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椅子取りゲーム

―――さあ、ゲームを始めよう。用意はいいかな?



 飲んだくれのジェリーに酒を振舞ってくれるような店は、この界隈にはもう一軒も存在しなかった。

「おとといきやがれ、この文無し!てめぇにくれてやるような酒はこの店には一滴もねえんだよ。」

 勝手口から蹴り飛ばされて、路地裏のゴミ捨て場に放り出されたジェリーの頭上から、嘲りの言葉が降り注ぐ。負けずにジェリーも言い返してやった。

「けっ、しけてやがるな。俺が大富豪になってから後悔したって、知らねえからな!」

 負け犬の遠吠え程虚しいものはない。

「オッサン、そんな夢みたいな事を言っている暇があったらまともに働くんだな。1ドル札1枚も持ってねえくせして偉そうな事言うんじゃねぇよ。お前より、そこらにいる乞食の方がよっぽど大富豪だぜ。」

 店に雇われた用心棒はそう罵ると、しつこく纏わりつく野良犬を追い払いでもするかのように足蹴を食らわせ、そのまま姿を消してしまった。これにはさすがのジェリーも、しばらくの間は呻き声一つあげられず、おとなしくしているしかなかった。やがて、ゴミ捨て場に特有のすえた臭いに顔をしかめながら一言、こう口にするのが彼なりの精一杯の抵抗だった。

「・・・・くそったれっ!」

 ゴミが目一杯に詰め込まれているビニール袋に囲まれて見上げる夜空には、見事な満月が浮かんでいた。店の用心棒に指摘されるまでもなく、ポケットの中には1ドル札どころか、1セント硬貨すら入っていない。それどころか、差し入れた指先はポケットを突き抜けて、地面に落ちている物に触れる有様だった。

「うぇ、誰だよ、こんな所にガムなんか捨てやがって。」

 指先に感じた粘着質の不快感は、地面に擦り付けた程度では拭えそうにもなかった。いずれにしても、このままビニール・クッションに囲まれて夜を明かすつもりはない。この素晴らしくも不快なベッドに別れを告げると、痛む体を引き摺りながら、自分のねぐらへと帰るのだった。



 夜の繁華街は、昼間の景色とは一変して電飾のネオンに満ち溢れていた。随分と羽振りの良さそうな中年男、柄の悪そうな若者、胡散臭そうな外国人、薄暗い建物の影で客引きをしている女達。路上で物乞いをしている乞食も何人かいた。性別や容姿、地位や名誉が異なっていても、所詮はこの界隈に蠢く輩でしかない。それなのに、今日は自分だけとんだ災難に合わされたものだ。

「まったくついてないぜ。あいつらと俺のどこが違うっていうんだ。」

 誰に向かって口にした訳でもないこの台詞に、思いもかけぬ返事があった。

「ええ、そうですとも。あなたは今まで運に恵まれていなかった。」

「そうなのさ。俺にもチャンスがあれば、こんな惨めな生活とはおさらば出来るんだが・・・。」

「あなたにも十分チャンスが御座いますよ!それも、人生を劇的に変えてしまうほどの。」

 ジェリーは足を止めて、辺りを窺った。彼の横にはいつの間にか、この界隈におよそ不釣合いと思える老人が立っていた。黒のタキシード姿に身を包んだその姿は、まるでどこかの富豪の執事と言ったところか。

「おい、爺さん。今日の俺は機嫌が悪いんだ。怪我しないうちに、さっさとてめえの主人の元に帰るんだな。」

「先ほどから観察させていただいておりましたが、あなたこそ、まさに私どもが捜し求めていた方なのです。よろしければ、我々にご同行して頂き、ゲームに参加してもらえませんでしょうか?」

「ゲームだと?余計な面倒ごとは御免だぜ。」

「そういった心配は御無用です。その方に生まれ付き備わっている“運”だけが、このゲームの勝敗を左右するのです。なお、ゲームの勝者は大富豪になれる権利が与えられます。」

「大富豪になる権利?そんな上手い話、何か裏があるんだろう?」

「もちろん、ゲームの敗者には過酷な運命が待ち受けておりますが・・・今の生活から抜け出せる事を思えば、悪い話ではないと思いますがね。」

 老人は薄気味悪い笑みを浮かべるのだった。

「そんな怪しげな話に首を突っ込むほど、俺は馬鹿じゃない。他を当たってくれないか。」

ジェリーは老人を無視してその場を立ち去ろうとした。

「そうですか。しかし、残念ながらあなたに選択する権利はありません。我々と一緒に来てもらいますよ。」

 そう言うと、老人はジェリーの後頭部に強烈な一撃をお見舞いした。薄れゆく意識の中で、最後にジェリーが感じたのは、自分の口の中に広がる鉄の嫌な味だった。



 ジェリーが意識を取り戻した時、自分が頑丈な仮面を被せられて椅子に座らされている事に気がついた。同じように仮面を被せられて椅子に座らされている人の姿が、仮面に開けられた二つある覗き穴を通して目に入った。顔が仮面で覆われているため性別までは不明だったが、簡素な白い病院服に似た衣服を身に着けていた。

