奥さん、お届け物です!
最近は便利な世の中になったものです。インターネットが普及したおかげで、どんな情報でも簡単に手に入れる事が出来ますし、世界中の誰とでも瞬時につながれます。メールのやり取りなんていうのは、もう日常生活の一部ですからね。そんな中でも“ネットショッピング”、あれは便利ですね。お店に行かなくても好きなものが買えるのですから、これは助かります。CDなんかはお店に出掛けて買うよりも、ネットで買う方が安かったりするので、馬鹿馬鹿しくてお店で買う気は無くなります。もちろん、新品だけでなく中古品も取り扱っているのは嬉しいですよね。ネットで検索すれば一発で欲しいものが見つけられるのですから、探す手間がかからない!古本などは色んなお店をあちこち駆けずり回って、掘り出し物を探し当てるっていう楽しみも、それはあったりしますがね、欲しいものが簡単に、しかも安く手に入るっていうのは有難い事じゃないですか。
インターネットで注文した商品というのは普通、宅配便で自宅まで届けられる仕組みになっていて、早ければ翌日にはもう自分の手元に届くって話ですから、日本の流通はしっかりしております。聞くところによると、最近は物に限らず生鮮食料品なんかもネットショッピングで手に入れられる事も出来るのだとか。賢い主婦の中にはネットショッピングを使いこなして無駄な出費を減らし、余ったお金で自分の好きな物を購入している方もおられるのでしょうね。今度、隣の奥さんに聞いてみるとしましょう。
さてさて。そんな話を妻が私に向かってするものですから、“これは何か裏があるな”と思い、話の後半辺りから新聞記事を熱心に読んでおる振りをしていたのです。案の定、「あなた。そんなに便利なモノなら、私もやってみたいわ!」などと、最近では滅多に耳にする機会もなくなった甘えた声で、私の方へと擦り寄ってくるのです。近頃は随分と冷え込んできましたから、私の背筋を一瞬ゾクゾクッと寒気が走ったのですが、そんな素振りを見せるでもなく、「お前、そんな事言って、またすぐに飽きてしまうのだろう?」と、つい最近まで流行っておりましたダイエットグッズの名前を一つ一つ上げ連ねてやりました。まあ、その程度の事で引き下がる訳もなく、「今回はそうじゃないわ。それに、あなたのお仕事にもきっと役に立つはずよ!」と、夫婦共通の利益を持ち出して説得を始めるのですから、相手もなかなかのやり手です。正直私自身、多少なりともインターネットというものに興味が御座いましたし、聞けば色々と・・・ココでは非常に申し上げにくいのですが・・・使い道があるという事は職場の男連中から聞かされておりましたので、「しょうがないな。」と、さも恩に着せるようにして了解してやったのです。
そんな訳で我が家にもインターネットが導入される運びとなり、設置が終わるのを待ちかねたようにネットショッピングを試してみたのです。私も妻も最初のうちは、ボタン一つで注文が確定してしまう事へ非常に違和感を覚えていたのですが、何度となく使っているうちに、やがてそれが至極当たり前の、何でもない作業のように思えてきたのです。まったくもって、慣れというのは恐ろしいものです。そんな訳で、使い始めの頃こそ、近所のスーパーでは手に入らないような特別な物だけを購入していたのですが、次第に我が家で使用する全ての物をネットショッピングにて賄うようになってしまったのです。ある時などは、夕飯を作っている途中で妻がパソコンに向かい始めたので、「おい、何をやっているのだ。鍋がふきこぼれるぞ!」と注意すると、「お醤油を切らしちゃっていて。」と事も無げに答えます。「そんなもの、コンビニかスーパーで買ってくればいいじゃないか。」と私が言いますと、「駄目よ。ネットで買った方が安いのよ。」と、こう申すのです。こうなりますと、もう病気としか言いようが御座いません。しかしそれはまだ序の口でして、「そろそろペットが欲しいの。結婚する前にあなた、私に話したことがあったわよね。“将来は一戸建てに住んで、犬でも猫でも良いけど、何かペットを飼おう”って。」と言い出したのです。私が「そんな事、言ったかな?」