08
扉をあけると、そこは暗闇だった。
一歩先も見えない闇に、熊おじさんもヤマトも怯む。恐れなかったのはルナとわたしだけだった。
「うむ」
ルナが手をいれる。瞬間でその手は壊れた。
「抑えが効いておらんな。ティナが暴走しておる。もう元には戻らん。
それでも…行くのだな。イーリス」
ルナは痛めた手を振り、それを血で治しながら言った。わたしの返答は変わらない。
「うん」
わたしはふらつく体を部屋の中へと運んだ。痛いくらいの殺意で勝手に体に震えが走る。
ヴァンパイアのルナがそうだったんだから、わたしなんて粉屑になるだろう。
そんなことを頭の隅で考えてしまう。
でも、痛みはない。ルナがその力ですべて防いでくれている。
「良いか。そなたが失敗すれば、即座に妾がルシファの首を獲る。
その際、そなたごと貫くことになるやもしれん。よいな」
「うん」
「…うんしか言えんのか、余裕がないの」
「うん」
余裕?そんなもの一つもなかった。
話のあと、みんなのもとへ行ったわたしは、全員のありったけの魔法をこの体に受けた。
もちろん大反対だったし、絶対にやらないと豪語している人もいたけど、何とか説得して、何とか頼み込んで、わたしはこの体に大量の魔力を手に入れた。
熊おじさん曰く、「今のありんこなら、ゼロを超えるかもしれんぞ!」とのこと。
それでもわたしの核はちっちゃくて、こんな量に耐えきれるわけもなくて、今も絶賛、核の破裂現象みたいになっている。排出しないくせに体にめぐる魔力が多すぎるのだ。
そんな現象に名前はないから、何とも言えないけど、状態は核が破裂しそうなときに似ている。
こんな状態でうまくできるのか?
いや、考えても仕方がない。やるしかないし、やらなきゃ終わりだ。
「イーリス。止まれ。それ以上は妾の力では耐えれん」
部屋にあった家具とかは一切なくなっていて、瓦礫の山と化していた。
そして、その先に目を凝らすとゼロさんはいた。
足はぐちゃぐちゃだし、片腕はない。残った片方の腕は、地面に剣で突き刺して、壁を背にして血の海を作っている。
「死のうとしたか、ルシファーよ。死にきれずに四肢を破壊したのか」
わたしは首を振った。
「止められなくなった時に、自分を行かせないようにしたんだよ」
ゼロさんは言った。自分の力で作った剣は魔力に戻すことはできても、破壊はできないって。
ああしておけば、理性のないティナではもがくことしかできないはずだ。
どこまで、どこまで頑張るんだろう。死んだ方が楽なのに、どこまで…。
「ルナ。行ってくる。構えてて」
「お、う、うむ。カーバンクル、そなたはこっちじゃ」
真っ暗な道を歩く。
ふらつくし、瓦礫はあるし、床もぼろぼろだ。
それでも闇はわたしを避けるかのように道を作り、傷つけたり破壊したりはしなかった。涙を堪えてゆっくりと進み、やがてたどり着く。
「ゼロさん」
生きているようには見えない。でも、死んでいるとも思えない。
きっと声は聞こえないし、目も見えないだろう。だから心で何度も呼んだ。不思議と、ゼロさんはいつもそれを聞いてくれるから。
「ゼロさん」
指先がぴくりと動く。
うっすらと見えていない目が開き、虚ろな目は紫ではなく、綺麗な蒼色をしていた。
息を飲むほど透き通った色に思わず声が止まる。
死に近く、魔力も覇力も宿らない目の色。きっとゼロさん本来の目の色だ。
「ゼロさん」
どこまでも、空みたいな人だと思った。気高くて大きく、強くて美しい。それに合わせたように空色の目をした人。わたしが外に出て、一番に感動し涙を流した存在のような人だ。
だから、こんな鎖なんて要らない。
「嫌だ。お願いだから、死なないで」
冷たいゼロさんの体に触れた。大地に花を咲かせるように、芽吹くように、送り届ける。
植物を操るということは、小さな芽に力を与えて、成長を促すこと。それを導くから結果的に操ることが出来ていた。
でも、何もない海の上に花を咲かせることはできず、他の炎や水も作り出せない。
わたしは植物を操る力を持つんじゃない。
炎も、水も、何も操ることはできない。
全部の属性なんて持ってない。
できたのは、存在するものに力を貸すだけ。だからわたしの力は、力を、魔力を、与えることだ。
心から願い、身に余るほどの魔力を全てゼロさんに注ぐ。
すると、だんだんと、ゼロさんの目に光が宿り、いつもの深い暁の色へ変わっていた。
とくん、とくん、と暖かい鼓動が耳に響く。
「お前…?」
「へへへ」
ゼロさんの乾いた口からこぼれた言葉に、笑みで返す。わたしができるのはここまで。
魔力を与えることはできても、わたしは治すことはできないんだから。
力が抜けて崩れる体を、ぐっとゼロさんの腕が支える。
強すぎる力に痛がるほどの元気もなくて、わたしはされるがままゼロさんを見ていた。赤い眼には力が宿り、ゼロさんはいつものように口の端をつり上げた。
「死ぬなよ」
「ふへへ…りょーかいしました」
朦朧とする意識の中、ゼロさんが自分を作り直す。そんな音を静かに聞いた。
その音が鳴りやむ前に意識が途切れた。
ゼロさんの落ち着いた心音を聞きながら。