 先ほど殴られた後頭部がズキズキと痛む。思わず手で触れようと思ったジェリーだったが、両手はしっかりと金具で椅子に固定されていた。両手だけでなく、彼の両足も同様だった。

「何だ、これは!おい、一体これから何を始めるつもりだ!」

「おや、どうやら気がついたようですね。どうぞ、そのままお静かに!」

 仮面に備え付けられたスピーカーから、聞き覚えのある声が響いてきた。それは、ジェリーが街で出会った奇妙な老人の声だった。

「皆様、大変お待たせしました。それでは、これからゲームを始めます。」

「おい、ちょっと待て!誰がゲームに参加するなんて・・・・ウッ!」

 ジェリーが口を挟もうとすると、仮面が一瞬きつく締まった。

「どうぞお静かに願います。ゲームの進行を妨げるような行為には、厳重なペナルティが与えられますからね。なお、ゲームが終わるまではその仮面は外れません。この部屋から無事に出たいのであれば、ゲームを続けてください。」

 それだけ言うと、スピーカーからは何の物音も聞こえなくなった。それはまるで、ジェリーの他にもゲームの進行を妨げる者がいないかどうか、確認しているようでもあった。 

 しばらくの沈黙の後、再びスピーカーから老人の声が聞こえてきた。

「どうやらご理解して頂けたようですね。さて、ゲームの説明に入る前に、皆様が置かれている現在の状況について御説明いたします。この部屋の中には性別、年齢、国籍、職業・・・それら全てがまったく異なる12名が集められており、ちょうど円形になる位置に座って頂いております。

 今から皆様に行っていただくゲームは、“椅子取りゲーム”です。一定時間流れる音楽に併せて時計方向に回って頂き、音楽が途切れた時点で近くにある椅子に座ってもらう単純なものです。このゲームでは椅子の数が減らされる事はありませんので、限られた椅子を巡って争うような野蛮な事はいたしません。どうぞご安心下さい。

 なお、椅子にはそれぞれ最初に座られていた方の“社会的地位”を記されたボードが用意されております。そのボードについては、席に座った時点で確認してもらって構いませんが、他の方には決してお見せしないようにお願いします。その中に一つだけ『大富豪』と記されたボードがあり、その椅子に座る事がこのゲームの目的です。

 公平を期するため音楽が途切れる都度、ゲームを継続するかどうかの意思確認を行います。ポイントは一人当たり5点とし、1点単位で掛けられるものとします。ポイントによる多数決でゲームの継続を決定する訳です。ゲームの継続が決定された場合、その時点で『大富豪』の椅子に座られていても、それは無効となります。多数決によりゲームの中止が決定されるか、音楽が一曲分終わった場合についてのみゲームを終了いたします。その時点で『大富豪』の椅子に座られていた方が、このゲームの勝者となるのです。」

 そこまで言い終わると、今まで両手・両足を固定していた金具が外れた。

「それではゲーム・スタート!」

 老人の掛け声を合図に、スピーカーからは『オクラホマミキサー』が流れてきた。ジェリーは始めのうち、馬鹿馬鹿しくてやる気がしなかったのだが、仮面がギリギリと締め付けられてくるので、しぶしぶ時計回りに歩き始めるしかなかった。他の参加者もきっと同じ目に合わされているに違いない。

 やがて音楽が止み、銘銘が手近にある椅子に腰掛けた。ジェリーも手近にあった椅子へと腰を下ろす。

「さて、皆様。それぞれの椅子に備えられたボードを確認して下さい。ただし、その内容を他の方に見せるのだけは禁止です。良いですね。」

 ジェリーもさっそく、自分の椅子に備えられたボードを確認した。そこには『弁護士』と書かれていた。

「さて、それではゲーム継続の意思確認を行います。皆様が座られている椅子の手摺には、それぞれ1〜5までの数字を書かれたボタンがあります。数字は今回賭けられるポイントに対応しておりますので、ゲームの中止を希望される方は右側のボタンを、ゲームの継続を希望される方は左側のボタンを押してください。」

