ。“誰が真っ先に、その特等席に辿り着けるのか”ってね。だって、そこに最初に辿り着いたヤツが、その日のリーダーになれるっていうのが夜の公園の決まりだったんだから。

 でもね、いつも決まって一番にそこへ辿り着くのは、一匹の猫なんだ。黒天鵝絨びろうどのしなやかな肢体に、二粒の紫水晶の瞳を宿して、研ぎ澄まされた銀色の髭を生やしている猫さ。その姿はまさに、夜の女王と呼ぶに相応しい貫禄を備えているよ。そこらにいる野良猫の類なんかじゃ決してない。きっとそうだよ。間違いないさ。

 そして彼女は、いつでも悠々たる足取りでその席へと辿り着いてしまうんだ。他の連中があれほど必死にその席を目指しているっていうのに、そんな事なんてまるでお構いなしといった様子でね。生まれ付いての軽やかな身のこなしで、ヒョイヒョイと登っていくのさ。時には誰かの頭を踏んづけて、時にはイボイボに足をかけて、でも何時だって、結局は彼女が最初に天辺に辿り着く。まるで始めからそうと決まっているかのように。

 すっくと立ち上がった彼女は、自分がリーダーだって事を周りに集まった連中に告げるように、長く尾を引く鳴き声を上げるんだ。最初は低く唸るように。そして徐々に高く響き渡るように。そうなったらもう、他の奴らは彼女の足元に跪いて傅くだけさ。カバもライオンもウサギもリスも、他の連中も。例の影法師だってそうだ。


 みんなは彼女に目を留めてもらいたくて、何か彼女に渡す為の贈り物を探しに出かけなくちゃならなくなる。それは、砂場に置き忘れたバケツとスコップだったり、誰かが失くしたリボンの付いた靴の片一方だったり、少しだけ飲み残しがある炭酸飲料の空き缶だったり、虫に食われた落葉だったり。そういった贈り物をそれぞれが持ち寄って砂場に並べ終わると、その周りで円を描くようにグルグル、グルグル踊り始めるのさ。その頃には、公園全体が独特の熱気に包まれていて、いつもだったらあんなにカチンカチンの鉄棒やジャングルジムが飴みたいにグニャグニャと波打ち始めて、浮き上がった滴が冬の軒先にぶら下がっている氷柱みたいに垂れ下がりだすんだ。その光景はまるで、そこに不思議な果実が実ったみたいに見えるだろうよ。そんな出来事が、夜明けを告げる一番鶏が鳴くまで続けられるのさ。


 ところがある日、その公園でかくれんぼをしていた男の子がいたんだ。その子は蒸気機関車の中に隠れる事に決めた。何と言っても、自分の身体をすっぽり隠してくれるこの場所がお気に入りだったからね、そこ以外に隠れる場所なんて他にないと考えたのさ。中は小さいトンネルみたいになっていてね、丸く切り取られて見える向こう側は、普段見慣れた景色と同じなんだけど、まったく別の景色みたいに見えるのさ。それはまるで、万華鏡でも覗いているみたいにね。

 コンクリートのひんやりした触感を背中に感じながら、男の子は友達が捜しに来るのを今か今かと待っていたんだ。ところが、中々誰も捜しには現れない。とうとう待ちきれなくなってしまって、知らない間に眠ってしまっていたんだね。そんな事なんて誰も気付かなかったらか、やがて日が暮れてしまうと、みんな家に帰ってしまったんだ。男の子を独り、公園に残したままでね。

 男の子が目を覚ましたのは、蒸気機関車が例の汽笛を鳴らした時だった。もちろん、辺りはとっくに暗くなっていて、運転席の窓から覗いて見ると、普段は姿を隠している見たことのない連中が大勢いるのが目に入ってきたんだ。幸い、コンクリートの山と蒸気機関車とは少しだけ場所が離れていたから、男の子が見つかる心配はなかったけれど、蒸気機関車の中から出る事は出来なかったんだ。そんな事をしようものなら、すぐにあいつらに見つかってしまうからね。

 その日のリーダーもまた、黒猫だった。やがてみんなが贈り物を探すために公園をうろつき始めると、蒸気機関車の周りにも幾つかの影が忍び寄ってきた。もう駄目だ、このままだと見つかってしまうってその子が思ったまさにその時、コンクリートの壁に文字が浮かび上がったんだ。暗闇の中でもハッキリと読めるような、緑色の蛍光色でね。


『シッコクニ、オキサリシ、ギンノニンギョウ、フレシモノニハ、カミノイカズチ(漆黒に置き去りし銀の人形触れし者には神の雷)』


 男の子はただもう訳も分からずに、その文字を読んでみた。すると、身体の周りがぼんやりと銀色に光り始めた。それは何度も何度も口に出せば出すほど、どんどんと強くなってきて、終いには蒸気機関車の中を明るく照らすくらいに輝き始めたんだ。