と口籠っておりますと、妻は随分と怒り出して「結婚する前にあれほど二人で約束したのに、もう忘れてしまったの!」と詰問を始めるのです。所詮は記憶力で女性に勝とうなんて無理なお話。ここは素直に相手の言うとおりにしておくのが家庭円満の秘訣で御座いますから、「分かったよ。お前の好きなペットを買いなさい。」と承知すると、現金なもので、すっかり機嫌が直ってしまい、鼻歌なぞを歌っております。当面の危機を無事に回避する事が出来てホッと胸を撫で下ろしながらも、そのせいで来月以降の私の小遣いが減らされなければ良いがなぁ・・・などと考えております私の側で、妻は一向に出掛ける準備をする様子が見られない。それどころか、パソコンの前に座って画面を眺めているのです。「おいおい、まさかペットまでネットショッピングで買うんじゃないだろうな?」と尋ねますと、「あら、あなた知らないの?最近はペットもネットで買えるのよ。」との事。物を宅配便で遣り取りするのはともかく、生き物を送り届けるのはどうだろうかという私の考えは完全に覆されて、数日後に届けられた段ボール箱の中からは元気なミニチュアダックスフンドが飛び出してきました。物だろうが生き物だろうが、およそ物流業界において扱えない品物は無いようで御座いまして、まったくもって恐ろしい話です。
その後も、妻のネットショッピング熱は冷めるどころか、まるで悪性腫瘍か何かのように彼女を蝕んでいき、私としても手の施しようがなくなってしまいました。更に困った事には、私の妻を発生源とするこの病気は非常に感染力が強く、瞬く間に附近一帯に広がってしまいました。辛うじてその病気に感染することを免れたとしても、家族の一人でも感染者がいる場合には、“インターホン恐怖症”(※連日のように送り届けられる宅配便の到着を告げるインターホンの音が、いつしか空耳でも聞こえるようになってしまい、落ち着いて生活する事を困難にする症例)を併発してしまうのでした。一刻を争う事態へと発展したこの状況を重く見た我々は、お互いに協力し合ってこの難局を打開する方法を探るべく、いつしか近所のファミリーレストランにて集会を開くようになったのでした。
その日、私は覚悟を決めると「こうなってしまっては、残る手段は一つしかありません。あれを試してみようと思います。」と、集まった一同に告げることにしたのでした。「今回の一件は、元を正せば私の妻から始まったこと。既に手筈は整えておりますので、あとは実行に移すだけです。」その私の言葉に「しかし、それは最終手段。あまりにも危険が伴うのではないだろうか。」と、私の身を案じる声がそこかしこで沸き起こったのでした。そのため会場は一時騒然となり、収拾がつかない混乱状態に陥るかに思われました。そこで私は立ち上がると、「病気を治すためには、その原因を元から断たなければなりません。これ以上みなさまに迷惑をかける訳にはいかない。」と、重ねて表明したのです。私の決意の固さを知った同士一同は、それ以上何も申しませんでした。
翌朝、私は仕事の関係で長期出張に出掛ける予定になっておりました。私は妻に「出張中に私宛の荷物が届くと思うけど、届いたらすぐに開封して中身を出しておいてくれないか?何しろ生き物が入っているからね。」と、お願いしました。それを聞いた妻は私に「あら、ペットならこの前買ったじゃない。今度は何を買ったの?」と尋ねるので、「人が隠れる事が出来るくらい大きな箱で重たいから、届いたらその場で開けてくれて構わないよ。後は中身が勝手に動いてくれるから。」と、それだけ告げる事にしました。これで万事、手筈は整いました。本当に、最近は便利な世の中になったものです。インターネットが普及したおかげで、どんな情報でも簡単に手に入れる事が出来ますし、世界中の誰とでも瞬時につながれます。おかげで、今までだったらどうやってコンタクトを取ったらいいのか分からない特別な相手とでも、簡単に、素早くコンタクトを取ることが可能です。しかも、最近の宅配便は生きた“モノ”も送ってくれるのだから、便利ですね。私は何も知らない顔で出張から帰って来る、それで全ては解決しているハズなのです。