 ジェリーは取りあえず、右側の2のボタンを押した。こんな得体の知れないゲームは早く終わらせてしまいたかったし、ボードに記載されていたのが『弁護士』であったので、このままゲームが終了しても自分に危害が及ぶ事はないと考えたからだった。

 しばしの沈黙の後、スピーカーから老人の声が聞こえてきた。

「多数決の結果、ゲームは継続となりました。まだまだ全員にチャンスがありますよ。それでは、ミュージック・スタート」

「くそったれ!一体、どこの馬鹿なんだ。こんな訳の分からないゲームを続けようなんて・・・ウッ!」

 老人の掛け声を合図に、再びスピーカーからは『オクラホマミキサー』が流れてきた。仮面の締め付けは回数を重ねるごとにきつくなっているような気がする。誰が一体、こんな馬鹿げたゲームを考えついたのだろうか・・・。

 音楽が途切れ、次の椅子に腰を下ろした。今度のボードには『死刑囚』と書かれていた。

「それでは再び、ゲーム継続の意思確認を行います。やり方は先ほど同じです。当然の事ながら、残ポイントに合ったボタンのみ使用可能です。その他のボタンを押された場合は無効となります。よろしいですね。」

 今回のボードに『死刑囚』と書かれているのが気になったジェリーは、試しに左側の5のボタンを押してみた。しかし、何の反応もなさそうだった。そこで、左側の2のボタンを押してみた。

「おやおや、またしてもゲームは継続となりました。現在『大富豪』の椅子に座っている方は非常に残念でした。しかし、時間はまだまだ残っております。引き続きゲームを行うことにいたしましょう。それでは、ミュージック・スタート!!」

 椅子が変わるたびに、ボードに書かれている内容は変わっていった。一度は『浮浪者』と書かれたボードに当たった事もあったが、その場所こそまさに、自分が最初に座っていた椅子だったのだろう。こうしてゲームは続けられ、この馬鹿げたゲームも『オクラホマミキサー』の曲の終了と共に終わりを迎えた。

「さて皆様。楽しかったゲームもついに終わりを迎えてしまいました。それぞれの椅子に備えられたボードを確認して下さい。今回に限り、ボードの内容を他の方にも見えるように持ってください。よろしいですか?」

 ジェリーのボードには『執事』と書かれており、残念ながら『大富豪』ではなかった。幸運にも『大富豪』のボードを引いた者は彼の右隣にいた。周りを見渡すとそれぞれ、『弁護士』『死刑囚』『浮浪者』『詐欺師』『神父』『娼婦』『警察官』『泥棒』『政治家』『奴隷』と書かれたボードがあった。

「個人情報をデータで管理している現代社会において、その人の履歴や社会的地位などというものは、幾らでも改竄する事が可能なのですよ。それなのに、人々はそれを“まったく完全で絶対なモノである”と信じて過ごしております。これほど不完全で、あやふやな存在など無いというのに!そういったものは所詮、他者との相対的関係において成立するだけの存在ですので、昨日までは優良な市民であった者も、警察の犯罪履歴が書き換えられれば、一夜にして『死刑囚』でも『泥棒』でも『詐欺師』にでもなりえるのです。逆もまたしかり。どんな貧乏人でも、その手に大金を掴む機会があれば一夜にして『大富豪』ですよ。まったく、面白いじゃないですか!

 さて、ゲームはこれで終了です。幸運を手に入れられた方も、そうでない方も、残りの人生をどうか有意義にお過ごし下さい。この部屋を一歩出た時から、あなた方の人生はボードに書かれた社会的地位によって動き始めます。信用するかしないかは勝手ですが、我々の力を甘く見ないほうが良いですよ。それでは、またお会いする機会がありましたらその時までお別れです!」

 老人の言葉が終わるのと同時に、顔を覆っていた仮面が二つに割れた。ある者は狂喜し、ある者は絶望に打ちひしがれている光景がジェリーの目の前で繰り広げられていたが、そんな事にはお構い無しに、彼はこの部屋を後にしたのだった。



 夜の繁華街は、昼間の景色とは一変して電飾のネオンに満ち溢れていた。

「まったくついてないぜ。あいつらと俺のどこが違うっていうんだ。」

 誰に向かってともなく口にした台詞に、思いもよらぬ答えが返ってきた。

「あなたにも十分チャンスが御座いますよ!それも、人生を劇的に変えてしまうほどの。」

「おっさん。あんた誰だい?」

「申し遅れました。私の名前はジェリー。よろしければ、我々にご同行して頂き、あるゲームに参加してもらえませんでしょうか?」

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