 しばらくして、最初はリスが覗きにやって来た。けれども、男の子には近寄りもせずに通り過ぎてしまった。カバもライオンも覗きに来たけど、みんな気が付かない振りをして通り過ぎてしまうか、しきりに蒸気機関車の周りをうろついていた。ライオンだけは一度だけ蒸気機関車の中に腕を差し込んできたけど、あと少しのところで男の子の身体には届かなかった。そして最後に、例の影法師がやって来た。あいつらの体は自由自在に伸び縮みできるから、その真っ黒な手が男の子の身体に触れるくらい近くまで伸びてきた。奴らは随分と執拗にそうやって手を伸ばしてきたけれど、結局は諦めて何処かに行ってしまったようだった。

 みんな諦めて何処かに姿を消してしまい、男の子がほっと安心していると、足元から変な声が聞こえてきた。それは本当に注意していないと聞き逃してしまうような小さな声だったから、最初は単なる空耳かと思っていたんだ。周りには音を発するようなモノは何もなかったからね。けれども、よくよく目を凝らしてみると、足元に転がっていた人形から声がするようだった。

 男の子が自分に気が付いた事を確認した人形は、ピョンッと飛び上がった。そして、男の子について来いと言わんばかりに手を振って、蒸気機関車の出口へと向かっていた。きちんと男の子が自分の後をついてきているのか、何度も確認するためにこちらを振り向き、その度にしきりに手招きするのだった。蒸気機関車の中は狭くはなかったけど、随分と長い間隠れているには窮屈な場所だったから、男の子はその人形の後に従って出口へと向かっていったんだ。


 蒸気機関車から抜け出すと、その周りには見慣れない動物と影法師がたくさん集まっていた。そして、コンクリートの山の天辺には黒猫が一匹いて、紫水晶の瞳でジッと男の子の様子を伺っていた。気が付くと、人形は一人で勝手に先を歩き始めていた。人形が歩いた後は、男の子が通れるくらい道が開けていたけれど、時間が経つにつれて徐々に閉ざされていくようなので、男の子はぐずぐずせずに人形の後を追いかける事にした。そうしてしばらく歩いていると、人形が立ち止まって再び男の子の方を振り返り、銀色に輝いているグローブジャングルの方を指差し始めた。

 “グローブジャングル”が何かって?“回旋塔”の事だよ。ほら、“回転ジャングル”とか“ぐるぐる回し”とか呼ばれている地球儀の格好をしたあの遊具の事さ。

 それまで気が付かなかったけど、男の子の周りを覆っていた銀色の光は、最初に比べて随分と弱くなっていたんだ。先ほどまでは男の子の側に近寄りもしなかった周りの動物や影法師も、徐々にではあったけど距離を縮めてきているような気がしていた。

 そうこうするうちに、人形はピョンっとグローブジャングルに飛び乗ると、男の子に向かって手招きした。周りには不気味な連中ばかりがウヨウヨいるだろう?男の子は仕方なくグローブジャングルに飛び乗ったんだ。ちょうどその瞬間、男の子の周りを覆っていた銀色の光が消えてしまい、人形の姿も見えなくなってしまったんだ。

 すると、黒猫が一鳴きするのを合図に、今まで遠巻きに見ていた連中が急にグローブジャングルの周りに群がり始めたんだ。そして、一斉にガタガタとそれを揺すり始めた。どうやら中に入る事は出来ないみたいだけど、そうやって男の子を引き摺りだそうとしているようだった。男の子は必死にさっき蒸気機関車の中で見た言葉を思い出そうとしたけれど、なんて書いてあったのか思い出せなかった。仕方なく、グローブジャングルの中心で小さく震えている事しか出来なかった。

 そうしているうちに、黒猫がもう一鳴きした。今度はそれを合図にして、連中はグローブジャングルを回転させ始めた。目を回した男の子が、諦めてグローブジャングルの中から姿を現すだろうって考えたんだろうね。グローブジャングルはもの凄いスピードで回り始めて、男の子は気を失いそうになっていた。周りの景色は凄いスピードで回転していたし、夜空に輝く星だって、目に見えるくらい素早く動いているようだった。

 どれくらい時間が経ったんだろう。男の子が気付いた時には、既に夜は明けていた。周りにはあの奇妙な連中は一人もいなくて、公園も普段と変わらない様子だった。そして、全てが終わってグローブジャングルから地面に降りた男の子は、ようやく家に帰る事が出来たんだ。話はそれでおしまいさ。


 何故そんな事を知っているのかって?それはね、僕がその一部始終をこの目で見たからなんだ。嘘じゃない。そうそう、蒸気機関車の中には『しきりにしつこく、ウサギのみ近づかん。世の不思議にはレモンのニオイ』って訳の分からないイタズラ書きしか残ってなかったよ。そうだ、レモンガム食べるかい?

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