03
あれからどのくらい経ったか。
「よお。ひどい顔してんなぁ」
「………」
「ちったぁ休め」
「うるせぇ」
禿げ頭にタオルを巻いた鍛冶師は、やれやれと首を振る。俺は気にすることもなく傍にあった水差しの水を腕にかけ、こびりついた血を流した。
「お前が寝てるところ見たことがねぇが大丈夫なのか?」
「黙って仕事してろ」
「ティナ持ちが、そこまでくたびれるなんて珍しい光景だろうな。それが天下の帝王様なら尚のことだ。目つきの悪さが更に磨かれてるぜ?」
「は。そりゃあいい。役に立ちそうだ」
水を払い、窯の炎で煙草に火をつける。
心なしか血の味がした。食らった毒がそこそこ強いらしい。
「今日は何してきたんだ?」
「拷問」
「そりゃあ大変だったな」
「別に。調整すればいいだけだろ?」
「そこじゃねぇんだけど…まぁいいか。そいつどうしたんだよ」
「殺した。情報はあるだけ抜いたし、殺せと頼まれたからな」
「他人事みたいに言いやがって。お前が死にたくなることしたんだろうがよ」
「悪いか?」
「人の道理からは外れてるよ」
甲高く、槌の鳴る音が響く。一定のリズムで奏でるそれは下手な音楽よりも心地がいい。
「それで。その体はどうしたよ」
「帰り道にゴミがいてな」
「おいおい、やめろよ?家の周りが死体だらけなんてぞっとするぜ」
「安心しろ。欠片残さず破壊しといたから」
「まぁ只の馬鹿野郎くらいなら来ても相手してやるけどな」
何故か好戦的になった鍛冶師を置いて、2階の寝室にあがる。といえど俺の寝場所じゃなく、あの鍛冶師の私室だ。工房と私室しかない小さい家のため、一人になりたいときにはこうするしかない。
幾分か静かになった空間で、煙草を燻らせ静かに呼吸を整える。
「アルテマか…」
俺の名はゼロ。
といっても、本名ではなく周りが勝手に呼び始めた呼び名だ。
悪魔のティナを所有する俺には記憶がない。
俺が何者なのか、何をしたのか、何故始まったあの日死にかけてたのか。それを知ることが、まぁ今の目的と言えば目的だ。
記憶がない俺が、何をしたのかを実感することはできないだろうが、知ることはできるはず。何も知らずに世界的犯罪者なんかやってられねぇし、殺そうとしてくれた誰かを野放しにもできない。
その手掛かりが、アルテマ。今回も有力な情報はないに等しい。俺のことに関すること、唯一残った記憶にある少女の情報はまったくなかった。
暗殺者ギルドを襲ってから今まででわかったことは、貴族に流通している組織であること、軍事力があること、活動は全て表舞台にでないこと。それくらいだ。
今回のターゲットもアルテマから恩恵を受けた貴族の一端で、資金と情報の提供を受けていた。
王族にしか知られてないような情報もあったそうだが、その詳細はどうでもいい。とにかくそれほどに根回しが可能で、多くのパイプをもつ組織ということになる。
「あ"-…」
関係者探しを始めたものの、これが一向にうまくいかない。銀の連合よりも秘匿性が高い巨大組織だ。
関係者が見つかったとしても貴族か死人、まれに暗殺者。情報を抜き出すのに使う労力が違う。
貴族はガードが固く、死人は口なし。しかもほとんどがセントラルにいる。俺は…あそこには行けない。
大抵の暗殺者は口を割らないための訓練を受けている。あれは拷問でもしようものなら、潔く自害する連中だ。
「………くそ」
さすがに疲れてきた。
まぁギルドを潰すってことは、それ全体を敵に回したのとかわらねぇし、これからも暗殺者どもとはじゃれあうことになる。疲れた、なんて言っている暇はねぇ。
あれ以来だ。
ギルドを潰したあれから、永遠に途切れない視線。
特定できるほど近くにいるわけでもなく、殺意があるわけでもないが、決して離れない。完全に俺をつけてる。気持ち悪いし、少しの油断もできない。流石に疲れる。
『もしもーし、もしもし!』
「……このタイミングかよ。ストレス女」
『ちょっと!それは酷いよ、ゼロさん!』
ピアスから響く鈴のような声は、元気そうに不満を漏らした。
毒で蝕まれた体で聞くと若干いらいらする。
『大丈夫?ゼロさん。無理してるでしょ』
こいつどっかで見てんのかよ。視線の正体お前じゃないだろうな。
「問題ねぇよ」
『問題あるのに無いことにしてる』
「死にはしねぇから問題ねぇ」
『そういうところなんだよなー。心配になるの』
呆れたようにため息をつくクソガキ。めんどくせぇな。切るか。
『もう1年だね』
「あ?」
『今日で1年目なんだよ?』
あー。ルナティクスから離れてからか。
そんなに経ってたか?……経ってるな。
『ゼロさんと別れた日は大変だったなぁ。リオもルナも泣くし銀さんは怒るし、ルピは大騒ぎでクガネは暴れるし。まさか誰にも言ってないとはわたしも思わなかったからびっくりしたよ』
「その話は前にもしただろ。面倒なんだよ、あいつらは。」
『わたしも我儘言ったけどね』
「黙って行ったら、お前は俺を探す可能性があるし、相当助かったからな」
『認めざるを得ない…。見つかりそうはないけど。助けたことは…いいんだけどね!
