07
ま、しょうがねぇな。
痕跡が残るから出来ることならやりたくはなかったが、相手がティナ持ちなら油断すれば死ぬ。さすがに適当な武器じゃ殺れねぇしな。あんなでかいの。
あーあ。また、俺の罪が増える。
百の兵?
あんなの敵の内に入るかよ。
「この……」
背後から恨みがましい、低い声が響いた。
いや、低くはねぇな。所詮ガキの声だ。
「バカーーー!!!」
小さな拳が背中に刺さる、なんてことはなく、翼で軽くいなした。本気で受け止めていたら拳の方がやられるだろ。
それよりも、だ。なんでここにいる?
「お前、あぶねぇだろ。さっきのところまで下がってろ」
というか、怖くねぇのか?
大人が腰抜かすほどの殺気を放ったティナ持ちだぞ、俺は。それにさっきティナ持ち怖いとか言ってたろ。今立ってるの俺以外にはお前くらいだぞ。
「あっちの方が危ないよ!馬鹿馬鹿!」
涙ぐんだガキが指差す。
その場所は既に瓦礫に埋もれており、見てわかるほどのこぶを作った額を押さえる姿を見て、まぁいろいろと察した。
「避けろよ、そんくらい」
「ゼロさんが急に変身するから見とれてたんだもん!!」
「戦場で余裕だな、馬鹿ガキ」
「ば、馬鹿っていうな!普通?………普通の人だと思ってたのにティナ持ちだったんだもん。びっくりするよ!」
「おい、なんだよ。最初の疑問符」
「…………ごめんなさい」
ち。まぁ正解だよ。普通の人間が、アガドの空気に耐えれるわけがねぇんだから。
「それより、お前、怖くねぇの?それともこの殺気がわからねぇのか?」
「いや、すっごい怖いけど、ゼロさんだし」
なんでそんなこと聞くのか、とでも言いそうなほど当然のようにガキは言う。
首をかしげてるこいつに教えてやりたい。俺が何て呼ばれて恐れられてるのか。闇の帝王に、ルシファーに、破壊王に、死神……どれもろくなものじゃねぇ。
「それよりもゼロさん、目の色とか、いろいろ変わってる!すごい綺麗な目だね!」
「この血色が好みか?変わったやつだな、お前も」
赤黒いワインレッドの目に鋭い瞳孔。悪魔じみた目を綺麗とは、アビスシードっつーのはそういう生き物か?
「そうかな。赤って生き生きした色だと思うけどなぁ」
俺は生き物を殺した後によく見るがな。
「捕らえろ!」
そうこうしているうちに、あちらさんは体勢を立て直したようで、魔力を練り上げ矛先をこちらに向けてきていた。
「アビスシードは牢獄へと戻し、闇の帝王は討ち取れ!子々孫々にまで伝わる栄誉だ!アガドルークに誉れあれ!!」
威勢よく士気をあげてるところ申し訳ないが、魔法兵が何人揃ったところで俺の相手ではない。その手数でやるなら、俺の射程内から出るべきだし、そもそも俺に出会った時点で終わりだ。相手が見えてるなら避けるのも防ぐのも楽だし。
つーか、なんでどいつもこいつも囲むのが好きなんだ?味方の魔法があたるだとか、相殺するだとか考えねぇのかよ。体張って行き先を防ごうとしてるなら、死にたいとしか思えないな。
「ゼロさん、ティナ持ちが……」
「わかってる。だから離れろって。うざってぇ」
ケルベロスのティナ持ちは、俺のことを強敵か、好敵手か。とにかく敵と見なしたらしく、けたたましく吠えながら暴れまくっている。鎖はすでに引きちぎられ、地獄を連想する赤い炎が床をなめるように燃え広がっていた。
「ゼロさん」
「あ"?」
「離れとけって言ったって、どこにいけばいいの?」
周りは火の海。乗り越えても、その先は魔法兵。
「…………」
だからなんで囲みたがるんだよ!
「ほんと、邪魔だな。お前」
「心で言ってよ、そういうことは!」
まぁしょうがね。ガキ一人くらいどうとでもなるか。
俺はガキの首ねっこを掴んだ。
「ガァルアアアアア!!」
「ひゃぁああああっ!!!!」
熱が走り去る。通りすぎた後も嫌な暑さと鎖の溶ける臭いが残った。
ガキは寸前で上に放り投げたから無事。着地は…まぁ問題だろ。たぶん。身体能力は低くないみたいだし、死ぬほどの高さでもねぇし。
振り抜いた剣を肩に担ぎ、ケルベロスを目で追った。アイツはというと、俺の肉を切り裂くはずだった爪は粉々に砕け散り、骨を砕くはずだった鎖は鉄屑となっている。
ケルベロスは、三つの頭を揺らす。俺が一歩踏みしめると、ひとっとびで守るべき門の前で構えた。俺の進む先、外への扉だ。
「……格の違いがわからねぇのか?獣が」
唸り声を発するケルベロス。しかし、足元に走った闇を見てそれも止んだ。
「次は、この程度じゃねぇぞ?」
闇はゆらぎながら集まり、俺の腕に宿る。
悪魔の力は、破壊。
悪魔は唯一、人間といった種族に滅ぼされたのではなく、神に抗い滅んだとされる。そのせいか、悪魔のティナは、神が作ったありとあらゆるものを破壊する力を持つ。
神の創りし大地を壊し
神を敬う心を壊し
神が愛する命を壊し
神が憐れむティナを壊す
それが、俺だ。
「守りたいソレも、お前自身も、粉々に砕いてやるよ」
ケルベロスは身を震わせた。
ひとつの首が狂ったように叫び、ひとつの首が悲鳴をあげ、ひとつの首は獰猛に唸る。目は血走り全身は炎と体毛に覆われ、人の部分が徐々に薄れていくが、消えることはない。
人の面影を残した三つの首が互いに牙を突き立て、叫び吠えたてる。
「タズゲテ、ワァァァオオオン、死にたく、ガウガウガウヴヴヴ、アヅイアヅィィイィィ!!」
無茶苦茶に暴れ、体をかきむしり、炎を燃えたたせる。そんな攻撃を食らうはずもなく、周囲ばかりに被害が出た。悲鳴と狂気に満ちた、まさに地獄絵図。
あー、うるせぇ。
ほんとうるせぇなあ。
「……ケルベロス」
闇が大地を舐め、構えた魔剣に宿る。闇は壁も床も破壊し、地鳴りのなかで瓦礫が散った。異様な雰囲気のなか、ケルベロスの焦点が定まる。
「一瞬で終わらせる。だから動くな」
三つの首は一瞬言葉を消し、一瞬で感情を表した。
「…憤怒」
その間に振り抜いた剣は闇の一閃となり、ケルベロスへと直撃した。悲鳴もなく、血しぶきもない。ケルベロスは門と共に完全に消え去った。
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