あ、そうだ。ゼロさん、本日をもってお店やめました!』
「へぇ?」
ガキは俺と別れて、すぐに一緒に行った料理屋で仕事を始めたらしい。
「技術を盗みに来た!」と豪語して、店の主人も「やってみろや!」と快諾したらしい。こいつが辞めたってことは盗み終えたってことだろう。
『料理はよし、服作りも勉強したし、作物も作れるようになった。次はリオの仕事を手伝いじゃなくて本格的にすることになったの』
こいつ技術職極める気かよ。生活に特化の。
『あと煙草とお酒作れるようになったよ!』
「よし。そろそろ戻るか」
耳元で歓喜に叫ぶ声が聞こえるが、はっきり言って戻れる状態じゃない。
ルナティクスに行った瞬間、暗殺者に囲まれるのは面倒だし、熱い視線の誰かさんに裏のルナティクスが見つかるのは避けたいし。
『あのね、ゼロさん。銀さんが言ってたの。アガドの掃除が準備され始めたって』
「……」
『2年も経たずって、前にゼロさんは言っていたと思うけど、予想より早くなるのかもしれない。そっちもいろいろなんかしてて大変なのわかってるけど、なるべくなら、早く戻ってきて』
「…わかった。なんとかする」
俺はそれで魔力の接続を切った。そして後のことを考える。
いろいろやることはあったが、そうもいかないらしい。
金を貯めたら受けると約束した。さすがに時間稼ぎをして話を流すのは俺の道理にあわねぇ。
「女か」
鍛冶師は気持ちの悪い笑みを浮かべて階段を上がってきた。そして今日の食事だと、固いパンとスープを乱暴に床に置く。
「ただのクソガキだ」
「でも女だろ。かまけて目的を忘れんじゃねぇぞ?」
「誰に向かって言ってんだよ」
鍛冶師は俺に構わず布団に横になり、傍らに肩身離さず持ち歩く刀を置いた。こいつはいつでも刃を抜く姿勢を崩さない。
「おい、ハゲ」
「剥げてねぇ。坊主だ、これは」
「数日後ここを出る」
布団が跳ね上がり、鞘から火花が飛び散る。目にも留まらない速さで引き抜かれた刃は俺の首へと触れた。
寸止めするわけでもなく切り裂くでもない。あの速度で触れるだけに留めたのだ。思わず口が歪む。
「おい、殺すぞ。ハゲ龍剣」
「……ハゲじゃねぇし、龍剣は両腕があったときのことだ。笑ってんじゃねぇよ。本気で殺すつもりで抜いたんだぜ?」
「いや。久々に剣術らしい剣術を見たからな」
指先で細い刃を押しのけ、険しい黒の瞳に目を合わせる。
「ここからは離れるが目的からは離れてはねぇ。俺は諦めてねぇから安心しろよ」
「そう言って裏切るか逃げるかするんだろうがよ。情報を持っている以上生かしておけるか」
「馬鹿が。アルテマが俺やお前のことを嗅ぎ付けてねぇとでも思ってんのか?
片腕の年寄剣士について情報を売ったところで、お互い利益なんざねぇよ。お前にとっての不利益とすれば…一人になったことで襲われやすくなるくらいだ」
「………」
「それが怖い、とは言わねぇよな?」
こいつは組織の中の、一人のみに復讐するためにアルテマを探している。恐らくは自分の片腕を奪った剣士だろうが、俺が聞いているのは、「双剣を使う剣士を殺す」ということだけだ。
そいつがどこの誰か教えろ、見つけても殺すな、見つけたら自分が殺す。住まいがいるなら家を使え。刺客が来ようがアルテマが来ようが一向に構わん。
俺とこいつはそういう協力関係だ。
「…好都合なもんあるか。雑魚狩りのための剣じゃねぇ」
「殺して殺して殺しまくれば、出てくるのは実力者だけだろ?」
「実力者も魔法使いなんぞいらん」
「それも殺せば次になにが出るんだろうなぁ?」
「………はぁ。参った。口じゃ勝てねぇ」
お手上げと言わんばかりに、首を振りながら剣を収める。俺もそれを見て、手にしていた床の木板を放した。
「それで殺すつもりだったんか?」
「命をとるのに刃物はいらねぇよ」
俺は冷めたスープと固いパンを持って、下の階に降りる。くそまずいそれを口にして、頭に浮かんだのはクソガキの料理だった。




